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静岡地方裁判所 昭和56年(ワ)226号 判決 1996年3月14日

《住所省略》

原告 株式会社 まつしま

右代表者代表取締役 松島盛一

<ほか三一名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 小林達美

同 栗原孝和

同 藤森克美

同 大橋昭夫

同 新里秀範

右小林達美訴訟復代理人弁護士 吉沢寛

同 増本雅敏

同 小川秀世

同 伊藤みさ子

《住所省略》

被告 静岡瓦斯株式会社

右代表者代表取締役 宮村達郎

右訴訟代理人弁護士 平井廣吉

同 宮原守男

同 勝山國太郎

同 牧田静二

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一章当事者の求めた裁判

第一節請求の趣旨

一  被告会社は、原告らに対し、それぞれ別紙損害額一覧表「合計」欄記載の金額及びこれに対する昭和五五年八月一六日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告会社の負担とする。

第二節請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二章当事者の主張

第一節請求原因

第一当事者

一 原告らは、昭和五五年八月一六日午前九時五六分ころ、静岡駅前ゴールデン街第一ビル(同市紺屋町七番地の七、二一、二二、八、九、一〇、一一、一五、一六所在鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付六階建延べ床面積三五二〇・一九平方メートル。以下、「第一ビル」という。)において発生したガス爆発事故により損害を被った者である。

二 被告会社は、都市ガスの製造及び供給を主目的とする会社である。

その設立は明治四三年四月と古く、右爆発事故当時、静岡、清水、沼津、三島地区を主供給エリアとしており、その需要家数は昭和五四年度において一三万一八〇〇戸を数える。そして同年度中の売上高は金額にして一〇九億四二〇〇万円に達している。

また、同社は地方ガス業界のリーダー格を以て任じ、同社がイニシアチブをとって大富士瓦斯、静岡蒲原瓦斯等を設立し、かつ、袋井ガス、中遠ガス、富士宮瓦斯、下田ガスといった県内の地場ガス会社は、もとより、山梨県の富士吉田瓦斯、長野県の信州ガス、新潟県の佐渡瓦斯にも人員と資金を投入して業務提携している。

昭和五五年一二月三一日現在の同社の資本金は二五億一一〇〇万円であり、一工場・五営業所を持ち、従業員数四七二名である。又、役員に地元財界の有力者を招聘し、元静岡銀行頭取、鈴与株式会社会長らが名を連ねており、昭和五三年度における株式の利益配当は一〇パーセントであった。

第二事故発生の経緯と概要

一 第一次爆発

1 昭和五五年八月一六日午前九時二六分ころ(以下、同日の経緯に関しては、原則として日付を省略し、時刻のみをもって表記する。)、第一ビルの地階にある飲食店「菊正」(位置関係は、別紙図面1―1のとおり。以下、第一ビル内の店舗、事務所等の位置関係については、別紙図面1―1、2のとおりである。)において、同店の従業員がガス湯沸器に点火しようとしてマッチをすったところ、「ドーン」という音響とともに、ガス爆発が発生した(以下「第一次爆発」という。)。

この爆発による主だった被害としては、地階の「ちゃっきり鮨」及び「機械室」(以下「機械室」は地階のそれのみを指すものとする。)の天井部分(天井と天井スラブの間)に敷設されていた都市ガス導管、水道管、ダクト等の施設が損壊し、ガス漏れ、水漏れ等の事態をまねいたこと、「ちゃっきり鮨」の天井が落下するとともに、店内の備品などが店外(通路上)に押し出されたり、地階の「喫茶セーヌ」、「大楽天」あるいは一階の「柴田薬局」などのショーウィンドーのガラスが破損したり「ダイアナ靴店」の表口のシャッターが破損するなどした。しかし、この第一次爆発によっては、人的な被害は生じなかった。

2 右爆発直後(午前九時三〇分ころ)近隣の青果店「柿豊」の店主西村幸彦が静岡市消防本部(以下「消防本部」ともいう。)にガス爆発事故を一一九番通報し、これと前後して、前記「菊正」の従業員及び原告柴田靖代も静岡県警察本部(以下「県警本部」又は「静岡県警」ともいう。)にガス爆発事故を一一〇番通報した。また、同時刻ころ、第一ビルのテナントであった原告株式会社アデランスの静岡支店店長八本敬二並びに第一ビルの管理を受託していた原告静岡栄和有限会社の職員紅林清一も各々被告会社に直接電話でガス爆発事故を通報した。

3 ガス爆発の通報をうけた消防本部は、被告会社に緊急連絡するとともに、消防車一二台、消防士四九名を現地に出動させた。そして、午前九時三三分ころ到着した消防隊は直ちにそれぞれの分担に従って、第一ビル地階部分での調査・ガス検知活動・ガス漏えい箇所の検索と地上部隊による警戒区域の設定・火気使用禁止広報などの諸活動にあたった。

4 一方、消防本部等から連絡をうけた被告会社は、通常のパトロール活動に従事していた被告会社静岡営業所供給課保安係主任村上憲爾(以下「村上主任」という。)一名を派遣したのみで、同人が現場に到着したのは第一次爆発後約一五分を経過した午前九時四一分ころであった。そして、同人はガスの種類も識別できない単純な検知器(後記XP―三〇一)でガス漏えい箇所の検索にあたった。

5 しかし、村上主任は、ガス漏えい箇所を発見することができず、午前九時四三分ころ、被告会社に対し、水素炎検出器(FID)・サーミスター検知器などを現場に持参するよう要請した。

そのころ、付近の路上では、消防車のサイレンなどで事故を知った住民・ビル従業員・通行人などが集まり警戒区域のまわりを取りまき、成り行きを見守っていた。

6 一方、第一ビルの中には、居住者・従業員・店舗関係者が大勢おり、ある者は消防隊の消防活動に協力していた。

7 かくしているうちに、消防隊は、午前九時四八分ころ、第一ビル地階「ちゃっきり鮨」の奥で相当量のガスを検知し、続いて午前九時五三分ころ、「菊正」の裏側にある地上階に通ずる屋内階段の踊り場付近でガス濃度九〇~一〇〇パーセントのガスを検知した。

二 第二次爆発

午前九時五六分ころ、第一ビル内で突然大音響、地響きとともに大爆発がおこり(以下「第二次爆発」という。)、火炎が噴きあげると同時に地下道及びビルの谷間を爆風が衝撃的に走った。そして、第一ビルを中心とした付近一帯は黒煙と灰塵に包まれた。

消防士や第一ビル関係者あるいは新聞・テレビの報道関係者などが爆風で吹き飛ばされ、自転車やオートバイが宙を舞った。路上に駐車中の消防車も炎上した。周囲に林立するビルの看板・窓ガラスは破れ、飛散し、アーケードや路上にバラバラと降りそそいだ。そのため路上は大混乱に陥り、腕や顔にガラスの破片が突き刺さり血まみれになって倒れる人、子供をかばってうずくまる人、助けを求めて右往左往する人達があいつぎ、地獄絵図そのものが再現された。

一方、第一ビルの各店舗も爆風によって天井が抜け落ち、特に一階においては、天井のスラブが大梁の上端筋ごと持ち上げられ、同時に梁もつけ根で破断した。そして、鉄筋コンクリートの隔壁も爆風によって椀状に押し曲げられた。家具家財は言うに及ばず、鋼製シャッターも吹き飛ばされて地下道入口の柱に紙のように巻きつく状態であった。

かくして、第一ビルを中心とした朝の平凡な商業ビル街は一瞬にして巨大な災害空間に転じてしまったのである。

三 災害の拡大

1 右のとおり、午前九時五六分ころに発生した第二次爆発は、直ちに火災へと進展し、第一ビルは炎と煙に包まれ、火煙は上階へと延焼していった。

2 一方、第一ビル内の破壊されたガス導管からは、都市ガス(以下「ガス」ということもある。)が噴出し、燃え続けていた。しかし、被告会社が第一ビル内にガスを供給しているガス供給管に設置されている遮断弁(以下「ガス遮断弁」という。)を閉止する作業を始めたのは、午前一一時一五分ころであり、しかもそれは静岡県警の要請によってであった。

3 ところが、ガス遮断弁が第一ビル前歩道石の下に埋められていたこともあって、ガス噴出の停止に手間取り、結局、ガス本管の両端を切断することによって、同日午後一時一二分、ようやく第一ビルへのガスの供給が停止され、噴出は止まった。このように第一ビルへのガス供給が停止されたのは、第二次爆発から三時間一六分も経ってからであり、その間第一ビル内の折損したガス導管からは、ガスバーナーのようにガスが噴出し、それが炎となって第一ビルを延焼せしめ、消火活動等を妨げた。しかし、ガスの供給停止によって火勢も弱まり、午後三時三〇分ころ、ようやく火災は鎮火した。

四 被害の概要

かかる次第で、第二次爆発とその後の長時間の火災は、人的・物的に計り知れない被害をもたらしたが、その被害の概要は、静岡市災害対策本部の発表によると左記のとおりであった。

(1) 被害面積 一五五〇〇平方メートル

(2) 被害

死者 一五名

負傷者 二二三名

罹災戸数 六戸

店舗及び住宅被害一六三棟

(イ) 店舗 一三六店(全壊四三、半壊七、一部破損八六)

(ロ) 住宅 二七戸(全壊六、一部破損二一)

このような多数の死傷者を出し、且つ建物に甚大な被害をもたらしたガス爆発は、現代の生んだ新しいタイプの都市災害であり、従来の住宅ガス爆発の態様とは異なって、災害規模においても、被害規模においてもその巨大性が表出された。

第三因果関係

一 第二次爆発による原告らの損害の発生

原告らが被った後記の損害は、すべて第二次爆発によるものである。

二 第二次爆発の原因

第二次爆発は、第一次爆発により「機械室」の天井裏に配管されているガス導管(内径五〇ミリメートルと三二ミリメートルのもの)が破損し、そこから被告会社が供給する都市ガスが漏出・滞留して爆発したものである。

三 ガス導管破損の原因

1 第一次爆発の原因

第一次爆発も都市ガスの爆発である。

(一) ガス導管の腐食によるガス漏れの存在

(1) 第一ビルに都市ガスを供給するため、同ビル前歩道下の土中には、内径一五〇ミリメートルの本管と、本管から分岐して第一ビルにガスを供給するための供給管が一三本に分かれて埋設されていた(別紙図面2参照)。これらガス供給管の内、同図中③、④、⑤の三本の供給管に腐食による穴や亀裂(腐食孔)が生じており、ここから地中にガスが漏出していた。右腐食孔があるガス供給管のうち③の管は、前記「ちゃっきり鮨」の天井裏に入っているガス導管であった。

(2) 右事実を裏付けるように、第一ビル関係者は昭和五二年から本件事故前までの間、第一ビルの各所で都市ガス臭を感知していた。

(二) 漏出したガスの第一ビル地階「機械室」天井空間への滞留及び爆発

(1) 右ガス供給管が埋設されていた第一ビル前の道路・歩道下の同ビル寄りの部分の土壌は、粘土層が少なく、粒度が粗い礫層が大部分であり、都市ガスが浸透しやすい上、埋設されているガス供給管の上部は、土壌が踏み固められておらず、十分な空間があった。

(2) 第一ビル地階天井の歩道側コンクリートには亀裂があり、また、ガス導管や水道管の貫通配管用の穴があり、隙間が埋め戻されていなかった。

(3) 第一ビル地階は、ダクトによる排気ないし煙突効果による減圧状態のため、歩道下で滞留した都市ガスは右の隙間を通って、絶えず前記「ちゃっきり鮨」の天井裏の大梁で囲まれた空間に流入していた。

(4) 都市ガスは、混合気体であるが、分子量が小さい気体の混合物が多いため、大気との比重差により、上部空間に滞留しやすい。「ちゃっきり鮨」天井空間にたまりきれない都市ガスは、大梁を越えて、地階喫茶店「キャット」の天井空間にまで滞留し、また、店舗を仕切るブロック壁の上部の開口部を通って、前記地階「機械室」側天井部分にも滞留していた。

(5) 右都市ガスは、「キャット」天井裏大梁内の排煙ダクト及び「ちゃっきり鮨」の前の排気ダクトに吸い込まれ、あるいはその周辺において、火粉がガスコンロから飛んで着火し、爆発に至った。

(6) 右を裏付けるように、第一次爆発後の第一ビル地階「ちゃっきり鮨」及び「キャット」の破壊状況とガス滞留域とは一致しており、正にここが爆源で、その近辺にあったものだけが破壊されたことを示している。

また、埋設管から漏えいした都市ガスが地中を伝播し、一〇メートル程度離れたマンション内でガス爆発事故を起こした事例(昭和五五年一一月一日に東京都板橋区の高島スカイハイツで発生した爆発事故)も現に報告されている。

2 ガス導管破損の機序

(一) この爆発による爆風が「ちゃっきり鮨」の北側にある「機械室」に伝播し、同所に設置されていた二台の空調機(ダイキン製UH三〇二A型、パッケージ型エアコン)が傾き、その上部に取付けられていた「サプライ・チャンバー」(鉄板製長さ約四五〇センチメートル・幅約一五〇センチメートル・高さ約八〇センチメートルのもの)を押上げて変形させ、これとその上方の梁(一階床スラブの梁)との間にあった内径五〇ミリメートルのガス導管(地上一階にある「レベッカ」パン店に向かうもの)及び内径三二ミリメートルのガス導管(二階の「山元歯科」医院に向かうもの)を破損し、また、右空調機に連結されていた水道管等を破壊した。

(二) また、前記排煙ダクト及び空調ダクトは、第一次爆発で破損落下したことが確認されているところ、「ちゃっきり鮨」及び「機械室」の天井裏空間にはガス導管の他に複数の給水管や汚水管が配管されており、排煙ダクトや空調ダクトも折り重なるよう巡らされていたのであるから、これらのものが天井裏を爆源とする第一次爆発で本件ガス導管を破損したという可能性も否定できない。

第四被告会社の責任

一 責任総論

都市ガスの漏えいは、極めて危険であり、爆発、火災、中毒等を惹起し、生命、身体、財産を瞬時に破壊する。

したがって、一般的にガス供給事業者は、一般不法行為法上又はガス供給契約上、ガス事故防止のための高度の注意義務を負うべきであるし、土地の工作物であるガスの導管の設置又は保存上問題となる瑕疵も右高度の注意義務とパラレルに位置づけられるべきである。

しかも、ガス供給施設が、都市の繁華街に位置する都市ビルに存在し、そのビルが地下店舗等を有し、しかも地下公共通路と面しているような場合には、一旦ガス漏えい等事故が生ずれば立地条件上大災害、大惨事を招来する危険性が極めて大であるから、ガス供給事業者の前記責任は重大であり、極めて高度な注意義務が課せられるべきである。

二 被告会社の民法七一七条一項の責任(ガス供給施設の設置保存の瑕疵)

1 被告会社の占有する土地工作物

第一ビル前歩道下の土中には、前記別紙図面2のとおり内径一五〇ミリメートルの本管と、本管から分岐して第一ビルにガスを供給するための供給管が一三本に分かれて埋設されていた。右供給管には、それぞれにバルブボックスが取り付けられており、バルブボックスの中にはガス遮断弁が設置されていた。

ところで、被告会社の供給規程では、導管のうち道路と並行して敷設するものを「本支管」、本支管から分岐して使用者が占有し、又は所有する土地と道路との境界線に至るまでのものを「供給管」、さらに右境界線からガス栓までのものを「内管」といい、供給管は被告会社の、内管は使用者の各所有とされている(同規程3の(1)、(5)、(8)ないし(10))

まず右ガス供給管ないし内管(土中に埋設された部分)が土地工作物に該当することは明らかである。

次に、右バルブボックス及びガス遮断弁は、それが取り付けられていた供給管を含め、すべて被告会社の所有及び占有にかかるものであった。すなわち、右ガス遮断弁等が埋まっていた歩道部分(第一ビルの建物の前端から二メートルの部分)は、後記第一ビルの区分所有者である原告らの私有地であるが、道路法八条の規定するところにより、昭和四五年三月三一日静岡市長が静岡市道として「呉服町通り線」として路線の認定を行なったことにより、静岡市が管理し道路法、道路交通法の適用を受ける道路となっていた。私有地とはいえ道路であれば、その土中に敷設されたガス導管及びそれに設置されているガス遮断弁などの付属設備は、被告会社の供給規程上「供給管」等として被告会社が所有するものというべきである(供給規程3(9)、同13(5))。

また、右私有地である歩道下に埋設された導管が、供給規程上の「内管」に該当し、その所有者は、ガス使用者である第一ビルの区分所有者の原告らであるとしても、ガス事業法並びに被告会社の保安規程、供給規程によれば、内管を含むガス供給施設は、すべて被告会社が工事を実施し、保安の責任を負っており、それに伴って定期的な検査等の義務等の管理責任を負っているのであり(保安規程一四条)、かつ、そもそも、ガスの消費機器と異なり、一般にガス使用者は、供給施設、特に供給管や内管などの導管が建物内ないし土中のどの部分に設置されているのかすら知らないものである。したがって、社会通念上、少なくとも土中の内管の占有主体は、ガス使用者ではなく被告会社であると解すべきである。

したがって、被告会社の所有である供給管の瑕疵のみならず内管の瑕疵による損害についても、その占有者である被告会社が民法七一七条一項の責任主体となるべきである。

2 第一次爆発に関する責任

右土中のガス導管(供給管及び内管)一三本のすべてが錆びて腐食し、多数の腐食孔ができており、その腐食孔から絶えず多量の都市ガスが漏れたことが前記のとおり第一次爆発の原因である。

右腐食孔は、第一ビル前の歩道下の供給管並びに同ビル前の一階床スラブせり出し部分の下から地階前面天井梁部分までの土中の内管に多数存在した。

そして、右腐食孔のうち、別紙図面2の③の導管の腐食孔から漏れた都市ガスが、「ちゃっきり鮨」等の天井裏に流入、滞溜したことが第一次爆発の原因であり、第二次爆発を引き起こしたものである。

よって、右の点で被告会社は土地工作物の瑕疵により原告らに損害を生じさせたと評価できるから、民法七一七条一項の責任が存する。

3 第二次爆発に関する責任(バルブボックス及びガス遮断弁の設置保存の瑕疵)

また、ガス遮断弁は、ガスの漏えいによってガス爆発等の災害が発生するおそれがあるような緊急の際に、ガスの供給を遮断し災害の発生を未然に防止するための、きわめて重要な機能を有する土地工作物である。したがって、ガス遮断弁を所有し、占有している被告会社としては、同社従業員はもちろん、消防署員や一般市民にもガス遮断弁の存在が容易にわかり、緊急時には速やかにガスを遮断することができるように設置し、管理しておくべきであった。

しかるに、右バルブボックスはいずれも第一ビル前歩道のカラー歩道石の下に埋められており、しかもその位置を示す何の標識も付されていなかった。そのため、消防署員や一般市民はもちろん、被告会社自身すら現場で右ガス遮断弁及びバルブボックスの位置を知ることができず、しかも、右バルブボックスの蓋は錆つき腐食しており、容易に開けられる状態にはなかったため、速やかに同ボックス内のガス遮断弁を作動させてガスを遮断することは不可能であり、到底緊急時に使用できるような状態ではなかった。

以上のとおりであるから、右ガス遮断弁及びバルブボックスは、その設置ないし保存について通常有すべき機能を欠いていたものであり、民法七一七条一項の「瑕疵」があったことは明らかである。

実際、第二次爆発の二〇分以上も前である午前九時三三分以降、消防隊が次々と現場に到着し、相当規模のガス爆発があったことを認識し、しかもガス漏れが続いていることを認識しながら、右瑕疵のため消防隊員の誰一人としてガス遮断弁を発見することができず、ガスの供給停止措置を取ることができなかった。また、被告会社の村上主任も、遅くなったとはいえ第二次爆発の一五分前である九時四一分に現場に到着していた。村上主任は、現場でガスの供給を停止しようとすらしなかったものではあるが、仮に停止しようとしても、右のようにガス遮断弁を発見することは不可能な状況にあった。こうして、第一次爆発後誰もガス遮断弁を発見できず、ガス供給停止措置を取ることができなかったため、第二次爆発とそれに引き続く大火災が発生した。

しかも被告会社は、右大火災発生後もなおガス遮断弁の位置がわからなかったためこれを閉止することができず、そのために隣接ビル前の歩道下を掘り起こし、土中に埋設されていた本管二か所を切断するという方法で第一ビルへのガス供給を停止したが、それによって完全に第一ビルへのガス供給が停止したのは、第二次爆発発生から三時間一六分も経過した午後一時一二分であった。その間、右大火災の現場に大量のガスが流入するがままになっていたため、懸命の消火活動にもかかわらず火災の勢いは衰えず、結局鎮火したのは第二次爆発から約五時間半も経過した午後三時三〇分であった。

以上のとおり土地の工作物である右バルブボックス及びガス遮断弁に瑕疵があったことによって第二次爆発及びそれに引き続く大火災が発生したのであるから、被告会社は民法七一七条一項により本件全損害を賠償する責任がある。

三 被告会社の民法七〇九条の責任(ガス供給事業者に課せられた高度の注意義務を前提とする組織体としての不法行為責任)

第一次爆発(午前九時二六分ころ発生)と、第二次爆発(午前九時五六分ころ発生)との間には、約三〇分の時間があった。被告会社は、この間にガス爆発防止のための適切な行動をとれば、第二次爆発は十分回避することができたにもかかわらず、独占的なガス供給事業者として課せられる注意義務をことごとく怠ったため、第二次爆発を招き、原告らに損害を与えたものである。

1 被告会社のあるべき態勢

被告会社は、独占的なガス供給事業者として、市民の健康、生命、財産を守るために、ガス事故(ガス漏れ、ガス爆発等)防止のための高度な注意義務を負担している。

そのためには、まず、ガス事故を防止するための万全な態勢を、日常的に整備しておくことが不可欠であり(日常的ガス事故防止態勢整備義務)、一旦事故が発生し、あるいはその虞れが生じて出動する際には、消防・警察などの関係機関と協力の上、現場の状況に臨機に対応して二次災害の防止に万全を期する義務(出動時の注意義務)がある。ガス事業法三〇条一項の規定に基づき制定された被告会社の保安規程四七条の二も、「台風、洪水、高潮、地震、火災、その他による広範囲にわたるガス施設の災害の防止及び被害の軽減を図るため、災害復旧活動の組織、人員及び器材の整備を図り、迅速な復旧をなしうる態勢を確立するものとする。」、さらに、「災害の発生が予想され、又は発生した場合には災害の程度に応じて速やかに態勢をとる」とし、このことを確認している。

具体的には次の通りである。

(一) 日常的ガス事故防止態勢整備義務

前記のように都市ガスの漏えいは、爆発、火災、中毒等を惹起し、生命、身体、財産を瞬時に破壊する危険を有するのであるから、被告会社としては、ガス導管の安全性を日常的に維持管理して、その状況を把握し、ガス漏れ、爆発に備えてガス遮断弁を即座に閉止できるよう日常的に保守点検をしてその安全性を維持しておき、かつ、ガス漏れないしガス爆発の通報があった場合には、これに即応できるよう緊急保安要員として常に一〇名程度の人員を確保しておくとともに、これら緊急保安要員のため最高性能の検査機器を備え置く態勢を確立しなければならない。

すなわち、

(1) まず、被告会社は、ガス事故(ガス漏れ・ガス爆発等)の通報が関係各機関(警察・消防)や市民からあったときは、直ちにこれを記録し、事故の状況を正確に把握し、これを速やかに社内の緊急保安要員に連絡して、即時、現場に急行させる態勢を日常的に整備しておく義務がある。このことは、被告会社の保安規程四八条に基づき制定されたガス漏えい通報処理要領四条、五条で確認されている。

また、右ガス漏えい通報処理要領三条によると、需要家等からガス漏えい通報を受付けた場合の処理は、所定の様式のガスもれ受付票により行い、臭気の状況(場所、強さ及び発生時期)、通報者の氏名及び連絡先を聴取することにし、あわせて、通報の状況に応じ、火気使用の禁止、窓の開放等必要と思われる措置をとるよう通報者に協力要請することになっている。右処理要領がこのように規定したのは、保安規程四八条が、「ガス漏えいによる事故の未然の防止、拡大防止のために、ガス漏えい通報処理要領を定める。」とうたい、二次災害の防止を最大の目的としているからである。

(2) 次に、被告会社は、ガス事故に備え、日常的に相当数の緊急保安要員を短時間に現場に急行させる態勢を整えておく義務がある。ガス事故(ガス漏れ・ガス爆発等)による二次災害を防止するためには、これら緊急保安要員が何をおいても、現場に急行し、同現場においては、持参したガス検知器で、ガス漏れ箇所を検索し、ガス爆発防止のために、ただちに都市ガスの漏出を阻止(供給管の亀裂・孔の速やかな閉塞、それが不可能な場合はガス遮断弁の閉止による供給停止)することが不可欠であり、事故の状況によっては本社指令室に応援を求める者、消防、警察、電力会社等の関係各機関との渉外に当たることも必要であり、これらの初歩的作業をなすには、被告会社は、少なくとも一〇名程度の緊急保安要員を静岡営業所内に常時、待機させておき、さらにこれらの者が出動する際には緊急走行のできる車両により現場に急行する態勢を整えておく必要がある。

営業利益を独占しているガス供給業者としては、ガス事故に備え、それによる二次災害を防止するため、この程度の人員を社内に待機させておくことは、市民の安全を守るために当然必要である。本件ガス爆発事故当時、既に東京ガスでは、一八の営業所に各一〇名の緊急保安要員を待機させる態勢が整っていた。

(3) さらに、現場における判断を適確にし、二次災害を防止するために、ガス漏れ箇所、漏れているガスの種類、濃度を速かに判別することのできる可燃性ガス検知器、水素炎検出器(FID)、サーミスター検知器等のガス検知器を営業所内には勿論のこと、右緊急車両内にも常に配備し、出動に際して現場に必ず持参する態勢を整えておく必要がある。このことはガス漏えい通報処理要領七条の実践のためにも必要である。

(4) 加えて、被告会社としては、ガスの各供給先(本件の場合は第一ビル)に、ガス遮断弁が何本存在し、どの弁がどの系統のガス遮断弁なのか、営業所内にガス導管配管図を常備して、前記緊急保安要員の出動時にはこれを現場に持参し、すぐにわかる状態にしておくこと、そして、現場においても誰にでもガス遮断弁であるとわかる標識を設置しておくこと、加えて、バルブボックスも、ガス遮断弁自体も容易に作動しうる状態にしておくべきである。

(二) 出動時の注意義務

そして、被告会社には、二次災害防止のために必要な一〇名程度の緊急保安要員を短時間のうちに現場に到着させた上、これらの者をして直ちに可燃性ガス検知器、水素炎検出器(FID)、サーミスター検知器等のガス検知器により、ガスの種類、濃度を確認させて、ガス漏えい箇所を発見させるとともに、それが困難な場合には、直ちにガス遮断弁を操作してガス供給を停止させたり、消防、警察と連絡協力を密にして、ビル関係者及び通行人に避難やガスの使用禁止を求めたり、あるいは本社指令室に応援を求めたりさせるなどの注意義務がある。

(1) 昭和五四年二月二〇日に、静岡市消防本部、静岡中央・南各警察署、被告会社静岡営業所、静岡県プロパンガス協会中部支部静岡地区会、中部電力静岡営業所の五関係機関の間で主として次の内容からなる「ガス爆発防止に関する申合せ」が確認された。

① 多量のガス漏れ事故の発生に際して各機関が相互に協力してガス爆発事故を未然に防止し、被害を最小限に食い止めること

② ガス漏れ事故を覚知したときは、各機関は直ちに電話等で連絡し、相互に通告すること

③ ガス漏れ事故を覚知したときは、各機関は直ちに出動すること

④ 出動した各機関の現場責任者は、消防が設置した現場本部においてガス爆発防止対策を協議し、必要な処置を行うものとし、現場本部が設置されていないときは、消防の現場最高指揮者と協議して、必要な処置を行うものとする。必要な協議事項は、情報の収集、電源の遮断、ガス供給停止、火災警戒区域の設定、住民に対する広報、換気及び屋内進入方法、その他必要な事項とする。

⑤ 初動時の各機関の行動基準として、被告会社静岡営業所の出動隊は、当該室内等のガスの供給を停止するための必要な作業を行うこと

(2) 出動した被告会社の緊急保安要員は、右申合せに従い、まず、消防が設置した現場本部の有無の確認、それがない場合は消防の現場最高指揮者に到着を告げ、直ちに同人と二次災害防止のための協議をし、それに基づいてガス供給を停止するための必要な作業を行うなど、適切な処置をしなければならない。

2 右注意義務の履践による結果回避の可能性

本件に即してみても、被告会社が右義務を履行することは容易であり、それにより本件事故は回避することができた。

すなわち、一〇名程度の緊急保安要員を常時待機させておく態勢をとることは、東京ガスにおいて実現されているところに照らしても可能である。

そして、消防本部から被告会社に対する第一次爆発の通報は、午前九時三一分ころ到達したのであるから、被告会社としては次のような措置を講ずることが可能であった。

まず、通報を受けた受付員がガス事故の状況を適確に把握し、もし、通報のみでその状況を把握するのが困難であれば、消防や警察に、現場の状況を問いただした上、それを社内に待機している緊急保安要員に正しく伝えるのには一分とかからない作業であり、その後、被告会社静岡営業所から第一ビルのガス事故現場までは、緊急車両によれば三分を要しない距離であるから、社内に待機していた緊急保安要員は、遅くとも当日午前九時三五分ころまでには、現場に到着できた。

次に、現場に到着した一〇名程度の緊急保安要員は、修理工作要員、連絡要員等として、手わけをして、ガス漏れ検知作業、消防や警察等との協議、本社指令室との連絡、ガス遮断弁の閉止等、ガス爆発防止のための万全な作業を行なうのであるが、本件の場合、前記のとおり第一ビル地下の「機械室」天井のガス導管が折損し、そこから都市ガスが漏出していたものであるから、ガス漏えい箇所、漏れているガスの種類、濃度を速かに判別することのできる可燃性ガス検知器、水素炎検出器(FID)、サーミスター検知器等のガス検知器を使用することにより、ガス漏れ箇所及びガスの種類、濃度を現場で即座に識別できたものであり、一〇名程度で協力して行なえば、一〇分をも要せずに、ガス遮断弁を閉止してガスの供給を停止することが可能であり、そうしていれば、容易に第二次爆発を防止できたのである。

また、本件においては、第一次爆発があったのは第一ビル地階「ちゃっきり鮨」と確認できており、ガスの供給を停止しても他に被害若しくは悪影響を及ぼす危険はなかったのであるから、第一ビルという僅かな範囲へのガス停止の広報を行った上で、直ちにガス遮断弁を閉止して第一ビルへのガスの供給を停止すべきであった。そして、このガスの供給停止作業は、一〇名程度の緊急保安要員を派遣していればいくらも時間を要せず、いわゆる第二次爆発が発生した午前九時五六分以前には終了できていた。

3 被告会社の現実の態勢及び本件爆発事故に対する対応

しかるに、被告会社は、わずか一名の保安パトロール要員(前記村上主任)を現場に派遣したのみで、ガス遮断弁閉止等、ガス事故防止のための何らの行為をせず、この不作為によって第二次爆発を惹起させたものである。

(一) 緊急時の態勢

(1) 本件事故当時、被告会社のガス漏れ通報受付、処理態勢によると、需要家内での軽度のガス漏れを除くガス漏れ(道路埋設管等のガス漏れ)、消防、警察からのガス漏れ通報に対しての処理は、男性の保安パトロール要員(原則として緊急車両、携帯無線機を所持)が平日は三名、土曜・日曜・休日は二名で当たることになっており、その外に緊急保安要員は配置されていなかった。

被告会社は、緊急時の対応のため、従業員に対し休日行動表を提出させ、また、全員を対象とした緊急連絡網も整備していたが、そのような態勢では、従業員を招集した上で事故現場に赴くまでにはかなりの時間がかかり、迅速な対応は不可能である。

(2) 本件ガス爆発事故当日は土曜日で、静岡営業所の出勤者は一〇名であったが、出勤者のうち営業所にいたのは谷口薫供給課長(保安主任者・以下「谷口課長」という。)、営業課主任岡村和男(以下「岡村主任」という。)及び営業課係員伊藤美知子(以下「伊藤係員」という。)の三名で、前記村上主任及び静岡営業所供給課保安係員石川登喜夫(以下「石川係員」という。)の二名が保安パトロール要員として静岡市内の巡回に当たり、他の者らはいずれも営業担当者で、サービス業務のためすべて同市内に出はらっていた。

しかし、右の二名の保安パトロール要員も、保安統括者が日常的ガス事故防止態勢整備義務の内容として常に待機させておくべき緊急保安要員ではなく、同人らの実際の業務はガス導管埋設工事の立ち会い業務であって、緊急保安要員としての任務は二次的なものでしかなかった。

したがって、待機中の保安要員と言い得る者としては静岡営業所に残った保安主任者である谷口課長一名のみであった。

(3) 本件ガス爆発事故当日、村上主任が乗車していたパトロールに向かう緊急車両には、新コスモス電機株式会社製のコスモス自動吸引式可燃性検知器XP―三〇一(LPガス、ガソリン、水素、都市ガス、その他有機溶剤の蒸気を検知対象とする器械で、メタンガス用は別途仕様となっており感応しない。)しか搭載されておらず、ガス漏れ箇所及びガスの種類、濃度を現場で即座に識別するために不可欠な水素炎検出器(FID)とサーミスター検知器は搭載されていなかった。

(4) 前記二3のとおり、被告会社は、ガスを供給する建物(本件の場合は第一ビル)にガス遮断弁が何本存在し、どの弁がどの系統のガス遮断弁なのかを把握していないばかりではなく、これらガス遮断弁に誰でもがそれとわかる標識を設置しておらず、加えて、バルブボックスも、錆びついて開閉及び作動しない状態のままに放置していた。

(二) 本件爆発事故に対する対応

(1) 第一次爆発直後、事故現場にかけつけた前記青果店「柿豊」の店主西村幸彦は、「レベッカ」パン店の電話を借り、午前九時三〇分に、消防署にガス爆発の一一九番通報をし、消防の係員から「ガス漏れはあるか」と尋ねられたので、「ある。」と答えた。

同人は、右通報の後通路に出たところ、都市ガス臭を感じ、もう一度大きなガス爆発がおこるのではないかと思った。

(2) また、第一ビルの二階に店舗を構えていた原告株式会社アデランスの静岡店店長八本敬二は、第一次爆発直後、外に出て、第一ビル一階の「柴田薬局」の所まで行ったが、そこに行きつくまでに都市ガス臭を感じ、さらにシューという都市ガスが漏れている音がしていることにも気がついた。「柴田薬局」付近の通路に至ると、そこで「柴田薬局」の経営者の原告柴田靖代と「菊正」の女性従業員角野房子が第一次爆発について話していたが、「柴田薬局」のショーウィンドウのガラスが壊れており、都市ガス臭とあわせ事態が容易ならざるものであると悟った。

八本は、右の二人に対し一一〇番と一一九番通報をするように指示し、柴田靖代は、警察に午前九時三一分、「下の「菊正」でガス爆発があって大変な状態だから来て欲しい。」というガス爆発通報をした。

(3) 柴田靖代らに一一〇番、一一九番通報を指示した八本は、すぐに、第一ビル二階のアデランス静岡店に戻り、一〇四番で被告会社の電話番号を確認した後、被告会社に電話をし、「静岡駅前、西武デパートの向かい側の第一ビルの地下の『菊正』でガス爆発があったので大至急来て下さい。」とガス爆発通報をした。

八本が、この電話をしたのは、第一次爆発があってから一〇分位経過していたが、その時応待した女性(前記伊藤係員と思われる。)は、ただ「火が出ていますか。」と簡単に質問したのみであった。

(4) さらに、第一ビルの管理会社である原告静岡栄和有限会社の事務長紅林清一は、早見表をみて被告会社に電話をした。

受付の女性(右伊藤係員と思われる。)が出たので、紅林は、「ガスがすごいんで、すぐ来てもらいたい。」と述べたが、女性は、すぐに男性(前記岡村主任と思われる。)に代ったが、紅林はさらに、「地下街で、ガス爆発があって、すごいんで、ガス漏れがすごいんで、すぐ来てもらいたい。」と繰り返し、ガス爆発通報をした。

(5) 右(3)(4)の通報に対し、被告会社では前記ガス漏えい通報処理要領どおりの処理さえせず、右岡村主任はガスもれ受付票も作成しなかった。右通報の内容を記載したガスもれ受付票が存在するが、「キクマサ付近、ゴールデン街第一ビル、※アデランスより連絡あり、八月一六日九時四〇分」と記載があるのみで、当日の受付員であった伊藤係員の緊迫感のない受付ぶりが窺われるものである。

(6) 前記西村らからガス爆発通報をうけた消防本部も、午前九時三一分、有線電話で各分団、各関係機関(被告会社も含まれている。)に対し、「火災警戒指令、火災警戒指令、紺屋町西武デパート前ダイアナ靴店付近ガス漏れ第一出動」と通報した。この通報を受け、消防は、一〇隊、四一名の、警察もパトカー四台、警察官一九名の人員をそれぞれ出動させた。

(7) また、消防本部は被告会社に対し、次のように専用電話でたて続けに出動要請をした。

イ 午前九時三五分、「現場から、まだ来ていないと言っているが、本当に出たのか。」

ロ 午前九時三八分、「現場から、まだ来ないそうだが本当に出ているか。」

ハ 午前九時四〇分、「現場から連絡があったかどうか。」

ニ 午前九時四三分、静岡中央消防署副署長から通信統制室に対し、「中電、ガス会社、すみやかに現場へ派遣するよう連絡たのむ。」と指令

ホ 午前九時五五分ころ、「ガス会社はまだ来ないのか、至急出動しなさい。」

(8) 当日の受付責任者であった前記岡村主任は、消防電話で第一次爆発の通報を受けた後、静岡市内の西部と南部の巡回を担当していた前記石川係員(静ガス五一号車)を無線で三回呼んだが、応答がなかった。同係員は、被告会社静岡営業所内には他に二名の緊急車両があったにもかかわらず、なぜか緊急車両に乗車していなかった上、しかも第一次爆発直後には無線の届かない地域にいたものであり、結局、石川係員とは最後まで連絡がとれなかった。

(9) 岡村主任は、石川係員に連絡が取れなかったため、同市内東部地区の工事巡回、立会いに行った村上主任(静ガス二九号車)を呼び出し、静岡市北安東一丁目二三番一四号井上重治宅前付近にいた同主任に、「紺屋町、西武デパート前、「ダイアナ靴店」付近、ガス漏れ、火災警戒態勢第一出動、ガス漏れらしいから至急現場へ行ってくれ。『ダイアナ靴店』は『菊正』の上だよ。」と伝えた。

しかし、右のように数名の市民から連続して「ガス爆発」通報があり、かつ、消防本部からも緊迫した内容の電話があったにもかかわらず、受付責任者である岡村主任は、村上主任に対して「ガス漏れ」と誤って伝え、しかも、その後にこれらの情報を同人に伝えることをしなかった。

また、岡村主任は、当日の他の男性受付員の谷口課長に対しては、同人が保安主任者を務めており、また、同じ室内にいたにもかかわらず、何らの連絡もせず、また、谷口課長も岡村主任が消防電話を受けたことに気づかず、村上主任を呼び出したことも知らなかった。

さらに、岡村主任は、同時刻ころ、他に出はらっていた被告会社の従業員を、携帯を義務づけているポケットベル等で呼び出し、現場に急行させることもしなかった。

(10) また、岡村主任は(7)のような再三にわたる消防からの督促を受けながら、消防に対し、現場の状況を問い合わせることをせず、その結果、遅くとも九時四〇分の段階で、「ちゃっきり鮨」、「キャット」付近で爆発があり、ガス漏れがまだ続いている模様との消防が把握していた現場の状況に関する情報を収集し、これを村上主任に伝達することもできなかった。

(11) 岡村主任から連絡を受けた村上主任は、第一ビルの現場に第一次爆発後約一五分を経過した午前九時四一分ころ到着した。

村上主任は、緊急車両の中にあった携帯無線と前記可燃性ガス検知器XP―三〇一を持って第一ビルに向かった。しかし、同人は、前記1(二)(1)の「ガス爆発防止に関する申合せ」に従って消防が設置した現場本部若しくは消防の現場最高指揮者と、情報の収集、ガス供給停止、火災警戒区域の設定、住民に対する広報、換気及び屋内進入方法、その他必要な事項の協議をすることなく、現場にいた消防士と二、三、会話をかわしたのみで、第一ビルの地階に入り、「ちゃっきり鮨」から「菊正」へと向かい、その後「機械室」へと単独行動をした。

そのために、同人は第二次爆発発生に至るまで消防の指揮者にその存在を把握されなかった。

(12) 村上主任は「機械室」入口にあたる第一ビル中央階段の踊り場付近でガス検知作業をした際、「機械室」内の水道管が破損して水が流れ出しているのを目撃し、万一ここにガス導管があれば、水道管と同じような状況になっているのではないかと認識しながら、「機械室」の中は真っ暗で何も見えなかったとして、ガス導管の所在の有無を確認しようとしなかった。

右検知作業において、村上主任は、ガス爆発下限界の一七~八パーセントのガスを検知し、また、静岡市消防本部予防課危険係渡辺正雄消防士長(以下「渡辺消防士」という。)も「機械室」で村上主任と同じ可燃性ガス検知器XP―三〇一を用いて可燃性ガスを検知しており、そのスケールが振り切れてしまうような状態を村上主任も確認したが、それは1/5スケールで計測していることによるものであると思い、切換スイッチで自分の検知器を1/5スケールにしたところ、八〇パーセントの方まで針が上っていったことから、とくに疑問を止めなかった。しかし、村上主任としては、少なくともこの時点で爆発下限界の二〇パーセント以上の可燃性ガスの漏えいがあることはわかったはずであるのに、直ちに被告会社にガス導管の配置の状況を問い合わせたり、ガス遮断弁を閉じるための行動は起こさなかった。

(13) 右のとおり、ガス検知器XP―三〇一のスケールが振り切れる状態になっているにもかかわらず、村上主任の行動は緩慢で、都市ガス特有の臭気を感じなかったとして他のガスの存在を疑い、通路に出て、午前九時四三分ころ、被告会社の岡村主任に対し、「都市ガスではないと思うが……」などと間違ったことを言いつつ、水素炎検出器(FID)とサーミスター検知器を持って来るように要請したのみで、事故現場の詳しい状況説明もせず、応援要員の派遣も求めなかった。

(14) そして、村上主任から右連絡を受けた岡村主任の動きも緩慢で、かつ緊迫感もなく、待たせた客の応待をした後、緊急走行のできない被告会社所有の軽四輪車にサーミスター検知器を乗せ、前記谷口課長をして現場に向かわせた。

(15) こうして、サーミスター検知器と水素炎検出器(FID)を搭載した谷口課長運転の軽四輪車が現場に到着する前の午前九時五六分ころ、第二次爆発がおこった。

(16) 被告会社は、第二次爆発による大火災発生後になって、ようやく現場に職員を派遣し、午前一一時一五分ころから、静岡県警の要請によりガス遮断弁を閉止する作業を開始したものの、その位置がわからなかったためそれを閉止することができず、そのために隣接ビル前の歩道下を掘り起こし、土中に埋設されていた本管二か所を切断するという方法で第一ビルへのガス供給を停止したが、それによって完全に第一ビルへのガス供給が停止したのは、第二次爆発発生から三時間一五分も経過した午後一時一二分であった。

4 被告会社の注意義務違反

右3の各事実によれば、被告会社は、次のとおり前記1記載の注意義務に違反しているものである。すなわち、

(一) 日常的ガス事故防止態勢整備義務違反

(1) 前記1(一)(1)のように被告会社は、ガス事故(ガス漏れ・ガス爆発等)の通報が関係各機関(警察・消防)や市民からあったときは、直ちにこれを記録し、事故の状況を正確に把握し、これを速やかに社内の緊急保安要員に連絡して即時、現場に急行させる態勢を日常的に整備しておく義務がある。

しかしながら、本件当日の被告会社の受付責任者岡村主任、受付員谷口課長(保安主任者)及び伊藤係員は、被告会社が日常的ガス事故防止態勢を整備することを懈怠し、その結果、前記3(二)(3)ないし(5)、(9)及び(10)のとおり、二次災害を防止しようというガス漏えい通報処理要領の目的を遵守することなく、ガス爆発ないしガス漏れ通報に対する正確な記録、適確な事故情報の把握等をないがしろにし、社内の人員を現場に急行させることもしなかった。

(2) 次に、被告会社は、ガス事故に備え、日常的に相当数の緊急保安要員を短時間に現場に急行させる態勢を整えておく義務があるが、本件事故当時の被告会社のガス漏れ通報受付及びその処理態勢は前記3(一)(1)(2)のとおりであった。出動時において必要とされる前記の作業に必要な緊急保安要員は一〇名近くが必要であると予想されるのであるから、被告会社の右態勢は、待機中の保安要員がほとんどいなかったと言い得る状態であって、ガス爆発事故や、ガス漏れ事故の緊急時に十分な対応ができる態勢になっていなかった。

のみならず、同(8)ないし(10)のとおり、被告会社は、第一次爆発発生の一五分後になって、ようやく村上主任一名を現場に派遣したというに過ぎず、営業所から緊急車両で三分で到着することができる現場にその他の社内の職員を急行させたり、外出中の従業員をポケットベル等で呼び出し現場に急行させることも可能であったのに、そのような措置もとらなかった。

(3) さらに、被告会社は、現場における判断を適確にし、二次災害を防止するために、ガス漏れ箇所、漏れているガスの種類、濃度を速かに判別することのできる可燃性ガス検知器、水素炎検出器(FID)、サーミスター検知器等のガス検知器が営業所内には勿論のこと、緊急車両内にも常に配置しておく義務があるのに、前記3(一)(3)のとおり、ガスの種類を識別することができない検知器XP―三〇一しか携行していなかったため、村上主任は、爆発下限界の可燃性ガスを検出しながら、都市ガス特有の臭気を感じなかったとして他のガスを疑ったり、岡村主任に水素炎検出器(FID)とサーミスター検知器の取り寄せを要請するなどして、貴重な時間を浪費し、第二次災害防止のための次の行動に移ることなく、第二次爆発に至ってしまったものである。

(4) 最後に、被告会社としては、ガスを供給する建物(本件の場合は第一ビル)に、ガス遮断弁が何本存在し、どの弁がどの系統のガス遮断弁なのか、営業所内にガス導管配管図を常備して、すぐにわかる状態にしておくこと、そして、現場においても誰にもガス遮断弁であるとわかる標識を設置しておくこと、加えて、バルブボックスも、ガス遮断弁自体も容易に作動しうる状態にしておくべきであるにもかかわらず、前記3(一)(4)、同(二)(16)(前記二の民法七一七条一項の責任の項と同じ)のとおり、右義務にことごとく違背し、第二次爆発を発生させたものである。

(二) 出動時の注意義務違反

第一次爆発の後、現場に派遣された被告会社職員は村上主任一名のみであり(前記3(二)(9))、同人は、前記「ガス爆発防止に関する申合せ」に従って消防が設置した現場本部若しくは消防の現場最高指揮者と、情報の収集、ガス供給停止、火災警戒区域の設定、住民に対する広報、換気及び屋内進入方法、その他必要な事項の協議をするべきであったのに、消防の現場指揮者らと接触しようとすることなく、独自の行動をとった(同(11))。消防では午前九時四〇分ころまでには、すでにガス漏れ状態を確認し、また午前九時四四分には都市ガス臭があるということも現場からの報告で公式に確認していた。村上主任が右申合せどおり、消防の現場最高指揮者のもとに赴いていさえすれば、本件現場にガス漏れ状態があり、都市ガス臭もしているという情報を容易に入手でき、その後の被告会社のとるべき対応もその情報の入手により決定づけられ適切になされたはずである。

また、村上主任は、爆発下限界の可燃性ガスを検知し、水道管も破裂して水が漏れていることをも認識したのであるから、同様に設置されていたガス導管も破壊され、都市ガスが漏れていることも当然知りうべきであったのに、ガス遮断弁の閉止を考慮することもなく、また、現場の状況を報告して応援を求めるなどの措置もとらず、漫然とFIDとサーミスター検知器の取り寄せを依頼するなど時間を空費していたもので(同(12)、(13))、結局、被告会社は、ガス事故現場への出動時に際し、二次災害防止のための何らの行為をしていないものであって、被告会社の出動時の注意義務違反は明白である。

5 結論

以上によれば、被告会社は、第一次爆発と第二次爆発との間に約三〇分の時間があったにもかかわらず、第二次爆発回避のための措置を全くとらずに第二次爆発を招き、これにより多大な被害を原告らに発生させたものである。

したがって、組織体として機能的な対応が高度に求められているにもかかわらず、何らその責務を果たさなかったものとして、法人としての組織そのもの、つまり被告会社自身の不法行為責任は免れないものである。

四 被告会社の民法七一五条一項の使用者責任(保安統括者の責任)

1 保安統括者

被告会社は、ガス事業法三〇条一項の規定に基づき、ガス工作物の工事、維持及び運用に関する保安についての基本的事項を定めることにより、ガス工作物の保安の確保に万全を期することを目的として保安規程を定めている。同規程三条一号には、製造所、ガスホルダーを有する供給所、導管を管理する事業所には保安統括者を置くものとする旨が定められている。そして、本件第一ビルに係る導管の管理は、被告会社静岡営業所の所管であり、保安規程三条一号により、当時の静岡営業所所長竹山英司(以下「竹山所長」という。)が保安統括者であった。竹山所長は被告会社の使用人である。

2 保安統括者の注意義務

(一) 保安規程五条一号によれば、保安統括者の職務として、製造所等のすべてのガス工作物の工事、維持及び運用に関する保安の業務を統括管理するとされており、同一一条によれば、被告会社はガス工作物の工事、維持及び運用に関する保安の徹底を期するため、関係者に対し日常の業務を通じて保安に関する教育及び訓練を行うほか、保安に関する教育及び訓練計画を作成するものとすると規定されている。

更に、同四八条の二によれば、事故発生時の態勢として、事故発生時には、事故拡大の防止及び復旧のため、あらかじめ保安統括者が事故の程度に応じて定めたところに基づき、可及的速やかに措置するものとされ、導管に係る事故の場合には、別に定める「導管事故緊急対策要領」に基づくとされる。

(二) 同要領は、導管事故が発生した場合における事故の拡大及び復旧を目的として特別出動態勢、緊急措置等について定めるものとし(一条)、事故の通報を受けた時は事故の状況に応じて直ちに特別出動態勢を編成し出動するものとし(四条二項)、初動の緊急措置としては、現場の状況に応じて漏えい箇所の調査、関係機関への協力依頼、広報による住民の安全確保、更にはガス遮断弁の操作等によるガス遮断等が予定されている(七条)。

(三) 以上のことから、当時の保安統括者であった竹山の注意義務の内容は、前記三(被告会社の民法七〇九条の責任)1(一)及び同(二)の項で述べた、

「日常的ガス事故防止態勢整備義務」の具体的内容及び「出動時の注意義務」の具体的内容と同様であり、これを尽くしていれば、同2(結果回避可能性)のように、第二次爆発は避けることができた。

(四) 殊に、第一次爆発は、第一ビル前歩道に埋設されたガス導管の腐触によってガス漏れを生じ第一ビル地階の「ちゃっきり鮨」店舗天井にて爆発を起した事故であって、客観的にみて保安規程四八条の二における「導管事故」であった。

「ガス漏れ」という消防からの通報のみで考えても、ガス漏れが発生した場所が市の中心街にあるビルであること、同所付近ではプロパンガスの使用は皆無であると判断し得ること、メタンガスを発生させるようなどぶ川とか溜め池も皆無であることからすれば、被告会社としては当然都市ガスの漏えいを予測すべきであるし、導管事故を予測して対応をすべきであった。このことは、消防通報から数分後には、市民からの「ガス爆発」通報まで入電していたことからして一層明らかである。

してみると、保安統括者の竹山所長は、「導管事故緊急対策要領」に適った対応を求められていたというべきであり、これに即応することができる態勢を整えておくべきであった。

3 保安統括者竹山所長の注意義務違反

ところが、前記三4のとおり、被告会社の使用人である前記谷口課長、岡村主任、村上主任ら各人は、何ら適切な行動をとらずに第二次爆発を惹起したものである。同人らの不作為は保安統括者である竹山所長が日常的ガス事故防止態勢整備義務並びにそれを前提とする出動時の義務を怠ったことの現われでしかない。

(一) 前記日常的ガス事故防止態勢整備義務

(1) 保安統括者としての竹山所長は、ガス事故(ガス漏れ・ガス爆発等)に備え、直ちに相当数の緊急保安要員を短時間内に現場に急行させるべき態勢を整え、且つ実際にガス事故が発生したときにはそれらの要員を直ちに現場に派遣すべき義務がある。

しかし、本件事故当時の被告会社のガス事故に対する態勢は、前記三3(一)、4(一)(1)(2)のとおりで、ガス漏れに伴う二次災害の防止に役立たないものであり、竹山所長のガス事故防止態勢整備義務違反は明らかである。

(2) また、ガス漏れ等の事故現場に保安要員が臨むにあたっては、常に高性能のガス検知器を携帯させるべきであるのに、前記三3(一)(3)、4(一)(3)のとおり、ガスの種類の判別もできないXP―三〇一のみを常時携行する検知器としていたものであり、竹山所長は右注意義務を怠っていた。

なお、本件のように都市の繁華街で発生したガス漏れ事故については、経験的にプロパンガス使用者はほとんどないこと、また、どぶ川、溜め池等のメタンガスの発生環境は存在しないことから、当然に先ず都市ガスの漏えいを疑うべきであり、都市ガス臭がしないからと言って安易に都市ガス漏えいの疑いを否定してかかることは厳に謹まなければならない。緊急保安要員に対しては、このようなことがないよう充分な教育をし、かつ、直ちにガスの種類を判定できる高性能のガス検知器を携帯させるべきである。本件事故のように派遣する緊急保安要員の数が少なければ少ない程、直ちに右検知ができるよう高性能ガス検知器を常に携帯させる配慮がなされるべきであるのに、竹山所長はこれを怠った。その結果、本件では、現場にただ一人派遣された村上主任は、繁華街のビルの中のビル爆発事故であることを認識していながら、都市ガス臭がしないとの一事で都市ガスではないと判断し、詳しい調査が必要と感じながら、高性能の検知器を携帯していなかったため、その後の迅速な検知活動やガス遮断の判断が行えずに第二次爆発を招いてしまったのである。

(3) また、竹山所長は、緊急保安要員を待機させると共に同要員に対し、少なくとも市内の大きなビルについては、ガス遮断弁が何本存在し、どの弁がどの系統のガス遮断弁なのか普段から検討、熟知させておくべきであり、また、ガス遮断弁自体も容易に作動し得るよう常日頃から点検整備しておくべきであった。

しかしながら、本件においては、前記三3(一)(4)、同(二)(16)及び4(4)のとおり、現場に出動した村上主任は、第一次爆発があった「ちゃっきり鮨」や「キャット」等付近の配管系統については全く知識がなく、一三本あったガス遮断弁も歩道の敷石の下に埋まったまま何年も放置され、錆ついてとても開閉できる状態にはなかった。

もし、保安統括者としての竹山所長において村上主任を含む保安パトロール要員に対し、市の繁華街の主だったビルである第一ビルの配管系統につき適切な教育を施しておれば、現場に派遣された村上主任としても早期に第一次爆発のあった付近を走る系統のガスを遮断することによって、第二次爆発を防ぐことができたものである。

(二) 前記出動時の措置義務違反

第一次爆発は、前述したとおり、静岡市の中心街における導管事故である。

したがって、第一次爆発後の被告会社の出動態勢としては、被告会社が定めている導管事故緊急対策要領に基く、若しくは少なくとも同要領に準ずる態勢がとられるべきであり、現実に消防から「ガス漏れ」通報があった本件では、右要領に準じて緊急保安要員を現場に派遣し、現場に派遣された同要員によって二次災害防止のために適切な措置を講じられなければならないのはもとより、営業所に残った従業員としてもこれに適切な指示を与え、あるいは適切な応援をなすべきであって、職員に対しこのような適切な活動ができるように教育指導をしておくべきであった。

しかるに、被告会社従業員の対応は、前記四4(二)のとおり甚だ不十分なものであって、保安統括者としての竹山所長がこの義務が尽くしていなかったことが如実に示されているというべきである。

五 債務不履行責任

本件都市ガスを第一ビルで使用しているビル所有者やテナントは、被告会社との間でガス供給契約を結んでいるが、右契約上、被告会社は、ガス事故発生防止、及び二次災害防止のための保安に万全を期す債務(善管注意義務)を負っている。右善管注意義務の具体的内容は、前記三及び四の各不法行為責任の項で述べた内容と同様である。

第二次爆発と大火災は、右債務の不完全履行により生じたもので、被告会社は右契約上の債務不履行責任を免れない。

なお、債務不履行責任の及ぶ範囲について、ガス供給契約の直接当事者は、勿論のことであるが、第一ビル内で同居し、あるいは、本人と共に働く家族、会社の場合にはその従業員にも及ぶべきである。

何故ならば、ガス供給という独占事業の性質上、また契約手続の大量迅速処理の必要上、供給をうける側は単独名義となるが、ガスそのものは当然に世帯単位、事業所単位で使用されているのであるから、ガス会社の保安義務は世帯単位、事業所単位で及ぶべきである。

したがって、右家族や従業員の蒙った損害は、人的損害であれ物的損害であれ、すべて契約上の責任として賠償すべきである。

第五損害

本件ガス爆発により、原告らの蒙った損害は、別紙損害額一覧表記載のとおりであり、原告らの請求する損害の具体的内容は次のとおりである。

一 総論

1 建物(第一ビル)の損害について

(一) 第一ビルの損害の程度

(1) 第一ビルは、昭和三九年に新築され、地階及び一階部分は店舗として、二階以上の部分は、事務所あるいは住居として、本件ガス爆発事故発生時まで、各区分所有者である原告らが、専有し、利用してきた。

そして、本件ガス爆発事故により、第一ビルは大規模な壊滅的損壊を受けた。すなわち、爆発による爆風圧と激しい振動によって、ほぼ全体にわたり、天井板の落下、内装材、ガラス窓の破壊を生じたが、ことに地階及び一、二階の部分においては、床スラブの変形破壊と梁からの離脱、梁の変形、剪断破壊、曲げ破壊、壁の変形・破壊等が各所で生じた。

そのうえ、第一ビルの大部分は、ガス爆発後直ぐにガス供給停止措置がとられなかったことによって長時間の火災にさらされて、ほぼ全焼し、高温による影響で、梁、壁等に随所でクラックが入り、五階部分では、コンクリート剥離や、梁割れを生じた。これらの結果、第一ビルは、被災後も、外形だけは倒壊しなかったが、構造自体の構造耐力を著しく低下した。

(2) このように大規模破壊を受けた第一ビルを仮に補修するとすれば、次の諸点が問題となる。

第一に、本件被災後の状態についても綿密な耐力診断、すなわち、破壊と火災、その後の消火放水等による被害の程度及び被災後の建物に期待できる構造上の強度について、専門家による診断が必要となる。

第二に、右の診断後、耐震設計基準による構造、耐力についての診断をしなければならない。つまり、第一ビルが建築された後の昭和五六年六月一日から施行された建築基準法施行令により厳しい耐震設計基準が設けられており、これに基づく構造計算をした上で、補強計画を設計する必要があるが、その補修、改修工事が「大規模の修繕」に該当することは明らかであるから、その工事については新たに建築確認を受けなければならない(建築基準法六条一項)。

第三に、右の諸点をクリアーできても、改築に等しい大規模補修工事を施すとなると、建物の内容が変化してしまうという問題がある。すなわち、第一ビルの基本構造は、旧構造基準によるもので、耐力壁を全く有しないラーメン構造であった。したがって、補修にあたっては、柱、梁、スラブ等の改修、補強にとどまらず、有効な水平耐力を得るために、相当量の耐力壁、つけ柱、すじかい等が必要となる。さらに、建築基準法、消防法上の安全確保のための基準を満たすために、水平、垂直の防火区画なども必要となる。こうして、改築に準ずるような大規模な補修工事をしても、その結果においては、有効に利用できる空間面積が、被災前よりかなり減少し、使用価値も著しく低下することは免れないのである。

(3) もし、本件被災後の建物を、新耐震基準に基づいて修理すると仮定すると、専門家の意見では一〇億〇一三二万七〇〇〇円を要するとされる。しかも前述のように、修理を施した建物はそれ以前と比べて、有効利用面積を減少する。まして、本件ガス爆発事故は、日本国中に都市災害として広く報道され、爆発後の無惨な建物の状態は広く知られているから、巨額な改修費用をかけて大規模な修理をしてみても、第一ビルにあらためて入居することを希望する人はきわめて乏しいのではないかと予想される。第一ビルは多くの部分をテナントに賃貸していた貸しビルであったから、物理的に改修しても貸しビルとして採算の取れないような結果となるおそれのある補修を原告らに求めることはできない。このように新築に準ずる程度の補修費用のかかること等が予想される以上、第一ビルは、社会的、経済的には補修不能として、滅失と同視すべきである。

(二) 第一ビルの損害

(1) 不法行為による損害について、民法七〇九条は、その範囲等についてなんらの規定をおかず、被害者の被った損害賠償をすべきであるとのみ定める。そして、一般に民法四一六条の債務不履行の損害の範囲を定めた規定が不法行為の損害の場合にも適用されると考えられている。不法行為の損害賠償は、違法な加害行為によって被害者の被った損害について、加害行為のなかった状態にすることが目的であり、原状回復を加害者の義務とするのがあるべき姿である。したがって、原状回復が不可能なときは、原状回復に必要な費用が、金銭賠償として不法行為の損害の範囲を決定すると考えるべきである。

(2) 修理不可能な物、あるいは財産に対する損害賠償については、一般的には当該の物と同程度の価値のあるものを再調達できるとき(例えば中古車)は、その再調達価格が損害となるとされる。しかしながら、第一ビルのような土地の定着物については、同種、同程度の代替物の再調達ということは考えられず、再築する以外に建物の使用価値の回復は不可能であって、再築価格が損害額であると解すべきである。

(3) もし、右のような考え方をとらず、第一ビルは中古建物であるから、その中古建物としての価格しか填補を認めるべきでないという立場をとると、被害者である原告らに不当な不利益を課する結果となる。なぜなら、前述のとおり、第一ビルは修理不能なほど大破されてしまったのであるから、原告らが建物の使用価値を回復しようとすれば、地上の残骸物を除去し、建物を再築せざるを得ない。昭和三九年の建築時よりも、物価、資材、人件費等は比較できないほど高騰している上、前記のとおり耐震基準も強化されているから再築に相当高額な費用がかかることは明らかである。そして、中古建物価格による損害賠償を得ても、再築価格のごく一部にしか満たないから、原告らは、建物再築のため多大な出費を強いられることになる。この結果はきわめて不公平、不合理であると言わざるを得ない。

(4) したがって、このような場合には、被害の原状回復として、再築費用を賠償させるべきである。

再築費用の賠償を命ずると、建物の価値が増加するけれども、それは、加害行為の結果であって、不法原因により利得せしめたものと解すべきである。原告らとしては、再築しなければ建物使用はできないのであるが、その再築も、原告らが好んで行うのではなく、被告会社の加害行為により、再築せざるを得ないことによるのであるから、再築費用そのものを損害とすることが、前記原状回復という損害賠償の理念と公平に合致する。

(三) 損害額

(1) 第一ビルは昭和三九年建築当時は二億三〇〇〇万円で建築できたところ、現在これを新築すると、次のとおり、収去費用を含めて一五億四三九〇万円を要する。

① 本件被災建物の収去費用 金五〇〇〇万円

第一ビルの残骸は、昭和六一年までに収去され、それに要した費用は合計で、金八八一一万〇五〇〇円であった。その内訳は次のとおりである。

破損材、整理費用(昭和五五年八月以降) 金三一一五万〇五〇〇円

地上部取壊費用(昭和六〇年六月) 金二六九六万円

地階部分取壊費用(昭和六一年四月) 金三〇〇〇万円

以上合計 金八八一一万〇五〇〇円

本訴では、その一部に当たる金五〇〇〇万円を収去費用として請求する。

② 再築費用 金一四億九三九〇万円

右は、本件爆発によって破壊された第一ビルを設計した企業組合針谷建築事務所が、過去の資料を参考にし、単位面積あたりの金額をもとに見積ったものである。

右再築費用は、本件爆発後実際に本件土地上に建築された建物の建築費用に照らしても、相当である。本件土地上には昭和六一年一一月から同六二年一一月にかけて、四棟の建物が再築された。その合計延べ床面積は、三〇六四・九七平方メートルで、現在原告らに判明している再築費用は金一三億〇五四一万一五八五円である。本件被災建物である第一ビルの延べ床面積は三五二〇・一九平方メートルであったから、再築建物は延べ床面積が四五五・二二平方メートル減少していることになる。そこで、一平方メートルあたりの建築費単価によって右四棟の再築費用額と本訴請求再築費用額とを比較すると、再築された四棟のビルの一平方メートルあたりの建築費単価は、金四二万五九二二円であるのに対して、本訴請求再築費用額による第一ビルの一平方メートルあたりの単価は、金四二万四三八一円である。

(2) そして、第一ビルは、左記原告らが、左記割合で区分所有するものであるから、右損害額を所有の割合に応じて按分したものが、それら各原告の損害となる。

原告名 持分割合 損害額

株式会社まつしま 一〇・四% 一億六〇五六万円

寺田実 一二・二% 一億八八三六万円

柴田喜一郎ほか六名 三二・二% 四億九七一四万円

原田雄一ほか一名 一二・〇% 一億八五二七万円

川島政子 一二・四% 一億九一四四万円

松風文夫 一二・五% 一億九二九九万円

斉藤松代ほか二名 八・三% 一億二八一四万円

(四) 予備的主張―修理費用相当額

仮に前記主張が認められないときでも、第一ビルの損害については、少なくとも修理費相当額が損害と認められるべきである。特定物の毀損については、修理可能な物については、修理費が損害となることは争いがない。そうではなくて、第一ビルの事故当時の中古価格、あるいは残存価格で足りるとすると、その価格では、再築費用のごく一部にしかならず、原告らに多大な負担を負わせる結果となることは前記のとおりである。そうすると、原状回復のために再築費用が認められないとしたら、修理費用相当額が少なくとも損害額と認定されなければ、不合理である。そして、前述のように第一ビルの修理費は、金一〇億〇一三二万七〇〇〇円と見積もられる。右区分所有者である原告らは、第一ビルの損害として、前記再築費用が認められないときは、予備的に右の修理費相当額を前記区分所有割合で按分した金額を損害として請求する。

(五) 建物損害による慰謝料

前記区分所有者である原告らは、建物毀滅によって被った無形の損害に対し、慰謝料を請求する。

すなわち、突然襲ったガス爆発は、これら原告らの平穏な日常生活を一挙に破壊し、恐怖と混乱の中に陥し入れた。これら原告らは、生活の本拠たる住居そのもの、あるいは生活手段としての営業の本拠を奪われたのみか、家財道具をはじめとする動産類をすべて喪失した。この混乱と後始末にどれだけ苦悩したか、測り知れないものがある。住居を奪われた者は転居先をさがすことに苦労し、営業を奪われた者は、再建について未だに途方にくれている状態である。つまり、これら原告らは、ガス爆発の結果、生活を破壊されたのであり、その破壊は長期間に及んだ。この生活破壊に対する精神的苦痛に対しては、区分所有者一戸に対し一〇〇万円の慰謝料が相当である。

なお、一般には慰謝料は精神、身体等に対する侵害についての無形の損害賠償であるとされるが、財産上の損害についても、これを否定するいわれはない。財産上の損害についても、立証の困難さ、あるいは本件でいえば、原告らが、一瞬にして、生活の本拠、営業の拠点、収入源などを失ったという特殊事情を考えれば、いわゆる慰謝料の補完的調整的機能が働くべきである。

したがって、再築費用が損害として認められないとされるときは、再築のため各原告らが多大の負担を強いられ、かつ、愛着のある第一ビルを失ったという苦痛に対し、大幅な慰謝料という形で、損害額が決定されるべきである。そして、この場合、建物喪失による損害を一個の損害とみれば、右原告らの慰謝料請求額を超えて、慰謝料額を裁判所が決定することも可能であると考える。

2 賃料の喪失による損害について

右1に記載した区分所有者である各原告は、それぞれその専有部分を第三者に賃貸して賃料収入を得ていた。しかし、本件ガス爆発事故により、第一ビル全体が毀損し、使用不能となったため、右各専有部分を賃借人の使用に供することはできなくなった。右原告らは、独自の力で第一ビルを再建することは経済的に困難であり、家賃収入を得ることも困難な状態が少なくとも五年間は続いた。よって五年分の家賃収入を逸失利益として請求する。

3 人身損害の慰謝料について

死亡による慰謝料は死者一名に対し一律二〇〇〇万円とし、受傷による慰謝料は入、通院慰謝料、後遺症の慰謝料双方を含むもので、本訴では一個の慰謝料として請求する。

4 ガス爆発の恐怖に対する慰謝料について

原告らの中には、本件ガス爆発当時、現場近くにいて、直接その爆発の恐怖にさらされた者がいる。ある者はビルの中にいて爆発に遭遇し、奇跡的に救助されたが、その間死の恐怖にさらされた。それはまさに地獄からの脱出とでも表現する他はない状況であった。

したがって、これら強度の恐怖と異常な体験をした原告らに対しては、受傷等による通常の慰謝料の他に、特別の慰謝料が支払われるべきであり、その額は金二〇〇万円が相当である。

5 弁護士費用

被告会社らは、原告らの請求に対し、任意に支払いをしないので、原告らは静岡ガス爆発訴訟弁護団を構成する小林達美外四名の弁護士に本件訴訟を委任し、手数料及び謝金の支払いを約束したが、そのうち各原告の損害賠償債権の約五分にあたる別紙損害額一覧表「弁護士費用」欄記載の額は、被告会社らが負担すべき、本件と相当因果関係にある損害というべきものである。

二 各原告の損害について

1 原告株式会社まつしま

原告株式会社まつしま(以下「原告まつしま」という。)は、本件第一ビルの区分所有者であり、自己の専有部分(家屋番号紺屋町七番一六の一。以下、「原告まつしま専有部分」という。)の四階において、宅地建物取引及び不動産賃貸を主な営業目的として営業活動をしてきたが、本件爆発事故により、別紙損害額一覧表1記載のとおりの損害を受けた。

(一) 建物損害 金一億六〇五六万円

算定根拠は、前記一1(三)のとおりである。

(二) 家財備品等の損害 金二三五万円

(ア) 什器備品 金一八五万円

内訳は別表1のとおり。

(イ) 参考図書 金三〇万円

(ウ) 図面再生費 金二〇万円

(三) 休業損害 金四五七万七八一六円

原告まつしまは、本件事故により営業の本拠である事務所を破壊され、また、代表者である松島盛一が本件事故の処理に忙殺されて営業を休止せざるを得なくなり、その状態は昭和六〇年七月四日現在も続いていたが、事故後一年間について休業損害を請求するものとする。

原告まつしまの前年度(昭和五四年三月一日から昭和五五年二月二九日まで)の営業収入は、次のとおり合計三七一八万八二二七円であった。

① 不動産売却益 金三八五万四三五〇円

② 不動産斡旋料 金三二六万四二〇〇円

③ 保険手数料 金五一万一一四四円

④ 不動産賃貸料 金二五四七万六八〇〇円

⑤ 雑収入 金二六三万三三七五円

⑥ 貸付金利息 金一四四万八三五八円

原告まつしまは、本件事故による休業のため、右①②③の収入を失ったが、経費率は四〇パーセントであるから、右①②③の合計額からこれを控除した金四五七万七八一六円の利益を失ったものである。

(四) 賃料喪失による損害 四七四七万四七九五円

原告まつしまは、本件当時その専有建物を次のとおり第三者に賃貸し、賃料収入を得ていた。

賃借人名 賃借部分 月額賃料

株式会社後楽 地下一階 一二万円

株式会社春田眼鏡店 地上一、二階 四五万円

株式会社タイム 地上三階 一八万円

斉藤次郎 地上五階 五万円

合計 八〇万円

前記一2のとおり、五年分の家賃収入を逸失利益として請求するが、その合計は金四八〇〇万円から、これに対応する経費として五年分の固定資産税金五二万五二〇五円を控除すると、同原告の失った家賃収入五年分の逸失利益は、金四七四七万四七九五円となる。

(五) 弁護士費用 金一〇七四万五〇〇〇円

算定根拠は、前記一5のとおり。

2 原告松島盛一

原告松島盛一は、原告まつしまの代表取締役として、本件第一ビルにおいて宅地建物取引業を営んでいたものであり、本件爆発事故により別紙損害額一覧表2記載のとおりの損害を被った。

(一) 家財備品等の損害 金一九五万円

同原告は、所有する絵画五点を第一ビル四階の原告まつしま事務所に保管していた。右絵画の時価は合計一九五万円を下回らない。

(二) 建物毀滅による慰謝料 金一〇〇万円

前記一1(五)のとおり

(三) 弁護士費用 金一四万五〇〇〇円

算定根拠は、前記一5のとおり。

3 原告寺田実

原告寺田実は、本件第一ビルの区分所有者であり、自己の専有部分(家屋番号 紺屋町七番一五の一。以下「原告寺田実専有部分」という。)を賃貸し、家賃収入を得ていたが、本件爆発事故により、別紙損害額一覧表3記載のとおりの損害を受けた。

(一) 建物損害 金一億八八三六万円

算定根拠は、前記一1(三)のとおりである。

(二) 賃料喪失による損害 金二〇九九万六一〇〇円

同原告は、その専有部分を本件事故当時、次のとおり第三者に賃貸し、家賃収入を得ていた。

賃借人名 賃借部分 月額賃料

株式会社後楽 地下一階 八万六六二五円

武蔵野商事株式会社 地上一、二階 一五万円

株式会社矢内店舗設計事務所 地上三階 八万円

株式会社日本経済広告社 地上四階 九万七〇〇〇円

合計 四一万三六二五円

前記一2のとおり、五年分の家賃収入を逸失利益として請求するが、その合計は金二四八一万七五〇〇円となるところ、これに対応する経費として五年分の固定資産税金三八二万一四〇〇円を控除すると、原告の家賃収入五年分からの逸失利益は金二〇九九万六一〇〇円となる。

(三) 建物毀滅による慰謝料 金一〇〇万円

前記一1(五)のとおり

(四) 弁護士費用 金一〇五一万五〇〇〇円

算定根拠は、前記一5のとおり。

4 原告寺田さき、同寺田潤一郎、同寺田信雄、同寺田悠子、同寺田えり子、同横山より子、同武蔵野商事株式会社

(一) 各原告の地位

原告寺田さきは、前記原告寺田実の妻であり、原告寺田潤一郎、同寺田信雄、同寺田悠子(訴え提起時の姓小林)、同寺田えり子、同横山より子(訴え提起時の姓寺田)は、いずれも右寺田実と寺田さきの子である。

原告武蔵野商事株式会社(以下「武蔵野商事」という。)は、原告寺田実が代表取締役を務め、喫茶及び軽飲食業並びに菓子製造及び小売業を営むものであり、同社は原告寺田実専有部分の一階及び二階部分において「レベッカ」の名称でパン、菓子の小売り並びに喫茶店を経営していた。

原告寺田さき及び同寺田潤一郎は同社の取締役、同寺田信雄、同寺田悠子、同寺田えり子、同横山より子は同社の従業員として勤務し、同社から給与を得ていた。

(二) 原告寺田さきの損害

原告寺田さきは、本件爆発事故により別紙損害額一覧表4記載のとおりの損害を被った。

(1) 家財備品等の損害 金五〇〇万円

同原告は、第一ビルの原告寺田実専有部分の五階部分に所有する家財備品を保管していたところ、本件爆発に続く火災によりすべて焼失ないし損壊した。

その内訳は、別表2のとおりであるが、内金五〇〇万円を請求する。

(2) 得べかりし給与の喪失による損害 金一四四万円

同原告は、原告武蔵野商事から取締役として月額一二万円の給与を得ていたところ、本件爆発事故により、同社の主たる店舗が破壊され、同所での営業が不可能になり、そのため、給与の支払いを受けられなくなった。この状態は、昭和五六年一一月に静岡市車町に新店舗を開店するまでの間継続したが、とりあえず本件事故の日から一年間の得べかりし給与額を損害として請求する。

一二万円×一二ヶ月=一四四万円

(3) 弁護士費用 金三二万円

算定根拠は、前記一5のとおり。

(三) 原告寺田潤一郎の損害

原告寺田潤一郎は、本件爆発事故により別紙損害額一覧表5記載のとおりの損害を被った。

(1) 得べかりし給与の喪失による損害 金一六八万円

同原告は、原告武蔵野商事から取締役として月額一四万円の給与を得ていたが、前記(二)(2)のとおり、本件爆発事故により、一年三か月の間、給与の支払いを受けられなくなったものであり、そのうち、本件事故の日から一年間の得べかりし給与額を損害として請求する。

一四万円×一二ヶ月=一六八万円

(2) 弁護士費用 金八万円

算定根拠は、前記一5のとおり。

(四) 原告寺田信雄の損害

原告寺田信雄は、本件爆発事故により別紙損害額一覧表6記載のとおりの損害を被った。

(1) 得べかりし給与の喪失による損害 金二一六万円

同原告は、原告武蔵野商事から従業員として月額一六万円の給与及び年間一・五か月分の賞与を得ていたが、前記(二)(2)のとおり、本件爆発事故により、一年三か月の間、給与の支払いを受けられなくなったものであり、そのうち、本件事故の日から一年間の得べかりし給与額(賞与分含む。)を損害として請求する。

一六万円×(一二ヶ月+一・五ヶ月)=二一六万円

(2) 弁護士費用 金一〇万五〇〇〇円

算定根拠は、前記一5のとおり。

(五) 原告寺田(小林)悠子の損害

原告寺田悠子は、本件爆発事故により別紙損害額一覧表7記載のとおりの損害を被った。

(1) 得べかりし給与の喪失による損害 金一四八万五〇〇〇円

同原告は、原告武蔵野商事から従業員として月額一一万円の給与及び年間一・五か月分の賞与を得ていたが、前記(二)(2)のとおり、本件爆発事故により、一年三か月の間、給与の支払いを受けられなくなったものであり、そのうち、本件事故の日から一年間の得べかりし給与額(賞与分を含む。)を損害として請求する。

一一万円×(一二か月+一・五か月)=一四八万五〇〇〇円

(2) 弁護士費用 金七万円

算定根拠は、前記一5のとおり。

(六) 原告寺田えり子

原告寺田えり子は、本件爆発事故により別紙損害額一覧表8記載のとおりの損害を被った。

(1) 得べかりし給与の喪失による損害 金一四三万一〇〇〇円

同原告は、原告武蔵野商事から従業員として月額一〇万六〇〇〇円の給与及び年間一・五か月分の賞与を得ていたが、前記(二)(2)のとおり、本件爆発事故により、一年三か月の間、給与の支払いを受けられなくなったものであり、そのうち、本件事故の日から一年間の得べかりし給与額(賞与分を含む。)を損害として請求する。

一〇万六〇〇〇円×(一二か月+一・五か月)=一四三万一〇〇〇円

(2) 弁護士費用 金七万円

算定根拠は、前記一5のとおり。

(七) 原告横山より子

原告横山より子は、本件爆発事故により別紙損害額一覧表9記載のとおりの損害を被った。

(1) 得べかりし給与の喪失による損害 金一四三万一〇〇〇円

同原告は、原告武蔵野商事から従業員として月額一〇万六〇〇〇円の給与及び年間一・五か月分の賞与を得ていたが、前記(二)(2)のとおり、本件爆発事故により、一年三か月の間、給与の支払いを受けられなくなったものであり、そのうち、本件事故の日から一年間の得べかりし給与額(賞与分を含む。)を損害として請求する。

一〇万六〇〇〇円×(一二か月+一・五か月)=一四三万一〇〇〇円

(2) 弁護士費用 金七万円

算定根拠は、前記一5のとおり。

(八) 原告武蔵野商事

原告武蔵野商事は、前記のとおり、第一ビルの前記原告寺田実専有部分の一階及び二階部分において「レベッカ」の名称でパン、菓子の小売り並びに喫茶店を営んでいたが、本件爆発事故により、同原告の所有する什器備品はすべて損壊し、別紙損害額一覧表10記載のとおりの損害を被った。

(1) 家財備品等の損害 金三六九万六五五七円

内訳は、別表3記載のとおりである。

(2) 弁護士費用 金一八万円

算定根拠は、前記一5のとおり。

5 原告柴田喜一郎の損害

原告柴田喜一郎は、同柴田千恵子、同柴田喜久野、同柴田静子、同関屋芳子並びに弟である亡柴田丸(原告柴田智佳子及び同柴田浩子はその相続人)(以下、これら原告に原告柴田靖代も含め、「柴田家」ともいう。)とともに本件第一ビルの専有部分(家屋番号 紺屋町七番一〇の一。以下「柴田家専有部分」という。)を共有していたものであり、第一ビル一階で薬局を営んでいた有限会社柴田薬局の代表取締役として、その経営に当たっており、右店舗において本件爆発事故に遭遇し、重傷を負った。その損害額は、別紙損害額一覧表11記載のとおりである。

(一) 建物損害 金九九四二万八〇〇〇円

前記一1(三)のとおり、柴田家専有部分は、第一ビルの三二・二パーセントを占め、その損害額は四億九七一四万円であるところ、原告柴田喜一郎の区分所有建物の共有持分は五分の一であるから、四億九七一四万円÷五=九九四二万八〇〇〇円である。

(二) 家財備品等の損害 金二二〇一万四二〇〇円

同原告は、第一ビル五階に自己専用の部屋を有しており、右室内に所有する貴金属類等を保管してあったが、本件爆発事故による火災で焼失・損壊・紛失した。その内訳は、別表4記載のとおりである。

(三) 営業主としての休業損害 金二四〇万円

同原告は、本件事故により後記の傷害を負い、その治療のための入・通院、リハビリテーション等のため、一年間は休業を余儀なくされた。原告は、昭和五四年の一年間に有限会社「柴田薬局」から金二四〇万円の給与を得ていたから、同金額が休業損害とされるべきである。

(四) 賃料喪失による損害 金一七三五万〇五八五円

原告柴田喜一郎ほか五名の専有部分共有者は、一五室を次のとおりテナントに賃貸し、賃料収入を得ていた。

テナント名 昭和五四年の年間家賃額

松井常吉 一八四万六八〇〇円

萩原静子 八九万八九二〇円

長谷川大次郎 一五九万六八〇四円

株式会社シカヤ 一五三万九〇〇〇円

同右 五四万〇〇〇〇円

石垣常吉 一七七万八一一二円

有限会社柴田薬局 四二万〇〇〇〇円

マルエム商会 九二万四〇〇〇円

山元謹吾 二〇二万六五〇〇円

川口政枝 九二万三七六〇円

山梨とし子 一〇二万〇〇〇〇円

東洋火災海上株式会社 一五二万八二〇〇円

長谷川アートスクール 四八万〇〇〇〇円

タイムライフ一成堂 一〇八万〇〇〇〇円

株式会社アデランス 一八〇万〇〇〇〇円

以上合計 一八四〇万二〇九六円

前記一2のとおり五年分の家賃収入を逸失利益として請求するが、右賃料収入は、共有者間において、敷地の共有持分権をも考慮して配分され、同原告の共有持分五分の一に対応する賃料収入は、一年間に金三六八万六一九三円であった。

右収入に対応する経費として、損害保険料、修繕費、減価償却費、支払利息、割引料、光熱費、事務費その他の雑費等の経費合計金六七〇万一一七九円が支出され、うち、原告喜一郎の負担部分は金二一万六〇七六円であった。

したがって、右賃料収入額から経費金二一万六〇七六円を減じた金三四七万〇一一七円が、同原告が家賃収入から一年間に得べかりし利益となる。

よって、家賃収入五年分の逸失利益は金一七三五万〇五八五円となる。

(五) 建物毀滅による慰謝料 金一〇〇万円

前記一1(五)のとおり

(六) 本件爆発事故による負傷に基づく損害

同原告は、昭和三年一〇月二八日生の男性であるが、「柴田薬局」店舗内において本件爆発事故に遭遇し、広範囲熱傷(顔面一度、右上肢両肩背部左胸部二度、左上肢三度)、両下肢挫創、左鼓膜破裂等の傷害を受け、ケロイド醜状痕を随所に残し、左手背部知覚障害、左肘部運動制限、受傷部痛、睡眠障害等の後遺障害がある。これに伴う損害は次のとおりである。

(1) 病院費 金五二万五〇〇〇円

(2) 入院雑費 金五万三〇〇〇円

同原告は、昭和五五年八月一六日の本件爆発事故当日から同年一〇月六日まで五三日間入院し、その間の雑費は一日あたり一〇〇〇円を下らない。

(3) 付添費 金二四万〇五〇〇円

右入院期間のうち、同年八月一六日から同年九月二〇日までの三七日間、妻の母、妹らによる付添を要した。そのために要した費用は、付添費一日五〇〇〇円、付添人の食事費一日一五〇〇円として算出すると、金二四万〇五〇〇円となる。

(4) 通院交通費 金二万五五六〇円

同原告は、退院後も通院して治療を受けることを要し、同年一〇月七日から昭和五六年二月三日までの間に一八回、静岡済生会総合病院にタクシーで通院し、往復に一回あたり一四二〇円を要した。

(5) 逸失利益 金一七六五万七四四八円

同原告の前記傷害による後遺障害は、労災保険上の障害認定六級に相当し、その労働能力喪失率は六七パーセントである。

同原告は、有限会社柴田薬局の代表取締役として一年間に二四〇万円の給与を受けていたから、これを前提に事故一年後の五二歳から就労可能な六七歳までの間の一五年間の逸失利益の現在額をホフマン方式(係数一〇・九八一)により中間利息を控除して求めると、

二四〇万円×〇・六七×一〇・九八一=一七六五万七四四八円となる。

(6) 慰謝料 金一〇〇〇万円

全身火傷を負い、約二か月間に及ぶ入院、その後の長期の通院、後遺障害に今なお悩まされていることによる精神的苦痛を慰謝するに足りる金額として一〇〇〇万円が相当である。

(七) ガス爆発の恐怖に対する慰謝料 金二〇〇万円

同原告は、本件爆発事故に遭遇し、爆風に直撃され、身体は巻き上げられて宙に浮かび、その間、種々の破片が体に刺さったり、火炎や熱風に包囲され、まさに死と隣り合せの生き地獄の中に置かれ、そして地上に叩き落とされた。このような同原告の体験した精神的苦痛に対しては、前記一4のとおり、さらに別途慰謝されるべきであり、これを金額に評価すれば二〇〇万円を下回ることはない。

(八) 弁護士費用 金七九八万円

以上(一)ないし(七)の損害の合計金額は一億七二六九万四二九三円となるが、別紙損害額一覧表の「左記小計に対応する請求金額」欄のとおり、これに対応する訴状損害額一覧表小計欄記載の一億五九六〇万八八九三円の範囲内で請求することとし、これに対する弁護士費用として、前記一5の算定根拠により、金七九八万円を請求する。

6 原告柴田千恵子の損害

原告柴田千恵子は、柴田家の一員として、柴田家専有部分につき五分の一の共有持分権を有し、第三者に賃貸していたが、本件爆発事故により、別紙損害額一覧表12記載のとおりの損害を被った。

(一) 建物損害 金九九四二万八〇〇〇円

前記一1のとおり、柴田家専有部分は、第一ビルの三二・二パーセントを占め、その損害額は四億九七一四万円であるところ、同原告の区分所有建物の共有持分は五分の一であるから、四億九七一四万円÷五=九九四二万八〇〇〇円である。

(二) 賃料喪失による損害 金一七三一万四五九五円

前記一2のとおり五年分の家賃収入を逸失利益として請求するが、右5の原告柴田喜一郎の損害(四)のとおり、原告柴田千恵子も柴田家専有部分をテナントに賃貸し、年間合計金一八四〇万二〇九六円のうち、金三六七万八九九五円の賃料収入を得、経費金二一万六〇七六円を負担した。したがって、金三四六万二九一九円が、同原告が家賃収入から一年間に得べかりし利益となる。

よって、家賃収入五年分の逸失利益は金一七三一万四五九五円となる。

(三) 弁護士費用 金五八三万五〇〇〇円

算定根拠は、前記一5のとおり。

7 原告柴田喜久野の損害

原告柴田喜久野は、柴田家の一員として、柴田家専有部分につき五分の一の共有持分権を有し、同ビルの五階に居住すると共に、その余を第三者に賃貸していたが、本件爆発事故により、別紙損害額一覧表13記載のとおりの損害を被った。

(一) 建物損害 金九九四二万八〇〇〇円

前記一1のとおり、柴田家専有部分は、第一ビルの三二・二パーセントを占め、その損害額は四億九七一四万円であるところ、同原告の区分所有建物の共有持分は五分の一であるから、四億九七一四万円÷5=九九四二万八〇〇〇円である。

(二) 家財備品等の損害 金九二七万四五〇〇円

同原告は、第一ビル五階に住居を有していたが、本件爆発事故により右室内に所有する家財備品等が焼失・損壊・紛失した。その内訳は、別表5記載のとおりである。

(三) 賃料喪失による損害 金一七三一万四五八五円

前記一2のとおり五年分の家賃収入を逸失利益として請求するが、右5の原告柴田喜一郎の損害(四)のとおり、原告柴田喜久野も柴田家専有部分をテナントに賃貸し、年間合計金一八四〇万二〇九六円のうち、金三六七万八九九三円の賃料収入を得、経費金二一万六〇七六円を負担した。したがって、金三四六万二九一七円が、同原告が家賃収入から一年間に得べかりし利益となる。

よって、家賃収入五年分の逸失利益は金一七三一万四五八五円となる。

(四) 弁護士費用 金六三〇万円

算定根拠は、前記一5のとおり。

8 原告柴田静子の損害

原告柴田静子は、柴田家の一員として、柴田家専有部分につき六〇分の一一の共有持分権を有し、第三者に賃貸していたが、本件爆発事故により、別紙損害額一覧表14記載のとおりの損害を被った。

(一) 建物損害 金九一一四万二三三四円

前記一1のとおり、柴田家専有部分は、第一ビルの三二・二パーセントを占め、その損害額は四億九七一四万円であるところ、同原告の区分所有建物の共有持分は六〇分の一一であるから、四億九七一四万円÷六〇×一一=九一一四万二三三四円である。

(二) 賃料喪失による損害 金一五七七万九一五五円

前記一2のとおり五年分の家賃収入を逸失利益として請求するが、右5の原告柴田喜一郎の損害(四)のとおり、原告柴田静子も柴田家専有部分をテナントに賃貸し、年間合計金一八四〇万二〇九六円のうち、金三三五万三九〇一円の賃料収入を得、経費金一九万八〇七〇円を負担した。したがって、金三一五万五八三一円が、同原告が家賃収入から一年間に得べかりし利益となる。

よって、家賃収入五年分の逸失利益は金一五七七万九一五五円となる。

(三) 弁護士費用 金五三四万五〇〇〇円

算定根拠は、前記一5のとおり。

9 原告関屋芳子の損害

原告関屋芳子は、柴田家の一員として、柴田家専有部分につき六〇分の一の共有持分権を有し、第三者に賃貸していたが、本件爆発事故により、別紙損害額一覧表15記載のとおりの損害を被った。

(一) 建物損害 金八二八万五六六六円

前記一1のとおり、柴田家専有部分は、第一ビルの三二・二パーセントを占め、その損害額は四億九七一四万円であるところ、同原告の区分所有建物の共有持分は六〇分の一であるから、四億九七一四万円÷六〇=八二八万五六六六円である。

(二) 賃料喪失による損害 金一五三万五〇七五円

前記一2のとおり五年分の家賃収入を逸失利益として請求するが、右5の原告柴田喜一郎の損害(四)のとおり、原告関屋芳子も柴田家専有部分をテナントに賃貸し、年間合計金一八四〇万二〇九六円のうち、金三二万五〇二一円の賃料収入を得、経費金一万八〇〇六円を負担した。したがって、金三〇万七〇一五円が、同原告が家賃収入から一年間に得べかりし利益となる。

よって、家賃収入五年分の逸失利益は金一五三万五〇七五円となる。

(三) 弁護士費用 金四九万円

算定根拠は、前記一5のとおり。

10 原告柴田智佳子及び同柴田浩子の損害

原告柴田智佳子(以下「原告智佳子」という。)及び同柴田浩子(同浩子)は、本件爆発事故により死亡した亡柴田丸(以下「亡丸」という。)及び亡柴田則(以下「亡則」という。)の子であり、両名を法定相続分に従って相続した。亡丸は、柴田家の一員として、柴田家専有部分につき五分の一の共有持分権を有し、東京薬科大学教授、桜和会薬学教育研究所講師、有限会社「柴田薬局」取締役の地位にあり、亡則は星薬科大学を卒業し、本件当時は主婦であった。

原告智佳子の損害額は、別紙損害額一覧表16に、同浩子の損害額は、別紙損害額一覧表17にそれぞれ記載のとおりである。

(一) 建物損害 各金四九七一万四〇〇〇円

前記一1のとおり、柴田家専有部分は、第一ビルの三二・二パーセントを占め、その損害額は四億九七一四万円であるところ、亡丸の区分所有建物の共有持分は五分の一であるから、四億九七一四万円÷五=九九四二万八〇〇〇円であり、これを両原告は二分の一ずつ相続した。

(二) 賃料喪失による損害

原告智佳子 金八六五万七二九三円

同浩子 金八六五万七二九二円

前記一2のとおり、五年分の家賃収入を逸失利益として請求するが、右5の原告柴田喜一郎の損害(四)のとおり、亡丸も柴田家専有部分をテナントに賃貸し、年間合計金一八四〇万二〇九六円のうち、金三六七万八九九三円の賃料収入を得、経費金二一万六〇七六円を負担した。したがって、金三四六万二九一七円が、同人が家賃収入から一年間に得べかりし利益となる。

よって、家賃収入五年分の逸失利益は金一七三一万四五八五円であり、法定相続分に従い、原告智佳子が金八六五万七二九三円、同浩子が金八六五万七二九二円を相続した。

(三) 逸失利益 各金四八六八万四九六三円

(1) 亡丸の逸失利益 各金三〇六三万一一三七円

亡丸は、昭和七年一〇月一八日生の男性で、本件爆発事故当時満四七歳であり、向後二〇年間就労が可能であったものであるところ、東京薬科大学教授として金五六七万二五五一円、桜和会薬学教育研究所講師として金五一万五〇〇〇円、有限会社「柴田薬局」取締役として金二四万円の合計金六四二万七五五一円の年収があった。

そこで、生活費控除三〇パーセントとして死亡による逸失利益の現在額を中間利息の控除についてホフマン方式(係数一三・六一六)を用いて算出すると

六四二万七五五一円×〇・七×一三・六一六=六一二六万二二七四円

となる。両原告は法定相続分に従い各金三〇六三万一一三七円を相続した。

(2) 亡則の逸失利益 各金一八〇五万三八二六円

亡則は、昭和一五年一二月二五日生で、本件爆発事故当時満三九歳であった。その逸失利益について、昭和五二年度賃金センサス、産業計・企業規模計女子労働者の新大卒三五歳ないし三九歳の平均賃金年収二九九万五三〇〇円、生活費控除三〇パーセント、就労可能年数二八年間、中間利息の控除につきホフマン方式(係数一七・二二一一)を適用することとして算出すると、

二九九万五三〇〇円×〇・七×一七・二二一一=三六一〇万七六五二円となる。両原告は法定相続分に従い各金一八〇五万三八二六円を相続した。

(四) 慰謝料 各金二〇〇〇万円

両原告は、亡丸及び亡則の死亡による慰謝料各金二〇〇〇万円をそれぞれ二分の一ずつ相続した。

(五) 葬祭費 各金一〇〇万円

父母の葬儀に要した費用として、各原告が出捐した費用のうち、社会的に相当な額である各金一〇〇万円を請求する。

(六) 病院費

原告智佳子 金三万一五〇〇円

亡丸が搬送された秋山外科での病院費で、原告柴田智佳子が出捐した。

(七) 弁護士費用 各金六四〇万円

算定根拠は、前記一5のとおり。

11 原告柴田靖代の損害

原告柴田靖代は、原告柴田喜一郎の妻で、有限会社柴田薬局の従業員であり、本件爆発事故当時、第一ビル一階の「柴田薬局」店舗内にいて被災した。その損害額は別紙損害額一覧表18記載のとおりである。

(一) 病院費 金八〇〇五円

同原告が自己負担した病院費である。

(二) 入院雑費 金八万三八〇五円

(三) 付添費 金八万七〇〇〇円

同原告は、昭和五五年八月一六日から同年九月一三日までの二九日間入院したが、一日あたり三〇〇〇円の付添費を要した。

(四) 通院交通費 金四八〇〇円

同原告は、退院後、提訴時まで約六か月の間に月四回ほどの通院を要し、その際のバス代は往復二〇〇円であった。

(五) 休業損害 金二一七万四一六六円

同原告は、有限会社柴田薬局から給与として年収三二六万一二五〇円を得ていたが、本件事故により、体幹・上肢・顔面熱傷、足関節捻挫の傷害を負い、八か月間は休業を余儀なくされた。よって、同原告の休業損害は、三二六万一二五〇円×八÷一二=二一七万四一六六円となる。

(六) 後遺障害による逸失利益 金七六七万二二八六円

同原告は、昭和一五年九月二四日生で、事故当時三九歳であった。本件爆発事故による受傷により、左手関節、背中及び左足にケロイド状醜状痕を、また、左手関節の伸曲やアキレス腱に痛みを残すという後遺障害がある。これは労災保険第一二級(労働能力喪失率一四パーセント)に相当する。

同原告は、向後二七年間就労可能であったものであるから、右後遺障害による逸失利益は、前記年収額を前提とし、中間利息の控除についてホフマン方式(係数一六・八〇四)によれば

三二六万一二五〇円×一六・八〇四×〇・一四=七六七万二二八六円となる。

(七) 受傷及び後遺障害による慰謝料 金二八〇万円

同原告は、本件爆発事故による受傷により、前記のとおりの入・通院を要し、後遺障害を残している。これらによる精神的苦痛を金銭的に評価すれば、二八〇万円を下回らない。

(八) ガス爆発の恐怖による慰謝料 金二〇〇万円

同原告は、「柴田薬局」店舗内において本件爆発事故に遭遇して倒れ、救出されるまでの間、まさに生死の境に直面させられていた。このような同原告の精神的苦痛については、前記一4のとおり別途慰謝されるべきであり、これを金銭的に評価すれば、二〇〇万円を下回ることはない。

(九) 弁護士費用 金七四万円

算定根拠は、前記一5のとおり。

12 有限会社柴田薬局の損害

原告有限会社柴田薬局は、第一ビル一階で薬局を営んできたが、本件爆発事故により営業の継続を絶たれてしまった。その損害額は別紙損害額一覧表19記載のとおりである。

(一) 商品の損害 金一五九〇万三二一四円

同原告は、七月末決算になっているが、昭和五五年七月末日現在における期末商品製品棚卸高は金一二四七万八二一四円であった。

同年八月一日から同月一五日までの間に五〇〇万円(原告らの昭和六〇年七月二〇日付準備書面の五〇万円との記載は誤記と解される。)の商品を仕入れており、一日約一五万円の売り上げがあり、平均して売上高の約七割が仕入れ値であるから、事故までに一五万円×一五日×〇・七=一五七万五〇〇〇円を販売したことになるから、在庫の商品は、一二四七万八二一四円+五〇〇万円―一五七万五〇〇〇円=一五九〇万三二一四円である。

(二) 家財備品等の損害 金七〇七万五八五〇円

(1) 家財等の損害 金五九七万五五〇〇円

内訳は別表6記載のとおりである。

(2) 従業員弔慰金 金一〇〇万円

同原告は、薬剤師として雇用していた山田美佐子が「柴田薬局」店舗内で本件爆発事故に遭遇し、死亡したことに対する弔慰金として金一〇〇万円を支出した。

(3) その他後片付費用等 金一〇万〇三五〇円

(三) 休業損害 金一三四六万九八一〇円

同原告は、昭和五五年七月三一日決算では赤字ではあったが、静岡銀行に年間金二五三万四三九二円、国民金融公庫に年間金一五万九五七〇円の合計金二六九万三九六二円を借入金利息として支払ってきたものであり、本件爆発事故による休業がなければ、毎年同程度の利子の支払いはなしえたものであるところ、本件爆発事故により休業し、開業のめどが立たないことは前記一2の家賃収入の逸失利益の場合と同様であるから、その五年分に相当する金一三四六万九八一〇円を休業損害として請求する。

※ なお、前記原告らの準備書面の記載によれば、同原告の請求を基礎づける損害額の内訳は、右のとおりであり、訴状記載の損害額を下回るものであるが、請求金額を減縮する旨の申立てはされていないので、訴状における請求額を維持するものとして、別紙損害額一覧表の「左記小計に対応する請求金額」欄に摘示する。

(四) 弁護士費用 金二〇二万円

弁護士費用は、右「左記小計に対応する請求金額」を前提として、前記一5の算定根拠により算出すると金二〇二万円となる。

13 原告原田雄一及び同原田博司の損害

原告原田雄一及び同原田博司は、本件第一ビルの区分所有者であり、両名が二分の一ずつの持分権割合で専有部分(家屋番号紺屋町七番七の一。以下「原告原田専有部分」という。)を共有し、第三者に賃貸していたが、本件爆発事故により右原田雄一は別紙損害額一覧表20記載の、同原田博司は同表21記載の各損害を被った。

(一) 建物損害 各金九二六三万五〇〇〇円

前記1一のとおり、原告原田専有部分は、第一ビルの一二パーセントを占め、その毀滅による損害額は金一億八五二七万円であるから、各原告の持分割合二分の一ずつの損害額は各金九二六三万五〇〇〇円となる。

(二) 賃料喪失による損害 各金二六七六万九九五〇円

両原告は、原告原田専有部分を次のとおり第三者に賃貸し、賃料収入を得ていた。

賃借人名 賃借部分 月額賃料

初亀 地下一階 一四万五〇〇〇円

ロリエ常盤家 地上一階 一八万四〇〇〇円

諸井五平 地上一階 八万五三五〇円

ボルドー 地上二階 二〇万円

ニコニコクレジット 地上三階 一二万五〇〇〇円

中部機械健康保険組合 地上四階 八万八二五〇円

中部機械厚生年金基金 地上五階 七万六七〇〇円

合計 九〇万四三〇〇円

前記一2のとおり五年分の家賃収入を逸失利益として請求するが、五年分の家賃収入額は九〇万四三〇〇円×一二か月×五=五四二五万八〇〇〇円となり、対応する経費として五年分の固定資産税金七一万八一〇〇円を控除すると、原告両名の家賃収入五年分の逸失利益は各金二六七六万九九五〇円となる。

(三) 建物毀滅による慰謝料 (原告原田雄一のみ)金一〇〇万円

前記一1(五)のとおり

※ なお、前記原告らの準備書面の記載によれば、同原告らの請求を基礎づける損害額の内訳は、右のとおりであり、訴状記載の損害額を下回るものであるが、請求金額を減縮する旨の申立てはされていないので、訴状における請求額を維持するものとして、別紙損害額一覧表の「左記小計に対応する請求金額」欄に摘示する。

(四) 弁護士費用

原告原田雄一 金六〇二万円

同原田博司 金五九七万円

算定根拠は、前記一5のとおり。

14 原告川島政子の損害

原告川島政子は、本件第一ビルの区分所有者であり、自己の専有部分(家屋番号紺屋町七番八の一。以下、「原告川島専有部分」という。)の五階に居住し、その余の部分を第三者に賃貸していたが、本件爆発事故により、別紙損害額一覧表22記載のとおりの損害を被った。

(一) 建物損害 金一億九一四四万円

算定根拠は、前記一1のとおりである。

(二) 家財備品等の損害 金二三六二万八五〇〇円

内訳は、別表7記載のとおり(なお、原告ら昭和六〇年七月四日付準備書面では同原告の家財備品等の損害額は二三八七万円となっているが計算の過誤と認められる)。

(三) 賃料喪失による損害 金四一〇八万六二〇〇円

同原告は、原告川島専有部分を次のとおり第三者に賃貸し、賃料収入を得ていた。

賃借人名 賃借部分 月額賃料

松風文夫 地下一階 一一万六八二〇円

株式会社トラヤ 地上一階及び三階 三五万二七五〇円

株式会社テレビ静岡 地上二階 一二万七五〇〇円

やまと着物学院 地上四階 一〇万円

合計 六九万七〇七〇円

前記一2のとおり五年分の家賃収入を逸失利益として請求するが、五年分の家賃収入額は、六九万七〇七〇円×一二か月×五=四一八二万四二〇〇円となり、対応する経費として五年分の固定資産税金七三万八〇〇〇円を控除すると、同原告の家賃収入五年分の逸失利益は、金四一〇八万六二〇〇円となる。

(四) 建物毀滅による慰謝料 金一〇〇万円

前記一1(五)のとおり

(五) ガス爆発の恐怖による慰謝料 金二〇〇万円

同原告は、第一ビル内において爆発に遭遇し、屋上から救出されたが、その間、極度に危険な状態におかれたものであり、このような原告の精神的苦痛は、前記一4のとおり別途慰謝されるべきであり、これを金銭的に評価すれば、二〇〇万円を下回ることはない。

(六) 弁護士費用 金一二八一万五〇〇〇円

以上(一)ないし(五)までの損害額の合計は金二億五九一五万四七〇〇円となるが、訴状におけるこれらの合計額金二億五六三九万六二〇〇円を前提に前記一5による弁護士費用として金一二八一万五〇〇〇円を請求する。

※ 以上によれば同原告の損害額は(一)ないし(六)の合計金二億七一九六万九七〇〇円であるが、訴状記載の請求の趣旨は金二億六九二一万一二〇〇円であり、適式な請求の趣旨拡張の申し出はされていないから、右額の範囲内で内金請求がされているものと解する。

15 原告松風文夫の損害

原告松風文夫は、本件第一ビルの区分所有者であり、その専有部分(家屋番号 紺屋町七番二一の一。以下、「原告松風専有部分」という。)の五階に居住し、その地階において喫茶店「セーヌ」を経営し、さらに一階ないし四階を第三者に賃貸して生計を立てていたものであるが、本件爆発事故により別紙損害額一覧表23記載のとおりの損害を被った。

(一) 建物損害 金一億九二九九万円

算定根拠は、前記一1のとおりである。

(二) 建物毀滅による慰謝料 金一〇〇万円

前記一1(五)のとおり

(三) 家財備品等の損害 金四二一四万円

内訳は、別表8記載のとおり

(四) 休業損害 金三六〇万円

同原告が経営していた喫茶店「セーヌ」は本件爆発事故により店舗を破壊されて営業の休止を強いられ、その状況は昭和六〇年七月四日現在も続いていたが、少なくとも事故から一年間の休業による損害については本件爆発事故と相当因果関係がある。

右喫茶店「セーヌ」は、床面積約一〇〇平方メートル、座席数八五席を有し、従業員一三名の中規模店であったが、同原告は、営業主として月額三〇万円を得ていた。よって、事故後一年間の休業損害は三六〇万円である。

(五) 商品の損害 金一〇〇万円

喫茶店「セーヌ」における商品在庫は常に一〇〇万円を下回らなかった。

(六) 賃料の喪失による損害 金二八六〇万三二五五円

同原告は、原告松風専有部分を次のとおり第三者に賃貸し、賃料収入を得ていた。

賃借人名 賃借部分 年間賃料

秋山優 一階 三〇七万六三二〇円

株式会社テレビ静岡 二階 一五三万円

武田 三階 八四万円

三茎観光 四階 一三二万円

株式会社アデランス 貸看板 四万円

合計 六八〇万六三二〇円

前記一2のとおり五年分の家賃収入を逸失利益として請求するが、五年分の家賃収入額は六八〇万六三二〇円×五=三四〇三万一六〇〇円となるが、対応する経費として固定資産税年八万五六六九円×五=四二万八三四五円を控除すると、原告両名の家賃収入五年分の逸失利益は金三三六〇万三二五五円となる。

内金二八六〇万三二五五円を損害として請求する。

(七) 弁護士費用 金一三四六万五〇〇〇円

算定根拠は、前記一5のとおり。

16 原告斉藤松代、同斉藤俊一及び同斉藤哲也の損害

原告斉藤松代(以下「原告松代」という。)は、本件第一ビルの区分所有者(専有部分の家屋番号・紺屋町七番二二の一。以下「斉藤専有部分」という。)であった亡斉藤富士雄(以下「亡富士雄」という。)の妻、原告斉藤俊一(原告俊一)及び同斉藤哲也(同哲也)はその子である。

亡富士雄は、右原告三名とともに斉藤専有部分の五階に居住し、その一階において「ズボンのサイトー」の屋号でズボン小売業を営み、その余の部分を賃貸するなどして生計を立てていたが、本件爆発事故により、財産的損害を被るとともに、自らも爆発に遭遇して死亡し、右原告三名が法定相続分に従って相続した。

原告松代の損害は別紙損害額一覧表24に、同俊一の損害は同表25に、同哲也の損害は同表26にそれぞれ記載のとおりである。

(一) 建物損害

原告松代 金四二七一万三三三四円

同俊一及び哲也 各金四二七一万三三三三円

前記一1のとおり、斉藤専有部分は第一ビルの八・三パーセントを占め、その損害額は一億二八一四万円であるところ、原告三名はこれを三分の一ずつ相続した。

(二) 建物毀滅による慰謝料 金一〇〇万円

前記一1(五)のとおり。原告松代において請求する。

(三) 商品の損害 各金二〇〇万円

前記のとおり、亡富士雄は本件第一ビル一階において「ズボンのサイトー」の屋号でズボンの小売業を営んでいたが、本件爆発事故により商品であったズボン等がすべて焼失した。その損害は六〇〇万円を下回らない。よって、右損害につき、原告松代ら三名は法定相続分に従って各二〇〇万円を請求する。

(四) 家財備品等の損害

(1) 亡富士雄の損害 金一五六六万九五〇〇円

内訳は別表9の1のとおり。

法定相続分に従い、原告松代及び同哲也につき各五二二万三一六七円、同俊一につき五二二万三一六六円。

(2) 原告ら固有の家財備品等の損害

原告松代 金六三八万七〇〇〇円

(別表9の2、原告斉藤松代欄記載のとおり)

同俊一 金三九万円

(別表9の2、原告斉藤俊一欄記載のとおり)

同哲也 金一七五万三六二五円

(別表9の2、原告斉藤哲也欄記載のとおり)

(3) まとめ

よって、原告松代ら三名の家財備品等の損害額は次のとおりである。

原告松代 金一一六一万〇一六七円

同俊一 金五六一万三一六六円

同哲也 金六九七万六七九二円

(五) 賃料喪失による損害

亡富士雄は、その所有にかかる斉藤専有部分の一部を次のとおり第三者に賃貸し、賃料収入を得ていた。

賃借人名 賃借部分 年間賃料

松風文夫 地階 九〇万六〇〇〇円

株式会社テレビ静岡 二階 一〇二万円

株式会社西松建設 三階 八四万円

合計 二七六万六〇〇〇円

前記一2のとおり五年分の家賃収入を逸失利益として請求するが、五年分の家賃収入額は二七六万六〇〇〇円×五=一三八三万円となるが、対応する経費として固定資産税年三万八六六〇円×五=一九万三三〇〇円を控除すると、同人の家賃収入五年分の逸失利益は金一三六三万六七〇〇円となる。

これを原告松代ら三名が法定相続分に従って相続したので、原告松代及び同俊一につき各金四五四万五五六七円、同哲也につき金四五四万五五六六円が各原告の損害額である(訴状及び原告ら昭和六〇年七月四日付の準備書面の記載金四五四万五五六八円は誤記と解される。)。

(六) 亡富士雄の死亡による逸失利益

原告松代 金七四九万九三九四円

同俊一及び哲也 各金七四九万九三九三円

亡富士雄は、大正一二年一〇月一〇日生の男子であり、本件爆発事故により死亡した当時満五六歳であったから、就労可能年数は一一年を下回らない。本件爆発事故前年の実質所得年額は、金三七四万一五九〇円であり、一家の生計を支えていた者であったから、生活費控除を三〇パーセント、中間利息の控除につきホフマン方式(係数八・五九〇)を採用して死亡時の逸失利益の現在額を求めれば、

三七四万一五九〇円×〇・七×八・五九〇=二二四九万八一八〇円

これを原告松代らは法定相続分により相続した。

原告松代 金七四九万九三九四円

同俊一及び哲也 各金七四九万九三九三円

(七) 亡富士雄の死亡による慰謝料

前記一2のとおり、亡富士雄の死亡による慰謝料としては金二〇〇〇万円が相当であるところ、原告松代らはこれを法定相続分に従って相続した。

原告松代及び同俊一 各金六六六万六六六七円

同哲也 金六六六万六六六六円

(八) 亡富士雄の葬祭費 金一〇〇万円

亡富士雄の葬儀に際して原告松代において出捐した葬祭費のうち、金一〇〇万円は社会的に相当なものとして被告会社において負担すべきものである。

(九) 弁護士費用

原告松代 金三八五万円

同俊一 金三四五万円

同哲也 金三五一万五〇〇〇円

算定根拠は、前記一5のとおり。

17 原告静岡栄和有限会社の損害

原告静岡栄和有限会社は、本件第一ビルの管理を目的として設立された会社で、第一ビル六階に事務所を構えていたが、本件爆発事故により別紙損害額一覧表27記載のとおりの損害を被った。

(一) 建物損害 金五一五五万七五六〇円

(二) 家財備品等の損害 金四八三万六〇五〇円

内訳は別表10記載のとおり。

(三) 弁護士費用 金二八一万五〇〇〇円

算定根拠は、前記一5のとおり。

18 原告株式会社タイムの損害

原告株式会社タイムは、金融業を営む株式会社であるが(昭和六〇年一〇月一六日に解散決議、現在は清算法人)、本件爆発事故当時、本件第一ビルの前記原告まつしま専有部分三階を賃借して静岡支店として営業をしており、別紙損害額一覧表28記載の損害を被った。

(一) 家財備品等の損害 金八五二万二三三〇円

内訳は、別表11のとおり。

(二) 逸失利益 金三六五五万八六四七円

同原告は、本件爆発事故により店舗の移転を余儀なくされ、復旧作業に伴うサービスの低下等が原因となって貸付金の伸率が前年度に比して著しく減少した。

すなわち、本件事故の前年昭和五四年七月(貸付残高一億九五八一万五〇七九円)を基準として、昭和五五年三月(貸付残高二億五六九六万九八七八円)までの八か月間は、毎月順調に貸付残高を増やし、この期間の同原告静岡支店の貸付残高の伸びは六一一五万四七九九円に上ったが、本件事故の日を含む昭和五五年七月(貸付残高二億七八八九万四八七九円)から昭和五六年三月(貸付残高二億八二〇二万〇〇七九円)までの八か月間では、対前月比で貸出残高が減少する月が六月に上り、この期間を通しての貸し出し残額の伸びは三一二万五二〇〇円にとどまった。

このことから、①昭和五四年八月から一年間及び②昭和五五年八月から一年間の貸付金増加予想額を算出すると次のとおりである。

① 六一一五万四七九九円÷八か月×一二か月=九一七三万二一九七円

② 三一二万五二〇〇円÷八か月×一二か月=四六八万七八〇〇円

してみると、本件爆発事故を境に一年間に①―②=八七〇四万四三九七円の貸付金が減少したことになる。

ところで、同原告の貸付金利息は月利五パーセントであるから、右貸付金の減少がなければ、右減少額につき一年に金五二二二万六六三七円の利息を得られたはずである。

右貸付金の原告の調達には月利一・五パーセントの金利を支払う必要があるから、対応する原資調達のための金利は金一五六六万七九九〇円である。

よって、得べかりし貸付金利息収入金五二二二万六六三七円からその資金調達のための金利金一五六六万七九九〇円を控除した金三六五五万八六四七円が本件爆発事故により同原告が失った得べかりし利益の額である。

(三) 弁護士費用 金二二五万円

算定根拠は、前記一5のとおり。

19 原告株式会社アデランスの損害

原告株式会社アデランスは、かつらの製造・販売等を業とする株式会社であるが、本件第一ビル二階に静岡店を設置し、右業務を行っていたところ、本件爆発事故により別紙損害額一覧表29記載の損害を被った。

(一) 商品の損害 金六九四万四〇〇〇円

本件爆発事故当時、同店内には顧客に対して納入し、あるいは、修理のために預かったカツラがあったが、いずれも焼失したため、同原告は、右顧客に対して別表12の1記載のとおり合計金六九四万四〇〇〇円を弁償し、同額の損害を被った。

(二) 家財備品等の損害 合計金一三一二万八七七一円

(1) 現金 金二三万二六五五円

(2) 室内設備一式 金九〇〇万円

(3) 備品 金三八九万六一一六円

内訳は、別表12の2のとおり(なお、同表は原告の昭和六〇年七月四日付準備書面記載のものと同内容であるが、その積算した額は三〇五万七六〇六円であり、原告による右積算額は違算と解される)。

(三) 後片付その他の費用 金九三万九二二九円

(1) ダイレクトメール代金 金一〇万一二二九円

(2) テレビ広告(「ガス爆発事故によりアデランス静岡相談室の営業再開に多少の時間を要します。」という内容のもの)代金 金八三万八〇〇〇円

いずれも、営業休止ないし店舗移転を顧客に知らせるために要した費用である。

(四) 弁護士費用 金一〇五万円

算定根拠は、前記一5のとおり。

20 原告静岡県中部機械工業厚生年金基金の損害

原告静岡県中部機械工業厚生年金基金は、本件第一ビル五階の一部五〇・六三平方メートルを事務所として賃借していたものであるが、本件爆発事故に伴う火災により、事務所内の備品等が焼失若しくは消火活動のために冠水し、別紙損害額一覧表30記載の損害を被った。

(一) 備品等の損害 金三一四万三九九〇円

内訳は別表13記載のとおり。

(二) 弁護士費用 金一五万七〇〇〇円

算定根拠は、前記一5のとおり。

21 原告橋本みちよの損害

原告橋本みちよは、第一ビル地下において、「酒房初亀」の名称で飲食業を営んでいたものであるが、本件爆発事故により別紙損害額一覧表31記載のとおりの損害を被った。

(一) 商品の損害 金一七万円

内訳は、酒類一二万円、タネ物五万円である。

(二) 家財備品等の損害 金八九六万円

(1) 室内設備一式 金六二五万円

(2) 備品 合計金二七一万円

レンジ、冷蔵庫、テレビ 各金二〇万円

酒カン器、ビールストッカー、ビール保冷器 各金一〇万円

什器 金一〇万円

装飾品 金一〇万円

机・椅子 金一六一万円

(三) 後片付に要した費用 金二四万円

破壊された店内の後片付のため、六人を二日間、一日当たり二万円の日当で雇い作業した。

(四) 弁護士費用 金四六万五〇〇〇円

算定根拠は、前記一5のとおり。

22 原告川口政枝の損害

原告川口政枝は、第一ビルの三階において川口栄養料理学校静岡校を開設していたものであり、本件爆発事故により別紙損害額一覧表32記載のとおりの損害を被った。

(一) 商品の損害 金七万九〇〇〇円

本件爆発事故当時、右教室には実習用料理材料として右金額程度のものがあったが、それらが焼失・汚損し、使用不能となった。

(二) 家財備品等の損害 金五四三万三六〇〇円

(1) 調理実習器具六台セット 金五九万一六〇〇円

一台セット(中華鍋等四三点以上) 九万八六〇〇円×六台

(2) 食器類 金二三万六〇〇〇円

(3) その他(自動秤、台秤、電気釜、圧力釜、消耗備品等) 金一〇万八〇〇〇円

(4) 家具、什器等 金四四九万八〇〇〇円

被害物品は次のとおり。

受付カウンター、事務机、ソファー、テーブル、間仕切(大中各一)、黒板、鏡(大小)、冷蔵庫、椅子四〇脚、応接セット、時計、生徒用ロッカー、食器戸棚、吊戸棚(二個)、調理用実習台(六台)、準備台、流し(戸棚付・二台)、ガスレンジ(六台)、カーテン、ワゴン、装飾品、掃除用具

(三) 後片付その他に要した費用 金一六万円

破壊された右料理学校の後片付作業のために、四人を二日間、一日二万円の日当で雇った。

(四) 弁護士費用 金二八万円

算定根拠は、前記一5のとおり。

第二節請求原因に対する認否

第一請求原因第一について

一 同一の事実中、昭和五五年八月一六日午前九時五六分ころ、第一ビルにおいてガス爆発事故が発生したことは認め、その余は不知。

二 同二の各事実は認める。

第二請求原因第二(事故発生の経緯と概要)について

一 同一(第一次爆発)について

1 同1の事実中、昭和五五年八月一六日午前(ただし、その時刻は午前九時二〇分ころから同九時二四分ころである。)、前記第一ビルの地階にある飲食店「菊正」において、第一次爆発が発生したこと、この爆発により「ちゃっきり鮨」及び「機械室」の天井部分(天井と天井スラブの間)に敷設されていた都市ガス導管、水道管、ダクト等の施設が損壊し、ガス漏れ、水漏れ等の事態を招いたこと、「ちゃっきり鮨」の天井が落下するとともに、店内の備品などが店外(通路上)に押し出されたり、「喫茶セーヌ」「大楽天」あるいは「柴田薬局」などのショーウィンドーのガラスが破損したり「ダイアナ靴店」の表口のシャッターが破損したりなどしたこと、人的な被害は全く生じなかったことの各事実は認め、その余は不知。

なお、第一次爆発による被害は、右のほかに地階床スラブ・空調機の損壊があった。

2 同2の事実中、八本及び外一名から被告会社に通報があったことは認めるが、その時刻及び内容についてはいずれも争い、その余の事実は不知。

3 同3の事実中、被告会社が消防本部からの緊急連絡を受けたこと(ただし、連絡の内容はガス漏れ通報である)、消防本部が消防車及び消防士を現地に出動させたこと、消防士が調査・ガス検知活動等に当たったことの各事実は認め、その余は不知。

4 同4の事実中、消防本部等から連絡をうけた被告会社が通常のパトロール活動に従事していた静岡営業所供給課保安係の村上主任を派遣したこと、同人が現場に到着したのが同日午前九時四一分ころであったこと、同人がXP―三〇一検知器でガス漏えい箇所の検索をしたことは認め、その余は争う。

5 同5の事実中、村上主任が被告会社に対し、水素炎検出器(FID)・サーミスター検知器などを現場に持参するよう要請したこと、このころ、付近の路上では、消防車のサイレンなどで事故を知った住民・ビル従業員・通行人などが集まり警戒区域のまわりを取りまき、成り行きを見守っていた(ただし、一般通行人らは警戒区域内にも相当数入っていた。)ことは認め、その余は否認する。

6 同6の事実は不知。

7 同7の事実は争う。

二 同二(第二次爆発)については概ね認める。

三 同三(災害の拡大)について

1 同1の事実は認める。

2 同2の事実中、第二次爆発後、ガス導管から都市ガスが噴出し、燃え続けていたこと及び被告会社がガス遮断弁を締める作業をしたことは認め、その余は否認する。

3 同3の事実中、原告ら主張のガス遮断弁が第一ビル前歩道石の下にあったこと、同日午後一時一二分、第一ビルへのガスの供給が停止され、ガスの噴出が止まったこと、同日午後三時三〇分ころ火災が鎮火したことは認めるが、その余は争う。

四 同四(被害の概要)の事実は概ね認める。

第三請求原因第三(因果関係)について

一 同一の主張は争う。

二 同二の事実は認める。

三 同三(右ガス導管破損の原因)について

1 同1(第一次爆発の原因)

同項の事実については、同(一)(1)のうち、別紙図面3のとおり第一ビルに都市ガスを供給するため、本件第一ビル前歩道下の土中には、内径一五〇ミリメートルの本管と、本管から分岐して第一ビルにガスを供給するための供給管が一三本に分かれて埋設されていたこと、同(二)(4)のうち、都市ガスは混合気体であるが、分子量が小さい気体の混合物が多いため、大気との比重差により、上部空間に滞留しやすいこと、同(6)のうち、高島スカイハイツにおいて原告ら主張にかかる態様の爆発事故があったことは認め、その余の事実はいずれも否認する。

第一次爆発は、後記被告会社の抗弁において詳述するとおり、第一ビル地下湧水槽内において、同所に滞留したメタンガスに何らかの火源が引火して発生したものである。

また、原告らの主張する第一次爆発に関する主張は、次のとおり科学的論証もなく、根拠に欠けるものであってその結論が誤りであることは明らかである。

(一) ガス供給管に腐食孔があり、ここから地中にガスが漏出していたとする点について

原告らは、昭和五五年一一月二二日静岡地方裁判所において実施した検証によって、第一ビル前歩道下に設置したガス導管及びガス遮断弁の現状・腐食状況及び埋設状況を明らかにし、埋設時において既にガス導管に穴や亀裂が存在したとしているが、この掘り起こしは、原告らが同年一一月一八日及び一九日に、静岡市の許可もなく、被告会社の立会いもないまま一方的かつ不法に行ったものであるので、全く認め難いものである。

すなわち、ガス導管からのガス漏えいの有無を知るためには、埋設状態において気密試験を行うのが当然であり、これを掘り起こしてしまってはもはや意味を有しないものである。すなわち、ガス導管からガスが漏れるということは、ガス導管についている錆こぶの状況及び錆こぶのまわりにある土の状況等に大きく左右されるから、これを掘り出してしまうと、そのような条件がまったく変ってしまい、元のあった原位置試験がまったくできなくなるのである。加えて、各ガス導管に見られるその表面を削り取ったような痕跡は、これらが埋設状態の再現であったのか甚だ疑問である。

(二) 被告会社は、道路に埋設されている低圧導管については三年に一回以上、道路に埋設されている導管からガス栓までに設置されている導管、ガスメーターコック、ガスメーター及びガス栓についても三年に一回以上、法定検査を実施している。

さらに、自主的に早朝パトロール、繁華街におけるガス漏れ検査を行い、ガス導管等に異常のないことを確認して来た。第一ビル前歩道においてもガス漏れのなかったことは確認済みである。

したがって、原告らの、腐食した都市ガス導管からのガスの漏えいが第一次爆発の原因となったとする主張が全く根拠のないことは明らかである。

(三) また、仮にガスの漏えいがあったとしても、都市ガスは空気よりも軽いので、漏えい源を中心に上方向に三次元的に広がっていくのであり、第一ビルの地下に滞留するものではない。

(四) さらに、昭和五五年一〇月一七日に、静岡県警は、科学捜査研究所を中心とし、警察庁捜査一課、同庁科学警察研究所も立会いのうえ、本件第一ビル前の歩道下の土中におけるガスの漏出、拡散状況について実験を行った。

これは、本件事故後の同県警の現場検証において、第一ビル前歩道下の本管から分岐し、同ビル地階天井裏に抜けるまでの地中埋設の区間のガス導管を気密試験したところ、その内の三本に腐食、ガス漏れの疑いが生じたため、これが第一次爆発の原因となり得るかの調査をしたものと思われ、第一ビル前歩道下の土中六〇センチメートルと九〇センチメートルの深さに二本のガス導管を埋設し、被告会社の供給する都市ガスとほぼ同じ比重の不燃性ガスを注入、地下湧水槽、地階天井部、一階天井部、歩道上等計三二箇所に設置されたガス感知器によりガスを測定した。

この実験によれば、被告会社の通常のガス供給圧と同じ圧力(一六〇ミリメートル水柱)では感知器に反応せず、ガス圧を約二倍(二五〇~三〇〇ミリメートル水柱)に上げたところ、歩道上で約〇・一パーセントが検出されたが、地下湧水槽はもとより、地階や一階の建物内ではガスは検出されなかったとされている。

2 同2(ガス導管破損の機序)

同(一)につき、第一次爆発により地階「機械室」に設置されていた二台の空調機がその上部に取付けられていた「サプライ・チャンバー」を押上げて変形させ、これとその上方の梁(一階床スラブの梁)との間にあった内径五〇ミリメートルのガス導管及び内径三二ミリメートルのガス導管を破損したとする経過は、被告会社も認めるが、第一次爆発の原因及びこれによる空調機の挙動についての原告らの主張は否認する。

第一次爆発は、前記のとおり第一ビル地下湧水槽内において、同所に滞留したメタンガスに何らかの火源が引火して発生したものであり、右湧水槽内の爆発により「機械室」床スラブが破壊して押し上げられ、これによりその上に設置されていた空調機も上昇し、さらにその上部に取付けられていたサプライ・チャンバーを押し上げて変形させ、これとその上方の梁との間にあった前記ガス導管を破損し、これから漏えいした都市ガスが何らかの火種によって着火爆発して第二次爆発が発生したのである。

したがって、原告らの同(二)に主張する機序も否認する。

第四請求原因第四(被告会社の責任)について

一 同一(責任総論)のうち、都市ガスの漏えいが危険であることは認めるが、その余の主張は争う。

二 同二(被告会社の民法七一七条一項の責任(ガス供給施設の設置保存の瑕疵))について

1 同1(被告会社の占有する土地工作物)の事実中、本件第一ビル前歩道下の土中には、内径一五〇ミリメートルの本管と、本管から分岐して第一ビルにガスを供給するための供給管が一三本に分かれて埋設されていたこと、右供給管にはそれぞれにバルブボックスが取り付けられており、バルブボックスの中にはガス遮断弁が設置されていたこと、これらが土地工作物に該当すること、供給規程にガス導管の所有関係について原告ら主張の規定が存すること、右ガス遮断弁等が埋設されていた歩道部分は私有地であるが、昭和四五年三月三一日静岡市長が静岡市道として路線の認定を行なったことにより道路法、道路交通法の適用を受ける道路となり、それ以後は右ガス工作物が被告会社の占有に属するに至ったことは認め、その余は争う。

2 同2(第一次爆発に関する責任)の事実はいずれも否認し、被告会社が土地工作物の瑕疵により原告らに損害を生じさせたとして民法七一七条一項の責任が存するとする主張は争う。

3 同3(被告会社の第二次爆発発生についての責任(バルブボックス及びガス遮断弁の設置保存の瑕疵))について

被告会社が第一ビルへのガスの供給を遮断するため、隣接ビル前の歩道下を掘り起こし、土中に埋設されていた本管二箇所を切断するという方法でガス供給を停止したこと、それによって完全に第一ビルへのガスの供給が停止したのは、午後一時一二分であったことは認め、その余の事実は否認し、被告会社に民法七一七条一項の責任がある旨の主張は争う。

(一) バルブボックスがいずれも第一ビル前歩道のカラー歩道石の下に埋められており、しかもその位置を示す何の標識も付されていなかったことは争わないが、被告会社は、「バルブ台帳」によりその位置等について十分把握していた。また、ガス遮断弁がガスの漏えいによってガス爆発等の災害が発生するおそれがあるような緊急の際に、ガスの供給を遮断し災害の発生を未然に防止するための、きわめて重要な機能を有することは否定しないが、右のような緊急時には、被告会社従業員のみならず、消防署員や一般市民にもガス遮断弁の存在が容易にわかり、かつ速やかに遮断することができるように設置し、管理しておくべきであったとする点は争う。原告らの主張の力点が標識の設置にあるのか、一般市民にまで容易に作動できる状態にしておくことにあるのか不明であるが、仮に前者とするならば、前記のとおり被告会社はガス遮断弁の位置を把握していたのであるから、その設置に瑕疵があったというには当らないし、仮に後者とするならば、それにより却って何人からも故意または不用意にガス遮断弁の開閉の操作がなされ、ガス使用中のガス器具において生ガスが放出されるという予測し難いガス漏出事故につながる危険性が高く、かかる保安上の見地からしても原告らの主張は失当である。

ちなみに、本件事故以前から被告会社において設置したバルブボックス等の蓋に標識を付けているものもあるが、この蓋の開閉には鉄製の専用工具が必要である。

(二) 被告会社によるガス遮断措置は次のとおりであり、これによればガス遮断弁の設置管理について瑕疵がないことはもとより、災害の拡大とも関連はないことは明らかである。

(1) 第二次爆発発生後、被告会社の岡村主任らの緊急呼出しにより現場へ到着した被告会社の職員らは、事故が周囲に波及することを防止するため、周囲のビルのガスバルブを閉止すると共に、第一ビルのガスを遮断するため、第一ビル前歩道のバルブ閉止作業に着手した。

ところが、第一ビル前歩道は爆発による瓦礫が山積みになっており、これを排除してバルブに近付くべく、空気マスクも装着して何度となく突入を図ったものの、大がかりな消火活動に伴う大量の放水やガラスの破片等の落下物もあり、歩道での作業は不可能な状態が続いた。

(2) こうした状況の中で、午前一一時一五分ころ、第一ビル西端寄りの「ロリエ常磐家」前に設置されていた第一ビル地階全体にガスを供給する導管を遮断するバルブを閉止した(原告らは、請求原因第二の三2において、「被告会社がガス遮断弁を閉める作業を始めたのは、午前一一時一五分ころであり、しかもそれは静岡県警の要請によってであった」と主張するが、これが誤りであることは明らかである。)。

(3) 地上階へ通じるガスについては、前記のとおり歩道上での作業が不可能であったことから、ガス遮断弁の閉止によらない他の遮断方法を検討し、第一ビルの両側でガス本管に穴をあけ、これにバッグを挿入してガスを遮断する「本管バッグ止め」の方法によることを決定した。

この作業には約六〇名が従事したが、道路掘削に機械が使用できない状況にあったため、すべて手堀りによる作業となり、また、掘削溝に消火放水が流れ込み、これを排除しながらの作業であったこと、ガラスの破片や落下物を防ぎながらの作業であったこと等から、作業は難航を極め、本作業が完了し、第一ビルへのガスの供給がすべて遮断されたのが午後一時一〇分ころとなったのは、このためである。

(4) そして、前記のように第二次爆発後の延焼については、爆発による破壊孔が延焼経路となったほかは、建物の構造上のすき間を通って熱気流が順次上方階に達し、延焼を続けたもので、通常のビル火災と特に異ならず、消火に時間を要したのも、本件第一ビルがいわゆる多層の雑居ビルであったことによるものであって、被告会社がガスの遮断に時間を要したことが直接の原因となるものではない。

三 同三(被告会社の民法七〇九条の責任(ガス供給事業者に課せられた高度の注意義務を前提とする組織体としての不法行為責任))について

第一次爆発と、第二次爆発との間には、約三〇分の時間があったことは認めるが、第二次爆発が回避可能であったとする点及び被告会社に注意義務違反があるとする主張は、いずれも争う。

1 同1(被告会社のあるべき態勢)について

(一) 同(一)(日常的ガス事故防止態勢整備義務)の主張について

被告会社が市民の健康、生命、財産を守るために、ガス事故(ガス漏れ、ガス爆発等)防止のための一般的な注意義務を負担していること並びに同項中(1)の各条項が被告会社の保安規程及びガス漏えい通報処理要領に定められていることは認めるが、原告ら主張の具体的注意義務の内容については争う。被告会社の反論は、後記4に詳述するとおりである。

(二) 同(二)(出動時の注意義務)の主張について

原告らの主張する注意義務については争う。なお、(1)の主張にかかる「申合せ」が、昭和五四年二月二〇日、静岡市消防本部、静岡中央・南警察署、静岡県プロパンガス協会、中部電力株式会社静岡営業所並びに被告会社静岡ガス株式会社の関係機関の間で成立したことは認めるが、右「申合せ」の趣旨は争う。

右申合せについては、静岡市内のマンション、アパート等において、ガス自殺に起因するガス爆発事故が発生したことが契機となり、「①密閉された室内で、②現に多量のガス漏れがあり、③従って爆発の恐れがある」場合の事故防止対策に関して、前記関係機関の協力を申し合わせたものであり、右「申合せ」はこのようなガス漏れ事故(通常、ガス漏れ通報で出動した場合は、まず現場でガス漏えいの有無を確認し漏えい箇所の探索が必要となるが、この場合は既にガス漏えいは覚知されており、その意味で通常のガス漏れとは態様が異なる。)を対象としているからこそ、通常のガス漏れ事故における初動時の行動基準の第一に掲げられるべき「ガス検知活動」に代り、行動基準として第一に「電源の遮断」、第二に「ガス供給停止」が定められているのであって、いかなる場合にも妥当する準則ではない。

このことは、右申合せと本件事故後に本件事故を教訓として成立した「ガス爆発事故等防止対策に関する協定書」(いわゆる「五者協定」と呼ばれている。)とを対比すると、後者が三条で本協定の対象となるガス漏れ事故として「ガス漏れの疑いの通報のあったもの」を加え、これを協定に加えたことから、四条(任務分担)、九条(現場の活動)にそれぞれ「ガス検知活動」を明記するようになっており、規定上、右「申合せ」と明らかに異なる相違を示していることから明らかである。

第二次爆発に至るまでの現場の状況は、後記4(三)(2)のように、ガス漏えいの有無を調べ、あるいは検知した可燃性ガスが何のガスであるか、その成分を調べようとしていた段階で、まさに「ガス検知活動」に終始していたのであり、右「申合せ」の前提とした多量のガス漏れが覚知され、関係機関によりその後の対応の協議が必要とされる状況とは異なっていたのであり、第二次爆発に至るまでの現場の状況は、右の「申合せ」の対象となるものではなく、そのまま「申合せ」の適用を受けるものではない。

2 同2(右注意義務の履践による結果回避可能性)については争う。

第一次爆発により折損したガス導管からは直ちに大量の都市ガスが漏出し、まずは「機械室」天井に滞留し、隣のダクトスペースを通じて上階へ進み、一階店舗の天井裏へと拡散しつつ、順次爆発限界内のガスで充たしていったものであり、第一次爆発後の本件事故現場は、何らかの着火源があれば第二次爆発がいつ起きても不思議はない状態にあったものであるから、原告ら主張の態勢をもって臨んでもその回避は不可能であった。

3 同3(被告会社の現実の態勢及び本件爆発事故に対する対応)について

(一) 同(一)(緊急時の態勢)

(1) 同(1)の事実中、本件事故当時、被告会社のガス漏れ通報受付、処理態勢において、需要家内での軽度のガス漏れ以外のガス漏れ(道路埋設管等のガス漏れ)、消防、警察からのガス漏れ通報に対しての処理は、男性の保安パトロール要員(原則として緊急車、携帯無線機を所持)が平日は三名、土・日・休日は二名であたることになっていたこと、被告会社は、緊急時の対応のため、休日行動表を提出させ、また、全員を対象とした緊急連絡網も整備していたことは認め、その余は争う。

(2) 同(2)の事実中、本件ガス爆発事故当日(土曜日)は、石川係員と村上主任の両名が保安パトロール要員として静岡市内の巡回にあたっていたこと、営業担当者の四名がサービス業務に従事していたこと、静岡営業所には、受付責任者として岡村主任のほか、受付者として谷口課長及び伊藤係員が勤務していたことの各事実は認め、その余は争う。なお、当日の静岡営業所の出勤者は一〇名ではなく、一二名である。

(3) 同(3)の事実中、本件ガス爆発事故当日、村上主任が乗車していたパトロールに向かう緊急車両に、XP―三〇一検知器のみが搭載されていたこと、同検知器がLPガス、ガソリン、水素、都市ガス、その他有機溶剤の蒸気を検知対象とする器械で、メタンガス用は別途仕様となっていること、水素炎検出器(FID)とサーミスター検知器は搭載されていなかったことは認め、その余は争う。

(4) 同(4)は否認する。

(二) 同(二)(本件爆発事故に対する対応)

(1) 同(1)の事実中、西村幸彦が午前九時三〇分に、消防署に第一次爆発を一一九番通報したことは認め、その余は不知。

(2) 同(2)の事実は不知。

(3) 同(3)の事実中、八本が被告会社に電話をしたこと、その時応待した女性が伊藤係員であること、同人が八本に対し特段の指示をしなかったことは認め、八本の通報内容がガス爆発通報であったことは否認し、その余は不知。

営業所内で右伊藤係員と岡村主任との間に行われたやりとりの概略は次のとおりである。

岡村が後記(6)の消防本部からの通報に基づき、後記(9)のとおり村上主任に現場に向かうようにとの交信を終え、その交信内容を無線業務日誌へ「29.9:35.紺屋町キクマサ付近臭う」と記入しているとき、前記伊藤係員がメモを持って近付いてきた。岡村主任は伊藤係員の様子から、ガス漏れ通報があったと思い、場所を聞くと「『菊正』付近です。」と返事があった。さらに(通報者に対して)何か指示をしたかと尋ねると「(通報者が)離れた処から通報しているので詳しいことはわからないと言うので指示しませんでした。」と伊藤係員は答えた。岡村主任は、右通報は、消防本部からの前記ガス漏れ通報の場所と同一であり、既に村上主任に連絡し、手配済みであったので、「わかった。その件なら村上のところへ連絡してあるからいいよ。」と言って会話は終った。この伊藤係員が受け付けた通報が「アデランス」の八本敬二店長からのものである。

すなわち、伊藤係員が八本に対し特段の指示をしなかったのは、八本が電話口で離れた処から通報しているので詳しいことはわからない旨述べたためであり、岡村主任は、右通報内容について伊藤係員から知らされたが、消防本部からの前記ガス漏れ通報の場所と同一であり、既に村上主任に連絡し、手配済みであったので、さらに加えて特段の指示をしなかったものである。

(4) 同(4)の事実は否認する。

(5) 同(5)の事実は争う。

(6) 同(6)の事実中、静岡市消防本部から午前九時三一分、有線電話で被告会社が「火災警戒指令、火災警戒指令、紺屋町西武デパート前ダイアナ靴店付近ガス漏れ第一出動」との通報を受けた事実は認め、その余の事実は不知。

(7) 同(7)の事実中、時刻の点を除き、主張のような消防本部から被告会社に対する電話による出動要請があったことは認める。

(8) 同(8)の事実中、受付責任者である岡村主任が消防からのガス漏れ通報を受けた後、静岡市内の西部と南部の巡回を担当していた前記石川係員(静ガス五一号車)を無線で三回呼び出したが、応答がなかったこと、同人が当時無線の届かない地域にいたこと、同人が当時緊急車両に乗車していなかったこと、結局、同人とは最後まで連絡がとれなかったことは認め、その余は争う。

(9) 同(9)の事実中、岡村主任が、石川係員に連絡が取れなかったため、同市内東部地区の工事巡回、立会いに行った村上主任(静ガス二九号車)を呼び出したこと、静岡市北安東一丁目二三番一四号井上重治宅前付近にいた同主任に、「紺屋町、西武デパート前、ダイアナ靴店付近、ガス漏れ、火災警戒態勢第一出動、ガス漏れらしいから至急現場へ行ってくれ。ダイアナ靴店は菊正の上だよ。」と伝えたことは認め、その余は争う。

(10) 同(10)は争う。

(11) 同(11)の事実中、村上主任が第一ビルの現場に午前九時四一分ころ到着したこと(なお、同人が第一ビル「柴田薬局」付近まで来たとき、岡村主任から無線で現在地の問い合わせがあったので、これに答えて携帯無線で、「ただいま現場到着」と連絡した。この時刻は同日午前九時四〇分ごろであった。)、村上主任は、緊急車両の中にあった携帯無線と可燃性ガス検知器XP―三〇一を持って第一ビルに向かったこと、現場にいた消防士と二、三、会話をかわしたこと、第一ビルの地階に入り、「ちゃっきり鮨」から「菊正」へと向かい、その後第一ビル「機械室」へと向かったことは認め、その余は争う。

(12) 同(12)の事実中、村上主任が地階「機械室」入口にあたる第一ビル中央階段の踊り場付近でガス検知作業をした際、ガス爆発下限界の一七~八パーセントのガスを検知したこと、静岡市消防本部の渡辺消防士も「機械室」で村上主任と同じ可燃性ガス検知器XP―三〇一を用いて可燃性ガスを検知しており、村上主任は、同消防士のXP―三〇一のスケールが振り切れてしまうような状態を確認していたこと、村上主任はそれまで同検知器を1/1スケールで計測しており、渡辺消防士は1/5スケールで計っていると思い、自分の検知器も切換スイッチで1/5スケールにしたところ、スーと八〇パーセントの方まで針が上っていったことから、とくに疑問を止めなかったことは認め、その余は争う。

(13) 同(13)の事実中、村上主任が都市ガス特有の臭気を感じなかったこと、被告会社の岡村主任に対し、無線で「都市ガスではないらしいが、可燃性ガスを検知した。谷口さんにFIDとサーミスターを持って現場へ来てくれるように伝えてくれ」と連絡したことは認め(ただし、その時刻は午前九時五三分ころである。)、その余は争う。

(14) 同(14)の事実中、村上主任から右連絡を受けた岡村主任が谷口課長をして被告会社所有の軽四輪車にサーミスター検知器を乗せて現場に向かわせたことは認め、その余は争う。

(15) 同(15)の事実は認める。

(16) 同(16)の事実については、事実関係は前記三3(二)のとおりである。

4 同4(被告会社の注意義務違反)について

同項の主張はいずれも争う。被告会社には次のとおり本件に関して注意義務の懈怠はない。

(一) 総説

(1) 被告会社は、一般ガス事業者として、ガス事業法並びに同法施行規則により保安規程を制定し、これを遵守することを義務づけられている。右保安規程には、被告会社における日常的な保安管理組織を定めるほか、ガス漏えい時等の非常時における行動基準が詳しく規定されている。このように危険防止のために経験上必要と認められた作為・不作為義務を定型化した基準が存在する場合、これが民法七〇九条にいう過失の内容あるいは注意義務の水準を検討する上で重要な意味を持つものである。ことに、右保安規程は、昭和四五年四月八日の大阪地下鉄ガス爆発事故後に制定され、その後昭和五四年五月二〇日の藤枝ガス中毒事故等を契機としてその見直し・改正作業が積極的に進められた結果、本件事故当時までに保安管理態勢の充実並びに保安基準のレベルアップがなされてきた実績を有するものである。このような過去のいくつかの事故を教訓として、いわゆる「セーフティ・ヒストリー」の原理により、より高度の安全性を求めて改正が重ねられてきたものである以上、右保安規程は「行政取締法規等に根拠を置くもので、それ以上のものではない」との主張は当たらない。

(2) ガス事業法三〇条は、一般ガス事業者に対し、その一般ガス事業の用に供するガス工作物の工事、維持及び運用に関する保安を確保するため、届出義務を課し(一、二項)、また、保安規程に関する通商産業省大臣の変更命令権限を規定し(三項)、併せて、一般ガス事業者及びその従業員の保安規程の遵守義務(四項)を定めている。

そして、同法施行規則四二条は、前記法三〇条の規定を受けて、保安規程で定めるべき事項を具体的に規定し、その主要なものは、

① 保安業務を管理するものの職務及び権限

② ガス主任技術者の代理者

③ 従業員の保安教育

④ ガス工作物の巡視、点検及び検査

⑤ ガス工作物の運転、操作

⑥ 導管の工事方法

⑦ 導管の工事現場の責任者の条件等

⑧ 他工事に伴う導管の管理

⑨ 緊急措置

⑩ 巡視、点検等の記録

などである。

しかしながら、一般ガス事業者といっても、その設備の内容及び規模は一様でなく、ガス工作物の巡視、点検の方法、回数等を法定の基準により画一的に定めることは妥当ではない。むしろ、個々のガス事業者が実情に即した合理的な保安対策を講じることが肝要であり、この見地から前記法三〇条一項は、一般ガス事業者に自主的な保安規程の作成及び提出義務を課し、通商産業省大臣に変更命令権限を与えることにより、その保安確保に万全を期せしめることとしているのである。

(3) 被告会社の保安規程

被告会社の保安規程は、前記各法令に準拠して昭和四六年七月二〇日に制定され、同年八月一日から実施された。そして、本件事故発生までに三回の改正を行い、その都度東京通商産業局長に届け出て受理されている。右改正は、被告会社の自主的な判断によりなされたものであるが、その都度資源エネルギー庁公益事業部長名によるモデル保安規程が示され、これに準拠して規定の作成及び改訂がされてきた実績がある。

(二) 被告会社の保安管理態勢について

(1) 組織・保安態勢

本件事故当時の被告会社の保安管理態勢は、保安規程三条及び四条に基づき次のように整備されていた。

被告会社の会社組織図は、別表14―1記載のとおりであり、本件第一ビルにかかる導管の管理は、静岡営業所(保安規程上の単位事業所)の所管であり、同規程三条一号により、静岡営業所長竹山英司が保安統括者であった。右静岡営業所の組織は別表14―2記載のとおりであり、保安管理の組織系統は別表14―3記載のとおりであった。また、同営業所に置ける需要家等からのガス漏えい通報のあった場合の受付並びに処理態勢は、別表14―4に記載したとおりであった。

そして、被告会社における保安教育は、関係諸法令並びに保安規程一一条、一二条に基づいて厳格に行われていた。

(2) ガス工作物の巡視、点検及び検査

保安規程一四条によると、ガス工作物を技術上の基準に適合するように維持するため、計画に従い、定期的に巡視、点検及び検査をするものと定められている。

第一ビルにかかる導管のうち同ビル前歩道に埋設されていた導管については三年ごとに一巡することになっており、昭和五四年一二月二一日にガス漏えい検査が実施済みであり、右導管を除く同ビル内の各需要家ごとのガス栓までの導管についても、ガス工作物の技術上の基準を定める省令七三条二項に基づき、昭和五五年一月一四日までにガス漏えい検査が実施済みであり、いずれも異常がないことが確認されている。

右定期検査の外にも、被告会社は随時巡視、点検、検査を実施していた。第一ビルの周辺の導管については、昭和五五年七月二四日に早朝パトロール(静岡営業所の男子社員が交代で、早朝、供給区域内のガス導管の埋設された路上をパトロールしてガス漏れの早期発見に努める)、同年三月二八日には、FID繁華街調査(FID検知器を使用して、主として繁華街を中心とした地域につきガス漏れ検査を行う)が行われており、その際も第一ビルにかかる導管にはなんらの異常を認めなかった。

(3) 他工事に関する導管の維持及び運用

都市ガスが関与した過去の爆発あるいは中毒事故のほとんどは、ガス事業者以外の者が行う「他工事」による導管等の損傷に起因していること、特に前記藤枝ガス中毒事故が他工事による地盤沈下を直接の原因として発生したことから、他工事に対する巡回、立会い及び点検の強化が求められ、被告会社の保安規程についても昭和五四年一二月一二日改正に際して、この点が大幅に改訂されている。

被告会社は、保安規程三一条等による「他工事協議巡回立会要領」に従って他工事の協議、立会に応じる外、無届け工事の発見に努めるため、保安パトロール要員(平日は三名、土、休日は二名)を定め、これらの業務に当たらせてきた。

静岡営業所の保安パトロール業務は、供給課保安係が担当し、その勤務態勢は別表14―4記載のとおりである。

右の複数の保安パトロール要員は、それぞれ原則として緊急自動車を使用して供給区域内を分担して巡回しており、一旦、ガス漏れ事故等が発生した場合には、静岡営業所からの無線連絡により直ちに現場に出動し、その処理に当たってきた。

(4) ガス漏えい通報の受付及び処理

保安規程四八条の「ガス漏えい通報処理要領」に基づく通報の受付の勤務態勢は別表14―4に記載したとおりである。

需要家等からガス漏れの通報があった場合の処理は、通報内容により、それぞれガス栓、ゴム管、器具等の不備、故障による軽度のガス漏れの場合には営業課営業係の男子社員が無線サービス車で現場に赴き、調査、修理等の措置をし、右以外の道路埋設導管(本管・供給管)等のガス漏れ若しくは消防・警察からのガス漏れ通報の場合には、供給課保安係(前記パトロール要員等)若しくは同課施設係が応急処置又は本修理を行ってきた。さらに、事故内容により、静岡営業所に在勤する者が随時応援に派遣される態勢にあったことはいうまでもない。

また、休日の場合、緊急事態の発生に備えて、静岡営業所の係長以上の者(正月休み等長期の休日にあっては全員)には、予め休日行動表を提出させ、また全員を対象とした緊急連絡網も整備されていたので、会社からの緊急呼出しに即応して、直ちに出社、応援に出動する態勢にあり、平常時の訓練を通じて迅速な増員が確実に確保される態勢にあった。

本件事故当時(当日は土曜日であったため、別表14―4の「土曜日」欄記載の態勢)も、静岡営業所には社員一二名、本社には社員一名が出社して勤務しており、ガス漏れに応ずる態勢としては、当日の受付責任者は、岡村主任であり、受付者は谷口課長及び伊藤係員であり、そのほか、市川博、川島博幸、小野田昇、石上征之の四名がサービス業務に、村上主任、石川係員の二名が保安パトロール業務にそれぞれ従事していた。

右に述べたとおり、被告会社の保安管理態勢は、保安規程に基づいて組織化され、かつ整備されており、何ら非難を受くべき点はない。

(5) なお、原告らの主張(請求原因第四の三4(一)(2))によると、被告会社の本社から事故現場までは、緊急車両で僅か三分ばかりの距離にありながら、前記村上主任は第一次爆発発生から約一五分経過後現場に到着したと非難するけれども、同主任は午前九時三四分ころ無線連絡を受けてから約六分後の午前九時四〇分ころには「現場到着」を報告しており、また、本件にあっては、たまたま本社と近距離の市内紺屋町で事故が発生したにすぎず、通常の出動状態から考えれば、市内を二つないし三地区に分割して、各地区にそれぞれ即時、出動の可能なパトロール要員を配置することにシステムとしての合理性のあることは明白であり、原告らの非難は当たらない。

(6) また、原告らは、村上主任が携行したガス検知器(XP―三〇一)はガスの種類(組成)すら識別し得ない性能の劣る検知器であったと主張する(請求原因第四の三4(一)(3))が、都市ガスの漏えいの有無を検知するのは臭い(都市ガス特有のツーンと鼻につく刺激臭の有無)とガス検知器によるものである。被告会社の「ガス漏えい通報処理要領」には、ガス漏えい通報の受付にあたって臭気の状況を把握すること(三条の一号)、現場における処理においてはガス検知器及び臭気によりガス漏えいの有無を調査すること(七条の三号、四号)とされており、また、静岡市消防本部の定めた「都市ガス等漏えい事故に対する消防活動基準」(以下「消防活動基準」という。)の「第4、屋内漏えい時の活動要領」の1(4)イに情報収集の手段として「可燃性ガス検知器を活用、又は臭覚によりつとめて多くの場所の測定を行い、ガス漏えい範囲を推定する」と定めているのも前記のようなガスの検知方法の原則に従ったものに外ならない。

(a) 本件事故当時、製造ガスの臭いについては、ガス工作物の技術上の基準の細目を定める告示〔昭和四五年一〇月九日通商産業省告示第六三五号〕八三条の規定により、ガスの種類が「液化石油ガスおよび天然ガス以外のガス」で「一酸化炭素含有量が一〇パーセント未満のもの」(被告会社の供給したガスはこれに該る。)については、ガスの空気中の混合容積比率が「二〇〇分の一」において感知できる臭気を有するものとする旨定められていたところ、被告会社の供給したガスは右法令で定められた基準以上の臭度を有していた。したがって、当時の被告会社の供給する都市ガスの爆発下限界濃度は七パーセントであり、従ってこの下限界濃度の一四分の一で感知できる臭度を有していたものであるから、都市ガスの漏えいの有無を検知するためには、右検知器XP―三〇一の性能をもって十分であった。

(b) 村上主任が被告会社に取寄せの要請をしたFIDとサーミスターとは、それぞれ本来の使用目的が異なっている。

① すなわち、FIDのうち、検出装置GL―一〇二型は、空気中の超微量の炭化水素を検出でき、したがって臭いのない程度のガス漏れをも検知できることから、手押式ガス漏えい検査車(TF四二型)として、ボーリング作業なしで直接路面より、埋設導管からのガス漏れを検査するのに使用される。また識別装置DG―一〇〇型は前記GL―一〇二型との組合せにより、「C1」から「C4」までのガス成分(メタン、エタン、プロパン、ブタン等)を検出できる。しかし、逆に一〇〇〇〇PPM(一パーセント)以上の濃度のガスについては、測定できない。

② サーミスター(STG―A型)は、他の検知器ではスケールオーバーし測定できない高濃度のガスをも検知でき、したがって濃度分布を把握することができることから、埋設導管の漏えい修理にあたり的確にその漏えい源を察知するために使用される。しかし、その表示が一パーセントきざみであるため、かえって爆発下限界までの濃度を知るには精度に欠ける。

(c) 他方、可燃性ガス検知器(XP―三〇一)は、爆発下限界を一〇〇パーセントとして表示されることからも判るように、ガス漏れ検査にあたり、その危険度を一目で判断できるところに特徴がある。このため、配管、器具のガス漏れ検査用としてのみならず、消防等においても、危険区域の判定に使用される。本件の消防士の携行した検知器も、これと同種のものである。

村上主任の携行した右検知器は、通常のガス漏れ出動の場合、右性能等から最も適しているもので、原告らの非難は失当である。

(7) 事故後の監督官庁による立入調査の結果

ちなみに、本件事故後の昭和五五年八月二〇日と八月二一日の両日、被告会社の本社並びに静岡営業所に対してガス事業法に基づき監督官庁たる通産省及び資源エネルギー庁による立入調査が実施された。右調査は、被告会社の保安管理態勢(保安管理組織の整備及び保安教育の実施、ガス漏えい通報の受付及び処理等)が関係法令や保安規程に従って正しく整備・運営されていたかどうか、ガス導管の材料、工作物等が法令に定められた技術基準に適合していたかどうかを厳しく検査するものであった。そして、検査の結果は「ガス事業法に基づく保安規程などに違反の事実はなかった」との結論であった。

(8) 以上によれば、被告会社の保安管理態勢は、ガス事故防止のための態勢として十分なものであり、その整備には何らの落ち度もなかった。

(三) 被告会社従業員の対応

(1) 通報受理後の対応措置

(a) 本件事故当日、被告会社の受けた通報は前記のとおり消防本部から直通電話による「火災警戒指令、火災警戒指令、紺屋町西武デパート前ダイアナ靴店付近ガス漏れ、第一出動」という内容であった。

したがって、保安規程四八条の「ガス漏えい通報処理要領」により「ガス漏れ」としてその後の対応がとられたものである。

(b) 岡村主任は、右通報を受けて前記「要領」に従ってその内容をガス漏れ受付票に記入し、直ちに市内を保安パトロール中の静ガス五一号車(石川係員)ならびに静ガス二九号車(村上主任)らに無線で連絡して、出動をうながしており、これらの措置が保安規程等に照らして原告らの主張する非難に当たらないことはいうまでもない。

なお、前記のとおりアデランス静岡店長八本より被告会社に対して通報がなされたが、これもその内容はガス漏れ通報であり、前記消防本部からの直通電話による「ガス漏れ」通報の後であったから、岡村主任としては右八本店長の通報を受けたときは既に保安パトロール中の村上主任に対して、消防本部の「ガス漏れ」通報を連絡済であり、村上主任は現場に向かって急行中であったので、あえて右八本店長の通報を重ねて連絡する必要を認めなかったのである。この岡村主任の処理、判断が誤りであるとは到底考えられない。

(c) ところで、通報内容により、被告会社の対応に差異が生ずることは勿論である。もっとも、「ガス爆発」事故といっても、その内容、規模などにより、その後の対応に差異が生ずるが、過去の出動実績に照らしても「ガス漏れ」通報に比較して、「ガス爆発」の通報であれば、出動人員、あるいは出動態勢(装備及び工具等)が異なることは当然である。

また、都市ガス導管に係る事故の発生が覚知された場合は、「導管事故緊急対策要領」による特別出動態勢が編成されることは、保安規程四八条の2の規定に照らして明らかである。

(d) 原告らは、需要家でない消防署が「火災警戒指令」を二度繰り返して指令し、かつ「第一出動」さえ発令されていたにも拘らず、被告会社がこれを「ガス漏れ」として処理したことを非難するもののようであるが、「都市ガス等漏えい事故に対する消防活動基準」の第一、覚知時の措置によっても分かるとおり、「火災警戒指令」「第一出動」は、ガス漏れ等のあった場合、消防等のとるべき通常の出動形態であって、右指令内容からは、第一次爆発発生の事実を知ることはできなかったのであり、ましてや第二次爆発の発生並びにこれに続く大惨事、大事故を予想することはできなかった。

ちなみに、被告会社は、都市ガスの関与の有無に関係なく、火災発生の際には、消防本部からの直通電話により、その都度連絡を受けており、その経験から前記指令内容を判断する知識を有していたものである。

(e) さらに、原告らは、被告会社の岡村主任は、すでに午前九時三一分に「ダイアナ靴店付近ガス漏れ」の消防からの通報を受信しており、その後もガスが充満しているとの通報を消防から受けていること、消防の被告会社に対する出動要請も三、四分間毎になされていることなどからしても第二次爆発は容易に予見できた旨主張するが、消防が被告会社に対して直通電話により「現場からはガスがだいぶ充満しているそうだ。」と伝えたとするのは第二次爆発の発生の約六分前の九時五〇分であり、また、村上主任が本社に対して「都市ガスではないらしいが可燃性ガスを検知した。」旨を伝えてきたのは九時五三分ころ、第二次爆発の直前であった。のみならず、後記のように、現場では都市ガス特有の臭いは全くなく、村上主任として可燃性ガスは検知したものの、何のガスかを確かめようとしていた時点であり、いわんや、現場から離れて本社にいる岡村主任に都市ガスの漏えいの覚知を前提として第二次爆発の発生を予見することを期待することは困難であった。

以上、いずれの点からしても、通報受理後の対応措置につき、岡村主任並びに被告会社に過失はない。

(2) 第一次爆発後の現場における被告会社従業員の対応

(a) 村上主任の行動

① 前記のとおり、被告会社の村上主任は同日午前九時四〇分過ぎ第一ビルの事故現場に到着し、「ダイアナ靴店」へ行くと、同店のシャッターの下部がめくれており、店内をのぞいたが都市ガスの臭いはなかった。

同所にいた消防士二人に「どうしてこうなったのか。」と聞くと、「今来たばかりで判らないけど、手でこじあけたのかどうしてそうなったのか判らない。現場は下だよ。」ということであった。村上主任は地階へ向かうべく「柴田薬局」横の通路を通りかかった時、年輩の消防士から「ガス屋さん来ているね。」といわれ、「はい、来ています。」と答えた。

② 村上主任は地階への階段に向かう通路で、ガス検知器XP―三〇一のパワー・スイッチを押して電源を入れ、バッテリー点検スイッチを押して電池の電圧をチェックし、さらに指示針が正しくゼロ点を指していることを確認のうえガス検知作業を開始した。

当日の村上主任の服装は、被告会社のマークの入ったヘルメットをかぶり、被告会社のマークと個人のネームの入った作業衣を着て、携帯無線機を左肩に、ガス検知器XP―三〇一を首にかけ、検知棒を右手あるいは左手に持ち、検知棒を持った手を随時伸ばしたり、上方にかざしたりしながら検知作業を行った。

③ 村上主任が地階に行くと、「ちゃっきり鮨」の前を一二、三人位の消防士が半円に取り囲んでおり、消防士の肩越しに店舗を見ると、シャッターはなく、店内は暗くてよく見えなかったが、店の入口付近から店内にかけて、木くずや瓦礫のような物が床から一メートル位積み重なっていた。そこでガス検知を行ったが、ガスは検知されず都市ガスの臭いもなかった。

消防士たちは、「これでは中に入れないからしようがない。とりあえず入口にある木くずとか瓦礫のようなものを外に出そう。」といって搬出作業を始めた。この時、消防関係者から都市ガスが漏れているという話はなく、緊張した様子もなかった。

この「ちゃっきり鮨」の様子、すなわち、シャッターが取り去られ消防士達がこれから瓦礫の排除作業を始めようとしていた(ただし、事実は、渡辺消防士が「ちゃっきり鮨」の店内で検知器上、かすかな反応を認めたことから作業をしばらく中断していた。)ことから、村上主任の右行動の時刻は九時四三分前後と推認される。

④ 村上主任は、「ちゃっきり鮨」の中に入って調べることのできる状態ではなかったので、西隣の「菊正」に入ったが、湯沸器、ガステーブル、コンロのいずれの器具栓も「閉」になっており、店内には都市ガスの臭いもなく、検知器にも何の反応もなかった。

⑤ 村上主任は、さらに検知の範囲を広げようと、「菊正」の裏手に廻り、階段の踊り場から、「ちゃっきり鮨」の奥に位置する「機械室」の内部のガスを検知しようとして「機械室」の入口に立って右手に持った検知棒を奥に差し入れたところ、検知器の指示目盛が1/1スケールで爆発下限界の一七ないし一八パーセントを指し可燃性ガスが検知された。

しかし、同人はそのガスが都市ガスであるかどうかを識別するため臭いを嗅いだにもかかわらず都市ガスの臭いは全くしなかった。

⑥ この時、村上主任は同所でガス検知作業に従事していた静岡市消防本部予防課危険物係長杉山喜代次消防司令(以下杉山係長という。)及び前記渡辺消防士の二人の消防士に出会ったが、そのうちXP―三〇一を使用してガス検知作業を行っていた渡辺消防士が、ガス検知器の針が「振り切ってしまう。」と言っていた。右消防士のガス検知器も村上主任のものと同じXP―三〇一であった。前記のようにXP―三〇一ガス検知器は、爆発下限界濃度を一〇〇とする1/1スケールと、その五倍の感度で測定できる爆発下限界濃度の二〇パーセントを一〇〇とする1/5スケールと二種類の目盛指示があり、高低感度は切替スイッチを操作することにより、1/1あるいは1/5スケールでの測定が可能な機種である。村上主任は1/1スケールで計測しており、消防士は1/5スケールで計っているなと思い、これを確かめるため自分のガス検知器を切換スイッチで1/5スケールにしたところ、すぐに八〇パーセントの目盛りの方まで針が上がっていった。このため消防士が検知器の針が「振り切ってしまう。」と言ったのは、1/5スケールで計測しているためであると考えてとくに疑問を感じなかった。

⑦ 村上主任は、杉山係長から、「臭いがしないが、都市ガスなら、この位出れば臭うかね。」と聞かれ、「勿論臭いますよ。」と答えた。更に「プロパンでも臭うかね。」と聞かれ、「臭いますよ。」と答えたところ、「何のガスだろうねー。」と聞かれたので、村上主任は真っ暗な「機械室」の中に頭を突っ込むようにして臭いを嗅いだが、臭いはなかった。通常自然発生するガスでメタンがあるので、「メタンとか、臭いのしないガスもありますよ。」と答えた。

⑧ 村上主任は、可燃性ガスが検知されたものの、ガスが微量であり、都市ガスでないとなると、この可燃性ガスがどこから漏れているかを探すのは大変なことだなと思いながら、まず検知されたガスが何であるか、その成分を知るために、前記検知器FIDとサーミスターを被告会社から取り寄せるべく、連絡のため地上に出て、携帯無線で本社の岡村主任に対し、「都市ガスではないと思うが可燃性ガスが検知されるので、成分を調べたい。谷口課長にFIDとサーミスターを持ってくるように言ってくれ」と伝えた。岡村主任はこれに対し、「了解」と答えた。

⑨ 村上主任は再び「柴田薬局」横の通路から地階に降り、「ちゃっきり鮨」の前まで行ったが、依然として消防士による搬出作業が続いており、店の中に入れなかった。当時、電路の遮断はされておらず、地階の通路の電灯は点灯されたままであったし、報道関係者らも取材のためフラッシュを焚いて写真を撮っていた。この時も、ガスは検知されなかったし、ガス臭もなかった。

⑩ 村上主任は、先程検知された可燃性ガスが何であるか早く知りたいと思い、被告会社に催促の無線を入れるために地上に出て、携帯無線で、「谷口課長はもう出ましたか」と伝えたところ、無線に出た伊藤係員から「谷口課長はもう出られました」との連絡を受けた。

⑪ 村上主任が三たび地階へ向かうため「柴田薬局」横の通路から地階への階段を降りようとしたところ、周囲の空気がスーと下の方へ引っ張られる気配がし、一瞬身の危険を感じて振り向きざまに身をかがめた。この瞬間、ドーンという音とともに爆発があり、その場に倒れた。右爆発の時刻が九時五六分ころである。

(b) 消防の対応

他方、第一次爆発後に現場に出動した消防関係者の行動を、当日出動した渡辺消防士の行動を中心にまとめると次のとおりであった。

① 午前九時三〇分、本部通信統制室の「火災警戒指令、第一出動」の指令により、本部連絡車に乗車して出動した渡辺消防士、杉山係長及び危険物係寺尾康司消防士長(以下「寺尾消防士」という。)らは、同日午前九時三五分ころ現場に到着し、車から降りるとき持参した可燃性ガス検知器XP―三〇一のスイッチを入れ、「ズボンのサイトー」店横の階段から地階に入った。

寺尾消防士は、ガス検知器XP―三〇五を所携して渡辺消防士と行動を共にした。

② 渡辺消防士が地階の被害状況を確認するため「ちゃっきり鮨」前を通りかかったとき、同店舗のシャッターはまだ垂れ下がった状態であった。

出動した消防各隊は、「ちゃっきり鮨」内部の破壊が激しく、逃げ遅れが予想されたことから、まず人命の救助を目的とした負傷者の探索や排出した瓦礫の片付けの作業に取りかかることとし、大勢の消防士が店舗の入口付近で瓦礫の排除に取りかかるところであった。

渡辺消防士は地下階の被害状況を把握するため付近を一巡してふたたび「ちゃっきり鮨」前に戻ってきたところ、店舗内外の瓦礫の排除が進んでいて、一、二歩店内に入ることができた。そして、そこでガス検知器を見たところ「わずかな反応」を認め、その旨を「ちゃっきり鮨」店内にいた安西隊の大庭消防士長に伝えた。

この渡辺消防士による検知器に反応があったとの報告が、消防交信記録に存する〔九時四〇分、中央指令車(静岡五一)―(通信統制室)静岡消防「まだいくぶんガス漏れがある模様」〕及び右交信を地上で中継した〔静岡2(中央2戦車)―(通信統制室)静岡消防「静岡五一を中継する。ガス漏れはまだ続いている模様」〕の交信となった。

③ それからガス検知のため、地階商店街の「桃山」「菊正」「ちゃっきり鮨」「キャット」「大楽天」「大和田」を経て、西武デパートへの通路から「AアンドA」付近まで検知作業の範囲を広げたが、ガスは全く検知されなかった。

④ その後、渡辺消防士は、寺尾消防士から「裏の方でガスがあるみたい」との連絡を受け、二人で「ちゃっきり鮨」の奥にある「機械室」へガス検知のため赴いた。

「機械室」の入口付近(地階階段の踊り場)に立って、検知棒を延ばして内部を検知すると、検知器の指針が振り切れるような反応があった(ただし、渡辺消防士は前記②記載のとおり「ちゃっきり鮨」店内で微量のガスを検知したが、そのとき、検知器の感度を上げるため1/1スケールから1/5スケールに切替えて検知作業を行い、そのままスケールを戻さず1/5スケールで「機械室」の内部のガス検知を行った可能性は否定できない。)。

⑤ 渡辺、寺尾の二人の消防士は「機械室」でガスを検知したので、その結果を杉山係長に対して報告し、これを確認して貰うため、同係長を呼出しに赴く途中、地階で消防隊を指揮中の中央署予防係長池ヶ谷薫消防司令にガス検知の事実を報告した。

これが、消防交信記録に記載されている〔九時四八分、池ヶ谷(静岡五一)―(通信統制室)静岡消防「本部ガス検知器によると、ちゃっきりの奥の方は相当ガスが充満している」〕の交信となったものである。

⑥ 右消防交信記録には、〔九時四八分、池ヶ谷(静岡五一)―(通信統制室)静岡消防「なお、中電が来ているが、電気を消すかどうかを寺田係長が交渉中」〕との交信が記録されており、このとき寺田義巳係長(静岡中央署警備係長、消防司令補)が中部電力の係員と電路の遮断について協議した。しかし、結局電路の遮断は見送られ、第二次爆発の発生後まで行われなかった。

⑦ 杉山係長は、「菊正」付近で、渡辺、寺尾消防士から「係長、裏の方でガス反応があります。来て下さい」と呼び掛けられ、渡辺消防士に案内されて「機械室」に赴いた。渡辺消防士はそこでふたたび可燃性ガスを検知し、杉山係長はこれを確認した。

「機械室」では既に前記(a)のとおり、被告会社の村上主任が検知作業中であった。杉山係長は村上主任に対し「臭いがしないが、何のガスかね」「都市ガスかねプロパンかね」と話し掛けた。

この二回目のガス検知の結果は、杉山係長より直ちに池ヶ谷消防司令に報告され、甲第六号証(消防交信記録)の〔九時五三分、(中央指揮車)静岡五一―(通信統制室)静岡消防「現在ちゃっきりの奥の方で本部のガス検知器が一〇〇パーセントのガスを感知している。ガスについては都市ガスか、メタン類か不明、ガス会社がまだ到着していないが出発したか確認しているか」〕との交信になったものと考えられる。

⑧ 渡辺消防士は、この後、ガス検知の範囲を広げようと、「柴田薬局」前の階段を使用して一階に出て、そこで同薬局の店内にいた人と、電気や火気の使用禁止を話したりガス臭について尋ねたが、臭いはしないとのことであり、全くガスは検知できなかったので、もう一度「機械室」のガスを検知しようとして、三たび「機械室」入口付近に立って内部へ検知棒を延ばしたとき第二次爆発に遭遇した。

⑨ この間、出動した静岡市消防本部、分団の各隊は、午前九時三三分現場に到着した安西隊を初めとして、直ちに「火災警戒区域」を設定し、火気使用禁止と退去の広報、連絡等を第一ビルを中心に実施し、その後に現場に到着した警察官もそれぞれこれに協力し車輛の通行禁止措置と避難勧告を実施するなどしたが、これらは第二次爆発を予見した厳重かつ徹底したものではなく、地下通路には部分的にロープが張ってあったが、通行人や店の人、さらにはヤジ馬がたくさんおり、消防士の表情にも緊迫感は認められなかった(現に第二次爆発により、痛ましくも一五名の死者、二〇〇名を超える負傷者が出たが、その中には現場近くで取材中の何名かの報道関係者や地下街で被災した多数の通行人が含まれていることからしても一般人に対する進入禁止の徹底した処置を行う状況になかったことを容易に推認することができる。)。

(c) 村上主任は「申合せ」に違反していない。

原告らは、被告会社の村上主任の本件事故当日の行動について、前記『ガス爆発防止対策に関する申合せ』の定めに従って、まず消防の現場最高指揮者と協議しなければならないのにそれをすることなく独自の行動をとり、そのために消防の現場最高指揮者のもとに赴いてさえいれば得られたであろう、本件現場にガス漏れ状態があり、ガス臭もしているという情報を入手できず、その後の被告会社のとるべき対応を誤らしめた旨主張する。

しかし、前記1(二)のとおり、右「申合せ」の趣旨は、「①密閉された室内で、②現に多量のガス漏れがあり、③従って爆発の恐れがある」場合、すなわち都市ガスの漏えいであることが自明の場合の事故防止対策に関して、前記関係機関の協力を申し合わせたものである。

ところが、第二次爆発に至るまでの本件現場の状況は、前記(a)の「村上主任の行動」等で明らかなように、ガス漏えいの有無を調べ、あるいは検知した可燃性ガスが何のガスであるか、その成分を調べようとしていた段階で、まさに「ガス検知活動」に終始していたのであり、右「申合せ」の前提とした多量のガス漏れが覚知され、関係機関によりその後の対応の協議が必要とされる状況とは異なっていたのである。

したがって、村上主任の行動が右の「申合せ」に違反するとの原告らの主張は理由がなく、失当である。

(d) 被告会社の保安要員として出動した村上主任の当日の行動は正しいものであった。

被告会社の「ガス漏れ通報処理要領」を引用するまでもなく、ガス漏えい通報を受けて現場に出動した保安要員としてまずしなければならないのは、ガス漏えいの有無の検知、漏えい箇所の探索である。前記のとおり、村上主任は、本社よりの「ガス漏れ」通報を受けて、現場に出動し、まず本社から指示のあった「ダイアナ靴店」に赴いたが、そこで出会った消防士より「現場は下だよ」との情報を得て地階に下り、「ちゃっきり鮨」「キャット」のガス検知作業に着手したものであり、右行動基準に照らしても正しく、原告らから非難を受ける筋合いはない。

(e) 原告らは、村上主任が現場到着後、直ちに消防の現場最高指揮者(池ヶ谷消防司令を指すと思われる。)の許に赴いていたならば「本件現場にガス漏れ状態があり、ガス臭もしているという情報を容易に入手でき」その後の対応も適切なものになったはずであると主張する。然しながら、消防が最初に可燃性ガスを検知したのは、前記(b)⑤のとおり、九時四八分の消防交信が行われた少し前、「機械室」の内部であり、これよりも先の九時四〇分ころ、同②のとおり渡辺消防士が「ちゃっきり鮨」の店内で検知器にわずかな反応を認めたことはあるが、この時は反応もすぐ消えてしまい、臭いも全くしない状況であった。

以上のとおり、村上主任が現場に到着した午前九時四〇分ごろの時間帯にあっては消防として可燃性ガスは覚知しておらず、仮に、村上主任が現場に到着してすぐ池ヶ谷消防司令の許へ赴いたとしても、ガスの検知作業に必要な情報を入手することができなかったことは明らかである。

(f) 都市ガスの臭いについて

都市ガス漏えいの有無は、臭いとガス検知器により検知される。この場合、都市ガス特有の鼻につく刺激臭の有無がガス検知にとって欠かせない要素となっているのである。

第一次爆発により漏えいした都市ガスによる第二次爆発の発生の危険性を予見するためには、都市ガスの漏えいが覚知されねばならないのであるから、被告会社の責任(村上主任の過失の有無)を審究するにあたり都市ガスの臭いの問題はきわめて重大な意味を持つものである。

しかるに、被告会社の村上主任ばかりか、前記渡辺消防士をはじめ多くの消防関係者も都市ガス臭を感じていなかった。

なお、村上主任も、午前九時五三分少し前、「機械室」の内部で可燃性ガスを検知したが、その濃度は爆発下限界の約一七、八パーセントであり、都市ガス特有の臭気がなかったことから、ガスの成分(種類)や正確な濃度を測定して以後の対策をたてるべく本社にFID及びサーミスターの取り寄せを連絡したものであり、その判断に過失はない。

(g) 前記「消防活動基準」によれば、都市ガスの漏えい事故が発生し、その爆発の危険がある場合「電路の遮断はガス遮断に優先する」旨が定められている。

しかるに、(b)⑤、⑥のとおり、午前九時四八分ごろには、渡辺・寺尾の二人の消防士によって「機械室」の内部で可燃性ガスが検知され、これが消防の現場責任者の池ヶ谷消防司令に報告された後、やはり消防の現場責任者の一人である寺田係長と中部電力の係員との間で電路の遮断が協議されたにもかかわらず、結局は見送られ第二次爆発を迎えているのである。

もし仮に、現場で都市ガスの漏えいが覚知され、第二次爆発の危険性が認識されるならば、着火源の排除として、電路の遮断はあらゆる措置に優先して緊急実施されなければならないことは言うまでもない

可燃性ガスの検知が報告されながら、電路の遮断が見送られ、そしてそれが第二次爆発の後まで実行されなかったことは、当時、消防や中部電力の関係者が都市ガスの漏えいに気付かず第二次爆発の危険性を予見していなかったからに外ならない。

(h) 以上を総合して考えると、村上主任のみでなく、第一次爆発現場に出動した消防各隊も、およそ第二次爆発を予想してはおらず、また予想することができなかったことは明らかである。このような第一次爆発後の本件現場の状況下にあって、村上主任に第二次爆発の予見可能性はなく、また同人にのみその予見可能性を求めることは相当でない。

したがって、この点においても被告会社に過失責任はないことは明らかである。

なお、第二次爆発の防止に関する対応について、被告会社の岡村主任と村上主任はその刑事責任に関して警察・検察庁の取調べを受けたが、いずれも嫌疑なしとの理由で不起訴処分となったのも、こうした理由(予見並びに結果回避の可能性なし)が認められたからに外ならない。

5 同5(結論)については、争う。

四 同五(被告会社の民法七一五条一項の使用者責任・保安統括者の責任)について

1 同1の事実は認める。

2 同2の事実中、保安規程に原告ら主張の規定が存することは認め、第一次爆発が第一ビル前歩道に埋設された供給管の腐蝕孔から漏出したガスが第一ビル地階の「ちゃっきり鮨」店舗天井に滞留して爆発を起した事故であって、客観的にみて保安規程四八条の二における「導管事故」であったとする点は否認し、その余は争う。

3 同3(保安統括者竹山の注意義務違反)の主張はいずれも争う。

五 同六(債務不履行責任)について

同事実中、原告ら主張の「ガス供給契約」(供給規程に定められる一般需要家との「契約」の意味と解する。)があることは認め、その余は争う。

第五請求原因第五(損害)について

一 同一(各原告に共通する損害)について

1 同1(建物損害)の事実中、(一)(1)及び(2)の各事実は認め、同(3)は争う。

同(二)のうち、(1)は認め(ただし、回復されるべき原状とは本件爆発事故当時のそれである。)、同(2)ないし(4)は争う。物の滅失毀損による損害賠償額は、滅失毀損当時のその物の交換価格である。

同(三)は、第一ビルの所有関係については認め、その余は争う。

同(四)は争う。修理費が事故当時の時価を超える場合、損害の範囲は右時価を限度とすべきである。また、そもそも原告らの主張も、第一ビルは、いわゆる経済的に修理不能の場合に当たるというのであるから、そうであるとすれば、原告らの請求しうる損害額は、本件事故当時の建物の時価にとどまるというべきである。

同(五)は争う。

2 同2ないし5は、いずれも争う。

二 同二(各原告らの損害)については、原告らの第一ビルの所有関係及び相続関係は認め、その余はいずれも争う。

第三節被告会社の抗弁(過失相殺ないし寄与度減責)

請求原因第四の二3(バルブボックス及びガス遮断弁の設置保存の瑕疵)、同三(ガス供給事業者に課せられた高度の注意義務を前提とする組織体としての不法行為責任)、同四(保安統括者の責任)において、被告会社に第二次爆発の防止に関して何らかの責任があるとされた場合でも、本件ガス爆発事故の主たる責任は、次のとおり第一次爆発の原因者である原告ら(第一ビル所有者)に存するから、被告会社は、予備的に、過失相殺ないし原因競合の主張をする。

本件においては、原告ら(第一ビル所有者)は第一次爆発の原因に寄与した重大な責任があるから、民法七二二条二項の過失相殺の規定を適用又は類推適用して、その損害につき、大幅な減額がなされるべきである。

一  第一次爆発は、第一ビル地下湧水槽で発生したメタンガス等の可燃性ガスが何らかの着火源により爆発したものである。

1 第一ビル地階床下の湧水槽の存在及び構造

本件第一ビル地階床スラブ下には、別紙図面3のとおり、深さ九〇センチメートルないし一一〇センチメートル、容積約三立方メートルないし二〇立方メートルの湧水槽が設けられ、各湧水槽は底部付近に連通管と呼ばれる直径約一〇〇ミリメートルの塩化ビニール製のパイプで繋がっており、一部には、底部から約六五センチメートルないし九〇センチメートルの位置に通気管(孔)(以下「通気孔」という。)と呼ばれる直径約一〇〇ミリメートルないし一三〇ミリメートルの穴が開けられていた。

右連通管は、若干の傾斜をもって各湧水槽間をつなぎ、湧水槽で受けた地下水に由来する浸透水を一箇所に集めるために設けられているものであり、本来は右湧水は雑排水層(前記図面3地階「桃山」の店舗奥床下)に集められ、同所に設置されているポンプでこれを汲み上げて公共下水道に排水される仕組みになっていた。

2 第一ビル地下湧水槽の実態

ところが、湧水槽の中には、湧水だけではなく、第一ビル地階の飲食店等から排出される雑排水が流れ込み、しかも、右湧水槽は数年来清掃が行われておらず、そのために湧水槽内には汚泥及び雑排水等の中に含まれている有機物質が相当量蓄積され、このような状態が長期にわたり継続していた。

(一) 本件爆発事故後、静岡県警によって行われた検証によれば、前記別紙図面3の「イ」・「ロ」・「ハ」・「ヘ」・「ト」・「チ」・「リ」・「ヌ」の各湧水槽の底には、黒色のヘドロが堆積し、「ホ」槽でも黒色の水が溜まり、明らかにされたそれらの深さは、「イ」槽で二一〇ミリメートル、「ロ」槽で一八五ミリメートル、「ハ」槽で一五〇ミリメートル、「ホ」槽で一七〇ミリメートル、「ヘ」槽で一八〇ミリメートル、「ト」槽で一三〇ミリメートル、「チ」槽で一〇〇ミリメートルにそれぞれ達していたのである。このため、各湧水槽の底に施設された排水用の隣接の槽をつなぐ塩化ビニール製パイプの連通管は、ほぼ右ヘドロに没し、しかも約一、〇〇〇ミリメートル前後の各湧水槽のコンクリート壁面の下半分は薄黒く変色し、その上半分は薄茶色と化した状況にあった。加えて、飲食店「キャット」下の「ロ」槽にあっては、乳白色の泡様の固形物が一面に浮き、壁面は全体的に薄黒く変色し、且つ地下床スラブから三〇〇ミリメートル下側(槽底から約七〇〇ミリメートル)まで、更に地下床スラブそのものにも白カビ様のものが付着して、鼻をつく悪臭がしていた。

(二) また、鑑定人森田義郎による鑑定の結果、原告松島盛一らが本件爆発事故後に行った高圧洗浄作業の後に前記「イ」・「ロ」・「ホ」・「ヘ」・「ト」・「チ」の各湧水槽の槽内壁面或は槽内天井部分から採取された試料から、メタンガス等発生物質である多量の有機物質(ことにイ・ロ槽にあっては、窒素分の少ない脂肪質や他に不溶性のセルロース系のものの外、澱粉系の有機高分子物質を、またヘ・ト・チ槽にあっては、窒素分の多い蛋白質系のもの)の存在が確認された。

(三) すなわち、第一ビル地下湧水槽の実態は、長期にわたり投棄されていた右有機物質組成の調理屑・残飯・油脂等が汚泥化し、これが連通管の流れを阻害して前記各槽に堆積し、雑排水槽同然の状態となり、メタンガス等発生・滞留の場を形成していたのであり、湧水槽内でメタン発酵が行われ、これから発生したメタンガス等の可燃性ガスが第一次爆発発生当時、爆発下限界濃度以上に滞留していた。

3 着火源の存在

本件事故当日の第一次爆発発生時に、第一ビル地下店舗においては二つの着火源の存在が報告されている。すなわち、一つは店舗「菊正」の従業員山崎れちがガス湯沸器に点火した際のマッチの燃えさしであり、もう一つは飲食店「キャット」のガスコンロの火である。なお、右コンロの火は、同店店員村松康男が点火したものであり、いずれも地下湧水槽内に滞留したメタンガス等の可燃性ガスに引火し、第一次爆発をもたらした着火源としての可能性は十分にある。

4 他の物証との整合性

(一) 次のような事故後の客観的状況からも、地下湧水槽内での爆発によったことが一見明白である。

(1) 本件爆発事故後、地階店舗「ちゃっきり鮨」のコンクリートの床には全面に亀裂が走り、中央部が盛り上がって破壊しており、その盛り上がりの最高部の高さは一・二メートルにも達しており、これ自体、「ちゃっきり鮨」の床が下方より強い力で押し上げられたことを物語っている。

(2) 第一次爆発により、右のとおり「ちゃっきり鮨」の床スラブに破壊孔が発生したが、第一ビル一階部分の床スラブにはクラックが入った程度で、破壊孔は一つも生じなかった。

第一ビル地階床スラブと一階床スラブの厚さは同一であるところ、床スラブの強度(耐力)は、その構造上、上方から力(荷重)をうける場合の方が、下方から力(荷重)をうける場合よりも四倍程度も大きいから、地下湧水槽内での爆発があったとすれば、「ちゃっきり鮨」の床スラブは下方から力をうけることになり、その場合の強度(耐力)は上方からの力(耐力)に対するよりはるかに小さいから、「ちゃっきり鮨」の床スラブには大きな破壊孔が生じ、一階部分の床スラブにはクラックが入った程度で破壊孔は一つも生じなかったことの説明が合理的につくのに対し、地階天井付近で爆発が起こったとすると、むしろ一階床スラブにより大きな破壊がなければ説明がつかない。

(3) 地階店舗「キャット」の床面の破壊孔は、床スラブが上方に屈曲し、床スラブ周辺が地中梁上面から浮き上がっていることから、床スラブ下方の爆発により発生したと考えられる。

④「キャット」及び「ちゃっきり鮨」の床の表面には、微細クラックが認められたが、その裏面(地下湧水槽側)には認められず、これらの床スラブは上面に凸状の屈曲を受けたことを示している。

⑤ 「ちゃっきり鮨」店舗の床スラブの西側破断面は、コンクリートの破断面が非常にきれいであり、鉄筋の切断面がコンクリートの切断面よりも中に引っ込んでいるなどから高速剪断を受けたことを示しているが、これは、湧水槽「ヘ」と「ト」内の爆発という通常では考えられないような現象により、「ちゃっきり鮨」と「菊正」との境界にあるブロック造の境壁が鋏の刃に相当するものとなり、境壁の床スラブが高速に剪断されたと考えるのが合理的である。

(二) このような地下湧水槽内における爆発を惹起する物質としては、前記のとおり同所で発生したメタンガス等の可燃性ガスしか考えられない。

二  原告ら(第一ビル所有者)の管理懈怠の責任

1 第一ビルの所有管理者

原告株式会社まつしま、同寺田実、同川島政子、同原田雄一、同原田博司、同松風文夫、同柴田喜一郎、同柴田千恵子、同柴田喜久野、同柴田静子及び同関屋芳子並びに同柴田智佳子外一名の先代亡柴田丸及び同斉藤松代外二名の先代亡斉藤冨士雄らは、本件第一ビルを区分所有し、これを共同で管理していたものである。

2 第一ビル所有者である原告らの地下湧水槽の管理懈怠

第一次爆発の原因となったメタンガス等の可燃性ガスは、前記一3のとおり地下湧水槽内の汚泥等から発生したものであり、その原因は右原告ら(以下、本項において「原告ら」とは、第一ビルの区分所有者である原告を総称して用いることとする。)が所有者としてなすべき槽内の点検等保存管理を怠り、これを放置したことにあった。

原告らには、その区分所有にかかる建物である第一ビルの地下湧水槽内にメタンガス等を滞留させないように常に安全に配慮し、十分に清掃をする等の所有・管理上の義務がある。のみならず、地下湧水槽は本来、原告らが直接管理すべき共有部分であり、原告らが建物(土地の工作物)の占有者として、右のようなメタンガス等を滞留させたことは、その管理保存に瑕疵(通常備えるべき安全性の欠如)があるものである。にもかかわらず、原告らは、安全配慮の管理義務を怠り、地下湧水槽内に長期にわたって有機物質を蓄積させてメタンガス等を発生滞留させて、建物の保存に瑕疵があるのを放置して、第一次爆発を起こしたのである。

そして、請求原因第三(因果関係)の二のとおり、第二次爆発は、第一次爆発により第一ビル地下「機械室」の天井裏に配管されているガス導管(内径五〇ミリメートルと三二ミリメートルのもの)が破損し、そこから被告会社が供給する都市ガスが漏出・滞留して爆発したものであり、被告会社に右第二次爆発を回避しえなかったことについて、何らかの責任があると仮定しても、右第二次爆発を惹起した最大の原因は、これに先立つ第一次爆発に他ならない。

したがって、原告らは、その管理義務に違背して第一次爆発の原因を作出したものであり、その第一次爆発によって第二次爆発が惹起し、被害が拡大したのであるから、原告らの第一ビルに対する管理保存責任の懈怠と第二次爆発による被害拡大との間には相当因果関係があり、しかもその寄与の度合いは非常に大きい。

第四節抗弁に対する認否及び反論

一  抗弁一の事実について

1 冒頭の主張は争い、同1の事実は認める。

2 同2の事実中、冒頭の事実は否認する。

飲食店からの雑排水は、厨房の流し口から専用の塩ビ管(直径一〇センチメートル)で雑排水槽へ導かれていたし、トイレ汚水は、共用トイレの場合は直接汚水槽へ、「菊正」専用トイレにあっては専用管(直径一〇センチメートル)を通じて汚水槽へ集められる仕組みになっていたので、これらが湧水槽に排水されていたということはない。また、右湧水槽は、豊富な地下水等の環流により後記三の反論のとおり、有機物質が滞留するような環境にはなかった。

同(一)の事実中、本件爆発事故後の湧水槽の状態が被告会社主張のようなものであったことは争わないが、静岡県警の検証調書は、本件事故後、それも第二次爆発とそれに引き続いて発生した火災が鎮火した後の検証結果を記録したものであり、第二次爆発は、午前九時五六分ころに発生し、直ちに火災へと進展し、その火災は鎮火した午後三時三〇分ころまでの、実に五時間三〇分余も延焼を続け、その間延焼を食い止めるための大量の放水がなされており、消火のために用いられた水が、汚水となって湧水槽に流れ込んだことは想像に難くない。したがって、実況見分時に第一ビル湧水槽内にヘドロ状の堆積物が存在していたからといって、事故前の湧水槽内の状態もこれと同様であったということにはならない。本件事故後の湧水槽内の状態は、その前の状態と比べ質、量ともその内容が大きく変質しているものと見るのが自然である。

また、被告会社は、ヘドロ状の堆積物が有機物質を主体としたものであるかのように主張するが、実況見分の結果からはそのような事実は窺えない。

悪臭がしたとする点は否認する。

同(二)の事実中、鑑定の結果が被告会社主張のようなものであることは争わないが、同様に本件事故後の昭和五五年八月二九日に第一ビル湧水槽において堆積物を採取し、これを分析した樋浦康一郎によれば、その採取した堆積物は有機物質の割合が僅か三パーセント以下で、無機物質を主体としたものであって、水田土壌や湖底堆積土等の自然界の堆積物より遥かに有機物質が少ない旨を証言している。

同(三)は否認する。

3 同3の事実中、第一次爆発発生時に、第一ビル地下店舗「菊正」の従業員山崎れちがガス湯沸器に点火した際のマッチの燃えさし及び同飲食店「キャット」のガスコンロの火の二つの着火源の存在が報告されていることは認め、その余は争う。これらは、地階床上での爆発の着火源とはなりうるが、床下湧水槽における爆発の着火源となりうるものではない。被告会社は、湧水槽内における爆発の着火源についてなんら説明ができていないことに帰する。

4 同4(一)の事実中、(2)の第一次爆発により第一ビル一階部分の床スラブにはクラックが入ったが破壊孔は生じなかったこと、第一ビル地階床スラブと一階床スラブの厚さは同一であることは認め、その余の事実は否認し、被告会社主張の事実が湧水槽内が爆発源であることを根拠付けるとする主張は争う。

被告会社の主張する湧水槽内における爆発では、第一次爆発によっても「菊正」が殆ど被害を受けていないことの説明が付かない。すなわち、高速剪断があったとする「菊正」と「ちゃっきり鮨」の仕切壁の下の湧水槽(前記別紙図面3のト槽)は「菊正」にまで深く入り込んでおり、同槽ないしヘ槽で爆発があれば「菊正」に大きな損害が生じるはずである。また、一階「レベッカ」の床に長さ一メートルの亀裂が発生した事実も、その直下の該当湧水槽ト槽で生じた爆発が、その上の地下の空間、地階天井裏を介して一階床スラブに一メートルもの亀裂を生じさせるだけの規模であったとすると、当然「菊正」を破壊せずにはおかなかったはずである。

同(二)の主張は争う。

二  同二の事実について

同1の事実は認め、同2は争う。

なお、原告らは、第一ビル湧水槽を毎年一回は高圧洗浄車で清掃していたものであり、事故前についていえば昭和五五年一月に清掃が行われている。

三  被告会社のメタンガス爆発説に対する原告らの反論

1 第一ビル周辺の地下構造及び地下水の動態と第一ビル湧水槽の構造及び排水系統の実態について

(一) 第一ビルは、標高一八メートル内外の安倍川扇状地上にあり、安倍川扇状地を流動する地下水の主要な透水帯にある。第一ビル周辺の地下構造は、おおむね表層部に厚さ一乃至二メートルの泥質層(粘土、シルト、泥)があるほか、深さ一〇メートル以上にわたって安倍川系砂礫層が分布し、透水性は極めてよい。そして、この地域の地下水位は、降雨や隣接ビルなどの地下水汲上げなどによる若干の変動があったとしても、概ね深度二メートル内外であると推定されている。

そして、このような地質条件であるため、第一ビルを含めた近隣の地下構造をもつビルは、豊富過ぎる流動地下水によってビル周辺の土台基盤が軟弱化するのを防ぐため、ビル本体に地下水の逃げ道をつくる必要があり、ビルの地下側壁部分から地下水を流入するために湧水槽が設けられる。即ち、湧水槽は、侵入してくる地下水を貯留すると同時に排水槽を経て地上に排水する機能を合わせもっているものである。

(二) ところで、第一ビル地下床下の湧水槽は、一般の鉄筋コンクリート構造の建物に普通みられる構造のものであり、何ら特殊なものではない。即ち、ビルの地下で柱を結ぶ地中梁で囲まれた部分が全部で三四槽あり、これらの槽から水を集めて地上に排水する雑排水槽とトイレ汚水を集める汚水槽とからなっている。

そして、各槽は、深さが若干異なっている(九〇センチメートルから一〇一センチメートル)が、歩道側から雑排水槽に向けて順次深くなっており、槽内に溜った地下水は、各槽の底部に敷設されている一乃至三個の集水孔(直径一〇センチメートル)を通じて隣の槽に流れ、最終的に雑排水槽に集まる仕組みになっていた。

また、槽によっては、ほぼ中間の高さのところに通気孔(直径一〇センチメートル)が貫通しており、槽の容積はまちまちであるが二・七二立方メートルから二〇・一〇立方メートルである。

そして、店舗内の湧水槽の大部分にはマンホール(直径六〇センチメートル)が敷設されていた。

その他、店舗と地下歩道との間には側溝があり、床下の湧水槽に多数の水落とし孔(直径一〇センチメートル)が貫通しており、店舗部分では手洗い水の落とし孔(直径三乃至五センチメートル)が床を貫通しているところもある。

飲食店からの雑排水は、前記のように、厨房の流し口から専用の塩ビ管(直径一〇センチメートル)で雑排水槽へ導かれ、トイレ汚水は、共用トイレの場合は直接汚水槽へ、「菊正」専用トイレにあっては専用管(直径一〇センチメートル)を通じて汚水槽へ集められる仕組みになっていた。

2 メタン発酵の条件について

メタン発酵は、嫌気的な環境下で起こる微生物反応であり、蛋白質、脂肪、炭水化物等の有機物が最終的にメタンガス、炭酸ガス等に分解されるものである。しかし、第一ビル地下湧水槽は、メタン発酵が活発に起こる条件を備えていなかった。

(一) メタンガスが発生するためには、先ずその「場」に有機物質が存在しなければならないし、且つ連続してメタンガスを発生させるためには有機物質が連続して投与されなければならないが、本件湧水槽には有機物質を含んだ飲食店厨房からの雑排水は流れ込んでおらず、また、飲食店が残飯等をマンホールから投げ込んでいたこともないのであり、有機物質の供給はされていなかった。また、前記のように豊富に環流する地下水により、これらのものが滞留することもなかった。なお、事故後、湧水槽内に滞留していたヘドロについての反論は、前記一2のとおり。

(二) 嫌気条件(換気)について

メタン細菌は、絶対嫌気性菌であり、メタン発酵のためには、その繁殖の「場」が嫌気状態でなければならない。しかも、メタンガスが継続的に発生するためには、当然のことながらその「場」の嫌気状態が継続的に保たれていることが必要である。

しかし、第一ビル湧水槽内の換気は、各湧水槽と雑排水槽とは相互の連通管及び通気孔により連絡していて、その周囲には空隙があり、その他湧水槽の上部床スラブにはマンホール、水落とし穴が各所にあり、外気と通じていた。

また、前記のとおり第一ビル湧水槽には常に豊富な地下湧水が流入してくる状況にあり、これら流入してくる地下湧水は、適宜、雑排水槽内に設置されている排水ポンプで地上に排水され、入れ替わっていたから、第一ビル湧水槽内は、この排水作業に伴い、湧水槽内の水位が上下するとともに、且つ、前記の空隙等を通じて槽内に呼吸作用を起こし、常に槽内と外気とが強制的に交流する状況にあった。

このように第一ビル湧水槽内では直接あるいは間接的に十分に外部の大気との交流、換気があり、槽内の水面下においても絶えず水が入れ替わるなどしていたもので、メタン細菌の活動に必要な嫌気状態ではなく、且つ、そのような状態が維持されうるような環境にはなかった。

なお、このことは仮に湧水槽内においてメタンガスの発生があったとしてもそれが滞留しえない環境下にあったことをも意味する。

(三) 温度条件について

絶対嫌気性菌であるメタン菌は、通性嫌気性菌と比較してもはるかに温度に敏感であり、好適とされる温度域以外の温度ではガス発生速度が低下するが、急激な温度低下には特に敏感であって、温度は、メタンガス発生条件のうち有機物質の存在とともに最も重要な要素である。

被告会社の第一ビル近隣の湧水槽等の水温の測定結果によれば、飲食店「S」の雑排水槽については、昭和五六年四月一三日から同年一一月二六日までの間の測定値は、最高で摂氏二七・五度、最低で一七度となっており、一〇・五度の温度差がある。また飲食店「K」の湧水槽については、昭和五六年一二月四日から同月七日までの間の測定値は最高で摂氏一九度、最低で一八・五度となっており、昭和五八年八月三一日の測定値は摂氏二二度となっている。更に、ガスサロン前の湧水槽では、昭和五八年八月三一日では二一・五度、同年一二月九日では一八度となっている。これらの測定値から窺えることは冬期と夏期とでは相当の温度差があること、特に夏期の水温はすべて摂氏二一度以上であることである。

被告会社は、メタン細菌は摂氏〇度から八〇度という広い範囲で生存し、高温菌や中温菌の外に、摂氏一五度から二〇度を至適温度とする低温菌が存在し、この低温菌が活性を有する低温域においてもメタンガスは発生するというが、右のとおり夏期については好適といわれる温度域にはなかったことが窺える。

メタン菌は温度に非常に敏感であり、好適とされる温度域以外の温度ではガス発生速度が低下することは被告会社も指摘するとおりであり、メタン菌のこのような特性を考慮するならば、第一ビル湧水槽は温度条件においても被告会社が主張するような好ましい環境下にはなかったことが明らかである。

第三章証拠《省略》

理由

第一  本件事故の概要(請求原因第一、第二関係)

一  事故発生の経緯と概要

昭和五五年八月一六日午前九時五六分ころ、静岡駅前ゴールデン街第一ビルにおいてガス爆発事故(第二次爆発)が発生したことは当事者間に争いがない。

二  その事故発生の経緯及び事故の概略のうち、次の各事実は当事者間に争いがない。

1  右第二次爆発に先立つ同日午前九時二〇分ころから二六分ころの間に(ただし、厳密な時刻については争いがあり、当裁判所の判断は、後記第四の三3(二)で述べる。)、前記第一ビルの地階にある飲食店「菊正」付近においてガス爆発(第一次爆発)が発生した。

この爆発により同地階「ちゃっきり鮨」及び「機械室」の天井部分(天井と天井スラブの間)に敷設されていた都市ガス導管、水道管、ダクト等の施設が損壊し、ガス漏れ、水漏れ等の事態を招いた。また、「ちゃっきり鮨」の天井が落下するとともに、店内の備品などが店外(通路上)に押し出されたり、「喫茶セーヌ」「大楽天」あるいは「柴田薬局」などのショーウインドーのガラスが破損したり、「ダイアナ靴店」の表口のシャッターが破損するなどしたが、人的な被害は全く生じなかった。

被告会社は、本件第一ビルに都市ガスを供給していたが、住民からのガス爆発の通報を受けた静岡市消防本部から緊急連絡を受け、通常のパトロール活動に従事していた静岡営業所供給課保安係の村上主任を現地に派遣した。同人は、現場に同日午前九時四一分ころ到着し、所携のXP―三〇一検知器でガス漏えい箇所の検索をしたが、さらに、被告会社に対し水素炎検出器(FID)・サーミスター検知器などを現場に持参するよう要請していた。

このころ、付近の路上では、消防車のサイレンなどで事故を知った住民・ビル従業員・通行人などが集まり警戒区域のまわりを取りまき、成り行きを見守っていた(ただし、一般通行人らは警戒区域内にも相当数入っていた。)。

2  このような状況の中で、午前九時五六分ころ、第一ビル内で突然大爆発(第二次爆発)がおこった。

3  第二次爆発の爆風により、消防士や第一ビル関係者あるいは新聞・テレビの報道関係者などが爆風で吹き飛ばされ、路上に駐車中の消防車も炎上したほか、周囲に林立するビルの看板・窓ガラスは破れ、飛散し、第一ビルの各店舗も爆風によって天井が抜け落ちたり、隔壁が押し曲げられるなどの被害を受けた。さらに、右第二次爆発は、直ちに火炎へと進展し、第一ビルは炎と煙に包まれ、火災は上階へと延焼していき、右火災は同日午後三時三〇分ころ、ようやく鎮火した。

4  第二次爆発とその後の火災による人的・物的被害の概要は左記のとおりである。

(一) 被害面積 一五五〇〇平方メートル

(二) 被害

死者 一五名

負傷者 二二三名

罹災戸数 六戸

店舗及び住宅被害 一六三棟

(イ) 店舗 一三六店(全壊四三、半壊七、一部破損八六)

(ロ) 住宅 二七戸(全壊六、一部破損二一)

第二  本件爆発事故の機序と原告らの主張する責任論との関係

一  第二次爆発が、第一次爆発により第一ビル地階「機械室」の天井(「機械室」には、いわゆる天井はなく、その最上部は、一階床スラブの裏側に面していたが、以下、これを同室の「天井」という。)に配管されているガス導管(内径五〇ミリメートルと三二ミリメートルのもの)が破損し、そこから被告会社が供給する都市ガスが漏出・滞留して爆発したものであることについては、当事者間に争いがない。

そして、原告らは、その主張する損害がすべて第二次爆発により生じたものであると主張する。

二  原告らは、第二次爆発の原因となった第一次爆発も被告会社の供給する都市ガスが土中に埋設されたガス供給管の腐食孔から漏えいしたものであるとし、土地工作物であるガス導管の瑕疵を原因とする被告会社の損害賠償責任を主張している(請求原因第四の二2)。

三  また、第一次爆発と第二次爆発との間には、三〇分程度の時間があり、原告らは、その間に被告会社が適切な対応をとっていれば、あるいは、第三者をして適切な対応をとりうる設備を整えていれば、第二次爆発は避け得たものとして、被告会社が右回避措置をとらなかったこと(請求原因第四の三及び四)又は回避措置が取りうるよう設備を整えていなかったこと(同第四の二3)を根拠に被告会社の不法行為責任ないし債務不履行責任を主張している。

四  これらの過失ないし瑕疵に基づく被告会社の責任の有無を論ずる前提として、まず、右二の主張については、第一次爆発が漏えいした都市ガスに起因するものであることについて、また、右三の主張については、第一次爆発と第二次爆発との間の三〇分内外の時間に被告会社が適切な回避措置を講じ、あるいは、設備が整えられていたならば、第二次爆発は回避し得たことについて、事実的因果関係の有無の問題として、原告らにおいて立証することを要するといわなければならない。

第三  第一次爆発の原因

そこで、第一次爆発を引き起こした原因について検討する。

一  当事者双方の主張の要旨及び証拠状況

1  第一次爆発の発生原因に関する原告らの主張(請求原因第三の三)は、要するに、第一ビルに都市ガスを供給するため、第一ビル前歩道下の土中に埋設されていたガス供給管(以下、第一ビル敷地内の内管部分も含めて「供給管」という。)に腐食による穴や亀裂が生じており(腐食孔)、ここから地中にガスが漏出しており、これが第一ビル地階の「ちゃっきり鮨」、「キャット」及び「機械室」の天井空間に滞留し、これに着火して第一次爆発に至ったもので(以下「都市ガス漏えい爆発説」という。)、この爆発による爆風が「ちゃっきり鮨」の北側にある「機械室」に伝播し、同所に設置されていた二台の空調機が傾き、その上部に取り付けられていたサプライ・チャンバーを押し上げて変形させ、これとその上方の梁との間にあったガス導管を破損したというのである。

2  これに対し、被告会社は、本件第一次爆発は、第一ビル地下湧水槽内において、同所に滞留したメタンガスに何らかの火源が引火して発生したものであり、これにより「機械室」床スラブが持ち上げられ、これに伴い同床上に台座と共に設置されていた前記空調機が跳ね上がり、その上方に処置されていたサプライ・チャンバーを押し上げ、これとその上方の梁との間にあったガス導管を破損したというのである。

3  本件第一次爆発の原因物質が何であるかを直接根拠づける証拠は存しない。

二  原告らの主張に沿う事実群

右原告らの主張に沿う事実として次の事実が認められる。

1  別紙図面2のとおり第一ビルに都市ガスを供給するため、本件第一ビル前歩道下の土中には、内径一五〇ミリメートルの本管と、本管から分岐して第一ビルに都市ガスを供給するための供給管が一三本に分かれて埋設されていたこと及び都市ガスは混合気体であるが、分子量が小さい気体の混合物が多いため、大気との比重差により、上部空間に滞留しやすいこと(当事者間に争いはない。)。

2  供給管の亀裂及び穴の存在

(一) 本件事件後の警察の捜査において、供給管からの都市ガスの漏えいの有無を調べる気密試験が行われ、その際、第一ビルにガスを供給する前記一三本の供給管の内、三本(別紙図面2③ないし⑤)に合計四か所の腐食による亀裂ないし穴が発見されたこと。

(二) その後、原告らは、昭和五五年一一月一八日から同月一九日にかけて埋設されている右各供給管(ただし、警察が検証の際に押収した部分を除く。)を掘り出し、原告らが申立人となって当庁に申し立てた同年(モ)第八九三号証拠保全申立事件により、同月二二日に実施された第一ビル前歩道下に埋設された右各供給管の腐食状況に関する検証(以下「埋設管検証」という。)において、いずれの供給管も相当腐食が進んでおり、かつ、(一)では発見されていなかった次の亀裂及び穴等が発見されたこと、すなわち

(1) 別紙図面2の③の供給管(口径三二ミリメートル)について、第一ビルのフロントライン(第一ビル一階床スラブが、前面歩道方向に同地階外壁中心線から一・九五メートルほど庇状に張り出している部分の先端。以下「フロントライン」という。)から一六センチメートルのところに亀裂が、また、三一・五センチメートルのところに穴が開いていたこと

(2) 同⑤の供給管(口径二五ミリメートル)について、フロントラインから二四センチメートルのところに、穴が開いていたこと

(3) 同⑨の供給管(口径四〇ミリメートル)について、フロントラインから九一・五センチメートルのところに穴が開いていたこと

(4) 同⑩の供給管(口径四〇ミリメートル)には、フロントラインから一一・五センチメートルの接手部分に断裂状の亀裂が存在したこと(ただし、同検証の際の相手方(被告会社)立会人の申述によれば、右⑩の導管は本件事故当時、バルブを閉止しており使用されていなかった。)

(5) 同⑪の供給管(口径四〇ミリメートル)には、フロントラインに近接して穴が開いていたこと

3  前記第一ビル一階床スラブの張り出し部分下の空洞の存在及び土壌の通気性

(一) 埋設管検証の際、第一ビル一階床スラブ張り出し部分の下の別紙図面2③及び⑨の供給管に沿った部分には、空洞が認められたこと(ただし、奥行きは不明)

(二) また、第一ビル一階床スラブの同ビル開口部分の下は、歩道際から同ビル地階外壁に達するまで全体に玉石が二〇センチメートルの厚さに敷き詰められており、この玉石の層と一階床との間に空洞が広がっていたこと(ただし、奥行き及び範囲を認めるに足りる証拠はない。)

(三) 被告会社が申し立てた当庁昭和五六年(モ)第二二号証拠保全申立事件により、同年二月一八日実施された証拠保全の検証(以下「地階等検証」という。)及びこれに基づく鑑定人谷口敬一郎による鑑定(以下「谷口鑑定」という。)の結果によれば、右供給管の埋設されていた付近の土壌は、粘土からレキにわたる広範囲な粒度分布を示す土で、土質工学会の統一分類法による「細粒分まじりレキ」に区分され、粘土質分を含む土であること、当該土壌の締め固め状態は人工的につき固めた土と同程度の密度を示し、よく締まっていると判定されるが、通気性も良好であること

4  右供給管が埋設されている歩道下と第一ビル地階天井部とは、同ビルの厚さ四〇センチメートルの外壁で隔てられているが、本件爆発事故前、第一ビル地階天井の歩道側コンクリート壁には各所に亀裂があり、雨水や地下水がしみ出すなどしており、また、ガスや水道管の貫通配管用の穴が開けられ、その隙間は必ずしも埋め戻されていなかったこと(ただし、右3(一)(二)の空隙との接続の有無及び状況については明らかではない。)

5  漏えいガスの土中伝播による爆発事故事例

(一) 昭和五五年一一月一日発生した東京都板橋区所在の鉄筋コンクリート六階建マンションにおけるガス爆発事故(いわゆる高島スカイハイツガス爆発事件)では、爆発の起きた同マンション一階の二室の床下の地下ピットに、隣接する別のマンションの土中に埋設された液化プロパンガスの供給管の亀裂部分(右ピットから約一〇メートルの地点)から漏出したプロパンガスが、埋め立てに用いられた板切れ・土管くず・古タイヤなどが混在した残土の空隙を伝播して、右地下ピットに滞留し、爆発に至ったものとされている(ただし、プロパンガスは空気よりも比重が重く、同事故でも漏えい箇所となった埋設管の亀裂部分よりも下方の地下ピットにガスが滞留した。)。

(二) 昭和六三年一二月九日に静岡県浜松市で発生したガス爆発事故においては、民家前の道路に埋設された都市ガス導管(低圧配管・内径一〇〇ミリメートル)の亀裂から漏れだした都市ガスが同民家に流れ込み、爆発着火したものとみられている。

三  しかし、右二に認定される各事実から、原告らが第一次爆発の発生につき主張する都市ガス漏えい爆発説の因果経過を推認することができるかを検討するに当たって、次の点については留意する必要がある。

1  埋設管検証において発見された亀裂及び穴について

すなわち、二2(供給管の亀裂及び穴の存在)で認定した、同(一)の静岡県警による気密試験により発見された別紙図面2の供給管③ないし⑤の三本の合計四か所の亀裂についてはともかく、同(二)の埋設管検証で確認された亀裂及び穴については、そもそも右気密試験で異常が発見されていない。右気密試験は、右一三本の供給管のうち、少なくとも別紙図面2の①ないし⑪について実施されたが、その方法は、各供給管が第一ビル地階天井内に達した部分で切断して、同部分で管を塞ぎ、他方、歩道側の当該供給管をガス本管からの分岐点に近い部分で切断して圧力をかけ、その減衰状況から亀裂等の有無を確認するというものであった。

他方、右各供給管は、鋳鉄製であるところ、同製のガス導管は、埋設されることにより時間と共に腐食が進行するが、腐食が進んでも、酸化鉄と土中成分がセメンテーションを起こして管を覆っていき(いわゆる錆こぶ)、本件第一ビル前の供給管においても、緻密なセメンテーション生成物が供給管に付着していたことが認められ、これらにより、ガスの漏出が阻止されていたことも考えられる。

してみると、仮に腐食が進んで管に穴が開く状態に達していたとしても、現に本件第一次爆発の原因となるべき都市ガスが現実に漏出していたか否かを知る上では、右錆こぶや周囲の土壌等により、腐食等により生じた亀裂や穴が事実上塞がれていたか否かなどの影響を考慮しなければならないのであって、これらによれば、気密試験こそ本件事故当時における埋設状態における各供給管からの気体の漏出の有無を知る上で最も適切な検査方法であると認められる。

そうすると、右気密試験において発見されなかった供給管の亀裂及び穴は、仮にこれが第一次爆発当時存在したとしても、錆こぶないし周囲の土壌との密着等により本件第一次爆発当時には、これから都市ガスが漏出する状況になかったことが強く推認される。

加えて、右各供給管は、埋設管検証時には原告らによりすでに掘り出されており、その掘り出し作業は原告らが被告会社関係者その他の立会いを得ずに行ったものであり(当事者間に争いはない)、その掘り出し作業が埋設状態における錆こぶ等の状態にどの程度配慮してなされたかについて必ずしも明らかではなく、埋設管検証の結果によっても、発掘された供給管の一部に表面を削り取った痕跡とも見うるものがあることなどに照らすと、右新たに発見された亀裂ないし穴は、原告らによる発掘作業の過程で生じたことも否定することができない。

以上によれば、これら埋設管検証により初めて存在が確認された供給管の亀裂及び穴の存在からは、第一次爆発当時それら亀裂等から都市ガスが漏えいしていたことを認めることはできないというべきである。

2  気密試験において発見された亀裂ないし穴について

(一) また、警察の気密試験で発見された別紙図面2の③ないし⑤の三本の供給管の合計四か所の亀裂ないし穴からガスが漏出したと考えた場合、その漏えい箇所は証拠上明らかではないが、埋設管検証時においては、右三本のガス導管は相当部分が失われていたものであり、右検証の際の立会人の指示説明によれば、これは警察が鑑定のために押収したというのであるから、右気密試験によって発見された四か所の亀裂等は当該供給管の埋設管検証当時現存しなかった部分にあったものと言うべきである。そこで、以下右四か所の亀裂ないし穴からガスが漏出した場合におけるガスの挙動等について検討する。

(1) 谷口鑑定は、土壌のガス導管への密着度が良好であるか否かについては、基準がないので判定は困難であるが、粒度分布から推定すれば、粘土、シルト、土砂、レキと広範囲にわたる粒子が供給管の周囲を均等に取り囲んでいたと考えられるとしている。また、本件第一ビル前歩道下に右各供給管が埋設されたのは、昭和三九年の同ビル建築当時であり、本件に至るまでに約一五年を経過している。

これらによれば、前記二3(一)、(二)の空隙部分を除き、同(三)の通気性を有する土壌が各供給管の周辺を均一に取り巻いていたものと推認するのが相当である。

(2) このような土中で供給管からガスが漏出した場合には、都市ガスは空気よりも軽いので、主として鉛直方向には空気と漏出したガスとの混合気体の浮力による対流により、水平方向には分子拡散により漏えい源を中心に上方向に三次元的に広がっていくこと(鉛直方向の浮力による拡散速度のほうが水平方向に対する分子拡散の速度よりも速い)、地中のガス濃度は、漏えい源から距離が遠ざかるにつれて減少すること、ただし、地表面に舗装が施されていると、その継目、クラック等の影響により漏えい源からの距離に応じて一様に濃度が減衰することはなくなることが認められる。

(3) 本件第一ビル前歩道は、一辺三〇センチメートルの正方形のコンクリート舗石が敷き詰められていたが、セメント等で目地止めはされていなかった。

また、右歩道下に埋設されたガス導管の深度は、その下に地下道が設けられていることから、本管が歩道面から四四センチメートルないし七六センチメートル、各供給管も、第一ビル地階への立ち下げ部分を除き、概ね三〇センチメートルないし四五センチメートルの深さに埋設されており(埋設管検証)、ほぼ第一ビル地階天井空間と同じ高さとなっていた。

そうすると、地中の漏えい箇所から漏出したガスは、上方を中心に三次元的に拡散し、空気と混合しながら広がって行き、右舗石により上昇を妨げられ、一旦は横方向に拡散するが、舗石間の目地部分から上昇し空気中に拡散すると考えられ、フロントラインに達しても、コンクリートスラブにより上方への拡散は阻止されるが、なお水平方向には拡散を続けるという挙動を示すものと考えられる。したがって、仮に第一ビル地階外壁に達する場合でも、相当程度稀釈されているものと解され、この傾向は、亀裂等の漏えい箇所がフロントラインから遠ざかるほど顕著になるものと推測される。

(4) 埋設管検証の結果によれば、別紙図面2の③及び⑤の各供給管は、右検証当時、フロントラインからいずれも四七センチメートル程度までの部分が存在していたことが認められ、そうすると、右各供給管に存した亀裂ないし穴は、前記二3(一)(二)の空隙部分に直接開口していたものではないことが推認され、その他、右各供給管付近の土壌の状態は、前記(1)のとおりであるから(他に右各供給管の周囲に空隙があったことを認めるに足りる証拠はない。)、右亀裂ないし穴から漏出したガスの挙動については、右(3)に検討したところが当てはまる。

(5) 他方、同図④の供給管(「ダイアナ靴店」前・内径三二ミリメートル)は、本管から分岐した部分から、フロントラインに近接した立ち下げ部分まで、そのほぼ全体が現存しなかったから、前記気密試験において発見された同供給管に存した亀裂ないし穴の少なくとも一つが、フロントラインに近い箇所に存した可能性は否定できず、その場合には、漏出したガスは前記のように上方に三次元的に拡散するが、舗装されている場合と同様に第一ビルのフロントラインに捕捉され、第一ビル地階外壁方向にもある程度の濃度(ただし、漏出ガス量如何による)をもって拡散し、外壁(「ダイアナ靴店」下・「ちゃっきり鮨」天井付近)に達したと解する余地がある。

(6) ただし、右(5)の場合であっても、腐食による亀裂ないし穴の存在する場所、大きさ及びこれからの漏えい量については全く不明であり(《証拠省略》の新聞報道では、幅四ないし五ミリメートル、長さ一〇ないし一三ミリメートルであったとされ、同号の三によれば、幅四ないし六ミリメートル、長さ一ないし三センチメートルとされているが、仮にその亀裂ないし穴がフロントラインに直近の接手部分に存したとしても、《証拠省略》によれば、過去に起きた実際の接手漏れにおける漏出量の測定値が二〇リットル毎時ないし五〇リットル毎時であったことが窺われ、これらの事情に鑑みると、右亀裂等からの漏出量も右数値と著しく異なるものではないと考えられる。)、これが一定時間後にいかなる濃度で第一ビル地階外壁に到達するか、また、右外壁の亀裂等からどの程度ビル内に流れ込むことになるのか、加えて、右ビル内への流入量が爆発限界に達するに十分なものであるか否かは全く不明である。

(7) なお、原告らは、地階天井裏で都市ガスが爆発するための必要ガス量を求め、そのガス量が流れるための架空の管径を中野康英が計算して求め、これが本件現場に適合し、爆発限界内のガス濃度のガスの伝播を説明することができるかのような主張をしているが、その計算の根拠としているハーゲン・ポアズユの法則は、断面積一定の直管内を層流で流れる流体の速度と圧力降下の関係を表した式であり、粒体間の空隙がこれに該当しないことはもちろん、漏えいしたガスが土中で拡散し、果たして天井裏まで侵入できるかという問題に対し、「天井裏における必要ガス量」と「腐食孔と天井裏を結ぶ全く漏れのないパイプ」を仮定して、最終的に「パイプの径」で検証しようとする手法は、前記認定の本件現場の状況と異なる状況を前提としているばかりでなく、前記ガスの挙動を無視したものであって、到底採用することはできない。

(二) 以上検討したところによれば、前記二2(二)の供給管に発見された亀裂ないし穴のうち、本件第一次爆発の発生に有力に作用する可能性があるのは、別紙図面2の③ないし⑤の供給管に存したものに限られるが、そのうち、同③及び⑤の供給管の亀裂等からの第一ビル内へのガスの伝播の可能性については、その場合の伝播経路について右(一)(3)の点を考慮すると否定的に解さざるを得ず、また、同④の供給管の亀裂ないし穴からのガスの伝播の可能性は否定することはできないが、反面、これにより本件第一次爆発に至る経過を説明するには、依然不明な部分が多く、他の爆発物質の可能性が否定されて、初めて原因物質であることを推認するに足りる事情となるものと解される。

四  ところで、第一ビル関係者が昭和五二年から本件事故前までの間、第一ビルの各所で都市ガス臭を感知していたとする主張(請求原因第三の三、1(一)(2))に係る事実は、これを認めるに足りる証拠はない。

また、第一ビル地階へのガス流入の機序として、同階がダクトによる排気ないし煙突効果による減圧状態にあったとする主張(同1(二)(3))については、中野証言中にこれに沿う部分がある。しかし、同証人は、このような状態は日中の空調機の運転を前提としたものであり、他方、そのような空気の流れがある場合には、それにより都市ガスの地階天井の大梁内への滞留はしにくくなることを認めている上、都市ガスの滞留の可能性については、主として空調機等の運転が停止された夜間が想定されるとしながら、その場合には、右のような気圧差はないというのであって、これをもって原告らの主張する第一ビル地階への都市ガスの流入の機序を合理的に説明する根拠とすることはできない。

五  前記二の各事実により原告ら主張の因果関係を推認することの可否

以上に検討したところによれば、前記二において認定することができる原告らの主張に沿う事実のみでは、本件第一次爆発が第一ビル前歩道下に埋設された供給管の腐食孔から漏えいした都市ガスに起因するものであることを推認するには足りないというべきである。

六  原告らの主張と矛盾する事実

むしろ、原告らの主張とは矛盾する次の1ないし3の各事実も認められる。

1  第一次爆発直後の現場の破壊状況

(一) 争いのない事実

前記第一の二1のとおり、第一次爆発により「ちゃっきり鮨」及び「機械室」の天井部分(天井と天井スラブの間)に敷設されていた都市ガス導管、水道管、ダクト等の施設が損壊し、ガス漏れ、水漏れ等の事態を招いたこと、「ちゃっきり鮨」の天井が落下するとともに、店内の備品などが店外(通路上)に押し出されたり、「喫茶セーヌ」、「大楽天」あるいは「柴田薬局」などのショーウィンドーのガラスが破損したり、「ダイアナ靴店」の表口のシャッターが破損したりなどしたこと、また、一階「レベッカ」の床スラブに亀裂が入ったが、破壊孔は生じなかったこと、右「レベッカ」は、地階「ちゃっきり鮨」の直上であることの各事実は当事者間に争いがない。

(二) 本件事故後の検証等の結果

本件爆発事故後、本件第一ビルの地下、特に右(一)の事実により、第一次爆発が発生した場所であると考えられた同ビル地階飲食店「キャット」、「ちゃっきり鮨」、「菊正」及び「機械室」周辺について、県警本部は、昭和五五年八月一七日から同月二八日までの間、静岡地方裁判所裁判官が発した被疑者不詳とする重過失失火被疑事件の検証許可状に基づいて検証を行った(以下「県警検証」という。)(乙五四の一ないし一一)。

また、静岡市消防本部も同年八月一六日から同月二四日までの間、出火原因等調査のため、第一ビルの実況見分を行った(以下「消防の実況見分」という。)(甲一〇ないし一四)。また、前述のとおり当裁判所も、昭和五六年(モ)第二二号証拠保全申立事件において、「地階等検証」を行った(同検証の結果)。

右掲記の各証拠によれば、次の事実が認められる。

(1) 飲食店「キャット」の状況

(a) 店内の状況

同店内の床は、表面にビニールタイルが貼られ、その下に鉄枠で区切られた厚さ五センチメートルのコンクリート床材(店舗通路側)又は上塗りコンクリート(店舗奥側)があり、その下に厚さ一三センチメートルの鉄筋コンクリートの床スラブがあった。

そして、右床には、上塗りコンクリートを排除しない状態で客席中央部に二箇所の穴が認められ、同部分の周囲が最高で三五センチメートルの高さに盛り上がっており、そこから四方にひび割れが走っていた。

また、「ちゃっきり鮨」との間のコンクリートブロック造り(鉄筋入り)の境壁は、L字型に設けられていたが、通路寄りの部分は倒壊し、その余の部分全体が「ちゃっきり鮨」側に三六度の角度で傾くなどしていた。

(b) 床下湧水槽の破壊状況

同店床下には別紙図面3のとおりイないしハの各湧水槽が設けられ、地階床スラブが壁面をなす地中梁に支えられて各槽の天井をなしていたものであるが、右(a)の客席中央部の床の穴の直下に該当するハ槽においては「大楽天」側(別紙図面1―1参照)を除いて地階床スラブが地中梁から剥離して浮き上がり、その高さは通路側部分において最高で二四センチメートルに達し、剥離部分の床スラブと地中梁との間には油粕様の薄茶色の固形物が挟まっていた。

ロ槽においても、ハ槽及びヘ槽側において床スラブが地中梁から剥離して浮き上がっており、最高で一四センチメートルに達していた。

イ槽には、右のような床スラブの地中梁からの剥離は認められなかった。

(2) 「ちゃっきり鮨」の状況

(a) 店内の状況

同店の前の通路部分は、同店正面の中央部を中心に最大三三センチメートル盛り上がり、その周囲の敷石ははがれてコンクリートが露出し、その付近には直径約五三センチメートルの穴(別紙図面4のA)が開いていて、地下湧水槽内の水が見える状態となっていた。

店内中央部のコンクリート床は、厚さ一三センチメートルの鉄筋コンクリートの上に、更に厚さ五センチメートルの上塗りのコンクリートがあり、その上に黄緑色のビニールタイルが張ってあったが、別紙図面4のとおり床面全体に亀裂がはしり、店舗中央付近は割れて盛り上り、その最高部は一・二メートルに及び、他方、「菊正」側及び「機械室」側の壁際の床面は陥没し、床下の湧水槽内が見える状態となっていた。特に「菊正」側の床は、壁に沿って直線的に破断していた。

鉄筋コンクリート床の割れた断面には、太さ九ミリメートル及び一三ミリメートルの鉄筋が露出していたが、腐食は見あたらなかった。

また、右床面の最大盛り上がり部分で入口側の床面には、黒色のガス検知器が落ちており、右県警検証に立ち会った静岡市中央消防署消防士和泉昭久は、盛り上り部分の穴を指示して、「このガス検知器で穴の中のガス検知をしていたら、二回目の爆発があった。」と説明した。

「機械室」との境壁(厚さ一五センチメートルのコンクリートブロック造)は、全体的に「ちゃっきり鮨」側に彎曲し(元の位置から最大六五センチメートル)、その壁の前に置かれていた冷蔵ショーケースが右境壁と店内中央側から「機械室」側に傾斜陥没する床との間に挟まれていた。

(b) 床下湧水槽の破壊状況

同店の床下には別紙図面3のヘないしチ(一部は通路の床下に及ぶ。)の各湧水槽が設けられていたが、チ槽では天井をなす地階床スラブのコンクリートが落下し、鉄筋が露出していたほか、「キャット」床下の湧水槽に見られたように、ト槽側及び通路側において地中梁から地階床スラブが剥離して浮き上がる現象が見られ、最高で二七センチメートルに達していた。

また、ト槽においても、チ槽側、ハ槽側及びヘ槽側で地中梁から地階床スラブが剥離して浮き上がっており、とりわけヘ槽側では剥離部分にすし桶二個が挟まっていた(後記八2(二)3(b)のとおり、同湧水槽にはすし桶やポリバケツ等が落下していた。)。

ヘ槽(一部は「機械室」床下に及ぶ。)では、ト槽側及びホ槽側において地中梁から地階床スラブが剥離していた。

(3) 飲食店「菊正」の状況

同店については、床に損傷等の所見はなく、また、地下湧水槽(別紙図面3リないしル槽)にも特段の破壊は見あたらないが、天井は落下しており、一階床スラブと天井梁の一部に剥離、亀裂等が認められた。

(4) 「機械室」の状況

(a) 「機械室」内のコンクリート床は、厚さ一三センチメートルの鉄筋コンクリートの上に、更に厚さ五センチメートルの上塗りのコンクリートが張られており、中央部に空調機用の厚さ二〇センチメートルの長方形のコンクリート基礎が置かれていた。床面は、別紙図面4のJ及びLの箇所が陥没して鉄筋が露出し、床下の湧水槽が見える状態となっており、同Lの外壁寄りの部分では床スラブが「ちゃっきり鮨」側に最大二四センチメートルずれていた。また、右コンクリート基礎も、「機械室」内の東西の二本の柱を結んだ線よりも幾分傾いており、別紙図面4のMの箇所が割れていた。

(b) 「機械室」には、コンクリート基礎の上に二台の冷暖房機が設置され(金具等による固定なし)、これらとキャンバス継ぎで接続する形で一台の空気清浄機が設置されており、空気清浄機には、一階から空気を取り入れるダクト(後記ダクトC)が接続しており、右二台の冷暖房機にろ過した空気を送る仕組みになっていたが、空気清浄機は支柱が折れ曲がり、筐体も菱形に変形しており、二台の冷暖房機も、これを支える下側のフレームが折れ曲がり、一台が一一度、他の一台が四〇度、空気清浄機側に傾いていた。

「機械室」には、天井部に右各空調機と接続するサプライ・チャンバー(幅一四二センチメートル、長さ四五〇センチメートル、厚さ七三センチメートル)及びこれを経て分岐する冷暖房用のダクト二本(地階用A、一階用B)と、一階床スラブに開けられた開口部を通じて立ち下がる外気取入用ダクト一本(C)の三系統のダクトが設けられており、地階冷暖房用のダクトAは、「機械室」から「ちゃっきり鮨」側の壁上部の穴を通って各店舗内の天井裏に通じており、また、一階冷暖房用のダクトBは、「機械室」入口寄りの柱脇から一階床スラブを貫通して上方へ立ち上がっていたが、いずれも破損しており、とりわけ、サプライ・チャンバーは全体的に破損が認められ、上側部分は縦の中央部分が鉄枠ごとへこんでおり、ダクトの上の梁の幅とへこみの幅がほぼ一致し、サプライ・チャンバーの上には完全に破断する状態で折損した内径三二ミリメートルのガス導管(前記第二の一)、コンクリート片、木片が乗っていて、同ガス導管が当たった部分の痕跡がダクト及び梁の両方に認められた。

また、前記第二の一の破断した内径五〇ミリメートルのガス導管は、防露材が巻かれた水道管と併行していたが、へこんだダクトと梁の間に挟まれており、水道管は当該箇所で破断していた(ガス導管の破損状況については後記第四参照)。

(c) 床下湧水槽の破壊状況

「機械室」床下には、前記ヘ槽の他、別紙図面3のホの湧水槽が設けられているが、同湧水槽でも、地中梁から地階床スラブが全体的に剥離して浮き上がっており、最高一五センチメートルに達していた。

(三) 第二次爆発の影響の検討

右検証等は、第二次爆発による爆風及び火災の鎮火後に行われたものであるため、第二次爆発の影響を受けていることが考えられるので、この点を検討する。

(1) 影響を受けていると考えられる部分

「菊正」店員山崎れちは、本件第一次爆発当時、「菊正」店内におり、「出勤して店のシャッターを開け、店内の湯沸かし器に種火をつけようとマッチを擦った時又は点火しようとした瞬間、ドンという音がした。どの方向でした音かはよくわからなかった。ガスの元栓を締めて外に出ようとしたが、店内の電気はついていたと思うし、厨房の棚にあったものは落下していない。また、ガラスなども割れたものはない。」旨述べている。これによれば、第一次爆発による「菊正」の損傷はほとんどないか、極めて軽微であったことが窺われ、前記(二)(3)の天井部の損傷は、第二次爆発によるものであると考えられる。

また、第一次爆発直後に第一ビル前地下道で取材活動をしていた新聞記者が撮影した写真によれば、その時点では、前記「ちゃっきり鮨」と「キャット」との間のコンクリートブロック造の境壁は現存していたことが認められる。

(2) 影響を受けていないことが明らかな部分

他方、前記「ちゃっきり鮨」の店内中央部の盛り上がった部分及び開口部については、県警検証において消防署員和泉昭久が、盛り上り部分の穴を指示して、「このガス検知器で穴の中のガス検知をしていたら、二回目の爆発があった。」と説明している上、本件事故後消防当局において作成したものであると認められる「第一出動隊の現場到着から第二次爆発までの活動状況」と題する書面(甲八)にも、出動した消防隊員が「ちゃっきり鮨」店内で瓦礫排除中に床に穴が開いているのを発見し、この穴の中のガス濃度を検知中に第二次爆発に遭遇した旨の記載がある。

また、《証拠省略》によれば、第二次爆発が起きる前の時点で、「ちゃっきり鮨」前の地下通路が若干盛り上がっているのが認められる。

これらによれば、少なくとも「ちゃっきり鮨」店舗中央部の床の最大盛り上がり部分の穴及び店舗前面の盛り上がり部分は、第一次爆発により形成されたことが認められる。

2  右第一次爆発直後の破壊状況から推認される爆発地点

(一) 「ちゃっきり鮨」床スラブの盛り上がりの形状からの推認

以上のうち、第一次爆発後、第二次爆発発生前に存在が確認された右「ちゃっきり鮨」店舗中央部の床の最大盛り上がり部分の穴及び店舗前面の盛り上がり部分は、その形状において下方からの強力な力の作用を窺わせるものである。

(二) コンクリートスラブの強度の一般的性質からの推認

(1) 《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(a) 床スラブは、これを直交する二方向の梁の集合と仮定する(いわゆる「交差梁理論」)と、それに載荷される荷重のほとんど全部は短辺方向の「梁」に作用することが知られているから、二つの床スラブの間で、短辺方向の長さが等しく、配筋も同じであれば、それらの床スラブは等しい耐力を有することになるが、第一次爆発で破壊した「ちゃっきり鮨」の床スラブと一階部分の床スラブとは、スラブ厚・配筋が全く同一である上、該当部分の床伏〔建物の床組を示した平面図〕では、床スラブを支持する梁の間隔が一階と地階はほとんど同じであり、スラブ短辺方向のスパン〔構造物を支持する支点間の距離〕は変わらないため、地階と一階の床スラブに上方でも下方でも同一方向から荷重が作用した場合には、これに対する耐力も同じであり、地階と一階の床スラブには同じような破壊が生ずる(なお、地階床スラブには、一階床スラブにはないマンホール等の穴があけられているが、施工技術上、そのような開口部が設けられても補強鉄筋の挿入等により同一の強度を確保されていることが認められる。)。

(b) 鉄筋コンクリート床スラブの強度(大きな変形を生ずることなく荷重に耐えることのできる能力=降伏強度〔降伏点強度〕という)は、上方からの力が加わる場合の方が下方から力が加わる場合の約四倍大きい。右強度に達するはるか以前に載荷対面には微細クラックが発生し、圧力が降伏強度に達した後、その圧力が持続し、あるいは増大すれば、スラブの変形は増大し、ついには破断するが、スラブの抵抗力は最後まで上方から圧力を受けた場合の方が下方から圧力を受けた場合に比して四倍程度大きい(一般にコンクリートは、圧縮力には強いが、引張力には弱い性質を有し、引張強度は、圧縮強度の一〇分の一以下とされているところ、鉄筋コンクリートとは、引張力に弱いコンクリートを引張力に強い鉄筋で補強したものである。コンクリートスラブの場合、上方からの荷重を受けると、下側は引張力を受け、上側は圧縮力を受けることになり、下側がコンクリートの引張強度に達すると同時に、中央部の引張側に亀裂が生じるところ、亀裂部分の引張力を鉄筋が負担するようにしてやれば、破断を防ぐことができる。そこで、引張力が働く、荷重を受ける反対側であるスラブの下側に鉄筋を配するいわゆる下端筋によるのが通常の施工法であり、上方からの荷重に対しては、コンクリートに亀裂を生じる負荷に及んでも鉄筋が有効に働き、十分な耐力を有するが、下方からの荷重に対しては、この場合に引張力を負担するスラブ上側には鉄筋がないため、コンクリートに亀裂を生じると直ちに耐力を失って破断してしまうこととなる。すなわち、上方と下方からの力(荷重)による耐力の違いは、鉄筋がスラブの下側に入れられた、いわゆる下端筋の工法に由来するものである。)。

(2) 以上認定したところによると、仮に地階天井裏で爆発があったとすれば、一階部分の床スラブは下方から力をうけ、その強度(耐力)は上方からの力に対する場合の四分の一であるから、大きな破壊があってもよいはずであるにもかかわらず、クラックが入った程度で破壊孔は一つも生じておらず(前記1(一))、他方、「ちゃっきり鮨」の床スラブは地階天井裏での爆発による上方からの力に対しては、その強度(耐力)が下方からの場合の四倍程度もあるので、小さい破損であってもよいはずであるにもかかわらず、前示のとおり、大きな破壊孔が生じている。すなわち、地階天井裏で爆発が起きたとするのでは、右の「ちゃっきり鮨」の床スラブと一階部分の床スラブの各破壊の客観的な状況を説明することは不可能である。

これに対し、地下湧水槽内での爆発があったとすれば、右の「ちゃっきり鮨」と一階部分の床スラブの各破壊の客観的状況を説明することが可能である。すなわち、「ちゃっきり鮨」の床スラブは下方から力をうけることになり、その場合の強度(耐力)は上方からの力(耐力)に対するより小さいので、「ちゃっきり鮨」の床スラブには大きな破壊孔が生じ、他方、この直上の一階部分の床スラブ(一階「レベッカ」店舗)も同様に下方からの力を受けるが、爆発地点から遠い位置にあったため、クラックが入った程度で破壊孔は一つも生じなかったことの説明が合理的につく。

(3) 同様に、前記1(三)(1)のように第一次爆発の直後には、「菊正」と「ちゃっきり鮨」との境壁も、「ちゃっきり鮨」と「キャット」との間の境壁も存在していたところ、もし、原告ら主張のように、「ちゃっきり鮨」天井裏で爆発し、その圧力で地階床スラブが大破したとすれば、その前に、確実に、「菊正」と「ちゃっきり鮨」との間の境壁を破壊していたものと推認できるが、第一次爆発後においても、「ちゃっきり鮨」と「菊正」との間の境壁が、ほぼ異常なく存在しているのみならず、「ちゃっきり鮨」と「キャット」との間の境壁も、破壊されず存在しているということは、第一次爆発が地階天井裏(「ちゃっきり鮨」の天井裏)で発生したものでないことを裏付けていると見ることができる。

(三) 竹田鑑定の結果

さらに、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 鑑定事項及び鑑定結果

同鑑定人の鑑定事項は、本件第一ビル地階の床スラブのうち、破壊し変形している部分の破断面の現状から人為的になされたものとそうでないものとの区分及びそれらの破壊形状が爆発によるものであるか否か、もし、爆発によるものとすれば爆発が同床スラブの下方で起こったものであるか否かについてである。

同鑑定人は、昭和五六年二月一八日及び同年三月九日の二回にわたり、本件第一ビル地階床スラブの調査を行い、要旨次のとおり鑑定結果を報告した。

① 地階床スラブの変形及び破壊の大部分は床スラブ下方における爆発によって発生したと推定される。

② なお、その一部は床スラブ上方でも小爆発も受けた可能性が考えられる。

③ また、「キャット」及び「ちゃっきり鮨」の床スラブの床スラブ下方の爆発によると推定される変形、破壊の発生には時間差があった可能性も認められる。

(2) 個々の破壊孔についての鑑定理由

(a) 「キャット」の床面の破壊孔(鑑定書ハ孔―2、以下、孔の位置については別紙図面5及び同3参照)。

① 鑑定結果

床スラブ下方の爆発により発生したと考えられる。

② 理由

床スラブが上方に屈曲し、床スラブ周辺が地中梁上面から浮き上がっている。さらに「キャット」床スラブ上面には微細クラックが認められたが、下側〔地下湧水槽内側〕には認められなかった。

(b) 「ちゃっきり鮨」の床面中央部の破壊孔(鑑定書ト孔―1)

① 鑑定結果

床スラブ下方の爆発により発生したと考えられる。

② 鑑定理由

「ちゃっきり鮨」床スラブの四つの割れ目付近を検すると、その上側(店内側)から微細クラックが認められたが、その裏面〔地下湧水槽内側〕には認められず、この床スラブは上面に凸状の屈曲を受けたことを示している。

また、床スラブの西(「菊正」)側破断面の状況からこの部分が高速剪断を受けたと考えられる。

地中梁上面との間には浮き上がりが見られ、コンクリート塊が挟まっている

右および店内中央部の破壊孔の状況から同床スラブの下方において爆発があったと考えられる。

(c)「機械室」床スラブの変形・破壊

① 鑑定結果

床スラブ下方の爆発により、床スラブが上方に飛び上がり落下したものと考えられる。なお、一部には、床スラブ上方での小爆発も受けた可能性も認められる。

② 鑑定理由

床スラブが在来の位置よりもずれており、端部等に落下の際の衝撃によると考えられる破壊がある。また、周囲の地中梁上面との間に浮き上りがみられる。

(3) 竹田証言及び意見書

右鑑定を行った竹田仁一は、第一次爆発が地下湧水槽内で発生したと考えられる理由として、第一に、高速剪断があること、第二に、微細クラックの分布、すなわち微細クラックが地階店舗の床表面にあってその裏面にこれがなかったこと、第三に、床スラブの浮き上がりがあり、地中梁との間にコンクリート片や鉄片が挟まっていること等を挙げて、(2)の鑑定理由を補充している。すなわち

(a) 微細クラックについて

微細クラックの生ずるメカニズムは、次のとおりである。一般にコンクリートは圧縮には強いが引っ張りには甚だ弱く、その長さの一〇〇〇〇分の一伸ばされただけで割れ目(クラック)が発生する。そして、一旦発生したクラックは特別な場合(例えば水中などで稀に)以外には修復される機会はない。コンクリート板に垂直に力を加えてこれを曲げた場合、荷重を加えられた反対の側は伸び、荷重を受ける側は縮まる力が働くが、引っ張られる側は、例えば、長さが一メートルのコンクリート板を想定すると、中央部のたわみが〇・一七ミリメートルから〇・三四ミリメートル程度でこのような割れ目が入る。したがって、微細クラックを調査することにより、かつてコンクリートのその面に引張り応力(曲げられた場合にも伸びた片側には引張り応力が発生する)が作用したことがあるかどうかを明確に知ることができる。

このような微細なクラックは容易に目に見えないので、これを見えやすくするために、非常に浸透性がよく、かつ蒸発しやすい四塩化炭素の液体を表面に塗ることにより、クラックに浸み込んだ部分を黒く浮き立たせて発見する。今日、破壊事故の調査では、微細クラックの調査はきわめて重要な項目であり、航空機事故ではそのための特別な調査剤が作られている。ただし、コンクリートについてはそのような薬剤がないので、浸透性のよい四塩化炭素を使って調査した。

(b) 高速剪断について

前記1(二)(2)(a)の「ちゃっきり鮨」の西側〔「菊正」側〕の床が壁に沿って直線的に破断していた点については、コンクリート剪断面が非常にきれいであり、また、同箇所の鉄筋の切断面がコンクリートの切断面よりも中に引っ込んでいて、このような切断面は人工的に作り出すことができないということと合わせて、「ちゃっきり鮨」と「菊正」との境界にあるブロック造の境壁が鋏の刃に相当するものとなり、同店床下の湧水槽内の爆発という通常では考えられないような現象により、境壁際の床スラブが高速に剪断されたものと考えられる。

また、地下湧水槽内で爆発があった場合には、「ちゃっきり鮨」と「菊正」との間にあるブロック造の境壁が、ちょうど刃の働きをして(当該ブロック壁は床面から一階床下まで連続して積み上げられているものであり、耐圧縮力があり、また、コンクリート性であって質量が大きいので、慣性抵抗も大きく、「刃」の役割を十分に果たしうるものである。)高速剪断が起こることが説明できるが、他方、地階天井裏〔地下湧水槽外〕での爆発の場合には、高速剪断の刃に相当するものがない(ブロック壁は引張力に対してはほとんど無力であり、この場合に爆発圧力で押し下げられる床スラブを支える能力は有していない。)から、ブロック造の境壁と床スラブとの接続部分で割れ、同境壁が床スラブの破断に引きずられて倒れるにとどまると考えられる。

(c) 床スラブと地中梁の間に浮き上がりが見られ鉄片等が挟まっていることについて

地階等検証時に床スラブの下側が地中梁から浮き上がっているのが別紙図面3のロ、ハ、ホ、ヘ、ト、チの各槽にみられ、これによる隙間に厚さ約一二センチメートルのコンクリート片(ヘ槽)、鉄板(ホ槽)、鉄製アングル(ホ槽)などが挟まっているのが認められた。

これは床スラブが下方からの爆発で浮き上ったことを証明するものである。

(4) 竹田鑑定に対する原告らの批判とその検討

(a) 前提について

① 原告松島は、右高速剪断の箇所及び床スラブの浮き上がった箇所は人工的に作り出されたもの(特に、警察が検証の際に改竄した)であるとの趣旨の供述をし、また、証人中野康英は、床スラブと地中梁の間にコンクリート片や鉄片が挟まったのも、事故後、人工的に差し込まれた疑いがある旨指摘している。

② 確かに、乙五四号証の八によれば、警察は、湧水槽内の検証をするに当たり、各湧水槽内の水を抜き、マンホール又は破損開口部分を機動隊員をしてより広く開口したことが認められ、前記地階等検証は、このような捜査活動の結果、本件事故直後の状態から改変された後に行われたことは明らかである。

③ しかしながら、捜査の必要上(捜査員の進入及び破壊の著しいスラブの落下防止等の安全確保のためと推認される)、一定限度での現場の改変は、その改変前の状況が記録されている限りにおいてはやむを得ないものと認められ、裁判所の発する検証許可状も刑事訴訟法上これを予定しているものであって、異とするには足りず、本件では乙五四号証の一ないし一一を見れば、爆発直後の現場の様子から、逐次瓦礫等を除去し、捜査上問題となる箇所を明らかにしていく過程が、添付写真、図面、現場状況の記録、立会人の指示説明等により明瞭に見て取れるのであり、その過程に疑義を入れる余地はない。

④ また、本件事故による破損開口部と捜査活動後の開口部とは、各検証の図面を照合することにより識別できる上、竹田鑑定においても、人工的な破壊孔との識別が行われているところである。これに対し、原告らは具体的な根拠をもって人為的な現場改変の疑いを根拠づけているわけではない。

⑤ なお進んで判断するに、高速剪断があったとされる箇所は、乙五四号証の三によれば床上に散乱した瓦礫の類が完全に除去されていない段階の写真においても、その直線的な破断の箇所が確認できるのであり、これが右床面及び湧水槽内の検証に先立って存在したことは明らかであり、前記のように地階床スラブの破壊孔について、それが人為的なものか否かを第一の鑑定事項として行われた竹田鑑定においても、当該部分については、前記のとおり、直線的な破断面で一見するとカッター等により人為的に切断されたものと見る余地もあるものの、コンクリートの破断面よりも鉄筋の破断面が奥に下がっていることから、人為的な破壊とは考えられないと結論付けているのである。

⑥ さらに、地階床スラブの地中梁からの浮き上がりについても、竹田鑑定及び竹田証言において触れられている現象は、前記1(二)のとおり、県警検証の時点において既に確認されているものであり(しかも、その当時は、浮き上がった隙間に油粕様の凝固物など、当該湧水槽内に存在したと考えられるものも挟まっていた。)、右現場が地上五階(一部六階)建ての鉄筋コンクリートの建造物の地階であって、地上部分が現存していて大型工作機の搬入が困難な状況にあった上、警察による検証の当時は、湧水槽内には汚泥が堆積し落下物等も散乱していたのであるから、このような状態で、相当の重量があり、しかも相当の面積で連続している鉄筋コンクリート床スラブを、どのようにして地中梁から人為的に浮き上がらせ、しかも、その状態に固定し、右のようなものを挟み込むということが可能なのか、合理的な説明をすることは困難であり、原告らの右疑念は採用するに足りない。

⑦ 以上のとおり、①において原告らの指摘する諸点は、竹田鑑定及び竹田証言の前提をなんら揺るがせるものではない。

(b) 鑑定の内容及び方法等について

原告らは、竹田鑑定で用いられている「微細クラック」及び「高速剪断」の概念につき、鑑定人が学会で一般化していない独自の概念を用いて鑑定を糊塗しているかのごとく指摘するけれども(甲一一三)、右各概念の一般性はさておき、同鑑定人による各概念の説明は、通常人の科学知識をもって比較的容易に得心のいくものであって、右指摘は当たらない。

鑑定の際に用いた手法についても、前記(3)のそれは、十分に合理性を有するものと認められる。

(5) 以上によれば、竹田鑑定及び同証言は、その鑑定手法及び判断方法もその専門的識見に基づく合理的なものであると認められ、その信用性は高いというべきである。

(四) 第一次爆発の発生地点のまとめ

以上によれば、第一次爆発は、第一ビル地下湧水槽内において発生したものと認めることができる。

(五) 原告らの反論に対する検討

(1) これに対し、原告らは、第一次爆発後の「ちゃっきり鮨」、「キャット」のダクト等の破壊状況(特に「キャット」では大梁内に相当する排煙ダクトが破壊されている。)は、漏えいした都市ガスの滞留域と一致しており、同所が爆源であるからこそ、その近辺にあったものが破壊されたとか、第一次爆発直後、地下通路の蛍光灯が「ちゃっきり鮨」の前のみ破壊されて点灯していなかったが、その他はいずれも異常なく点灯していることなどを根拠に、これらの破壊は地階湧水槽からの爆発では説明できない旨、中野証言に依拠して主張している。しかし、ダクトや蛍光灯(管)等は、前記鉄筋コンクリート製の床スラブ(仮にそれが下側からの荷重に対する耐力を前提とする場合でも)に比較してその強度は著しく弱いものと考えられるから、このような強度の弱いものの破壊状況をもって、遥かに強度の強いと考えられる床スラブの破壊状況に基づく推認をなんら妨げるものとはいえない。

(2) また、原告らは、中野証言、甲一一三号証などにおいて、第一次爆発が「ちゃっきり鮨」天井付近で起きたとしても、同店床スラブが爆発の圧力により押されたことにより、床スラブが地中梁を梃子の支点としてシーソー運動を起こし、そのことにより同店入口の床スラブや「キャット」床面に盛り上がりが生じたことを説明することが可能である旨主張する。しかしながら、同主張は、前記(二)、(三)に認定した諸事実と相容れないばかりか、それによっても、原告らの見解では上から圧力を受けることになる「ちゃっきり鮨」店内中央部に床スラブの盛り上がりが存在することを説明することができない。そのために、原告らは、同部分の盛り上がりは第一次爆発でできたものではないとするのであるが(甲一一三)、同盛り上がり部分に開口する破壊孔が第一次爆発直後に存在したことは前記1(二)(2)(a)のとおりであり、また、甲一〇号証によれば、第二次爆発も地階においては天井部分で発生したことが認められるから、右原告らの主張のような機序で右各盛り上がり部分が形成されたとすることは説明不可能であり、採用の限りではない。

その他、前記認定を覆すに足りる証拠はない。

3  地下湧水槽内における都市ガスによる爆発の可能性

(一) 《証拠省略》によれば、地階床スラブ下の湧水槽内に都市ガス供給管は一切配管されていないこと、前記第一ビルに対して都市ガスを供給する一三本の都市ガス供給管の埋設されている高さは、おおむね地階天井付近であるが、湧水槽の天井(すなわち地下床スラブ)はこれよりも三メートル以上下方にあり、しかも、数十センチメートル直下からは地階床スラブまで地下道空間ないしは地階店舗空間が介在していることが認められる。

これに前記のとおり、都市ガスが空気よりも軽いこと及び前記三2(一)(2)の地中で漏えいしたガスの挙動を併せ考えると、仮に前記二2、三で認定した埋設された供給管の亀裂等から都市ガスが漏れ出していたとしても、これが湧水槽内に伝播し滞留したとは到底考え難い。

(二) なお、昭和五五年一〇月一七日、静岡県警は、科学捜査研究所を中心とし、警察庁捜査一課、同庁科学警察研究所も立会いのうえ、本件第一ビル前の歩道下の土中における都市ガスの漏出、拡散状況についての実験を行った。これは、前記のとおり本件事故後に静岡県警において、第一ビル前歩道下の本管から分岐し、同ビル地階天井裏に抜けるまでの地中埋設区間の供給管を気密試験したところ、その内の三本の供給管に腐食、ガス漏れの疑いが生じたため、これが第一次爆発の原因となり得るかの調査をしたものと窺われ、第一ビル前歩道下の土中六〇センチメートル及び九〇センチメートルの深さに二本のガス導管を埋設して、本件事故当時と同程度まで輾圧した上、被告会社の供給する都市ガスとほぼ同じ比重の不燃性ガスを注入して、地下湧水槽、地階天井部、一階天井部、歩道上等計三二箇所に設置されたガス感知器によりガスを測定するという方法で行われたが、被告会社の通常のガス供給圧と同じ圧力(一六〇ミリメートル水柱)では感知器に反応せず、ガス圧を約二倍(二五〇~三〇〇ミリメートル水柱)に上げたところ、歩道上で約〇・一パーセントが検出されたが、地下湧水槽はもとより、地階や一階の建物内でもガスは検出されなかった。

右実験につき、原告らは、地階の外壁の亀裂や配管の管通用の穴の埋め戻されていない周囲部分にすべてコーキングを施して行った実験であり、もとよりガスが漏出してくるはずがないなどと主張する。しかし、そのうちの地階天井部において第一次爆発が発生したことを前提とする部分は、既に判示したとおりその可能性はないのであるから採用の限りではない。また、コーキングの点についても、「菊正」の天井裏部分については、第一次爆発当時の状況に復するため、第二次爆発によると見られる天井部分の破損(天井スラブの梁からの浮き上がり)の影響を除去することに眼目があったとも見られ、湧水槽までガスが浸透するルートがあるか否かを探る上では、地階店舗部壁面にコーキングすることは、むしろ必要的であったとも推測できるのであり、右のコーキングをしたことをもって実験方法が不当であると即断することはできず、原告らの非難は当たらない。

七  六で検討したとおり、本件第一次爆発の発生地点は、第一ビル地階床スラブの湧水槽内であると認められるところ、仮に、第一ビル前歩道下に埋設されていた都市ガスの供給管に腐食孔があり、そこから都市ガスが漏出していたとしても、それが地中又は地下道空間を伝播して湧水槽内に達することは想定しがたく、したがって、前記二で認定した各事実をもって原告ら主張の都市ガス漏えい爆発説(前記一1)の因果経過を推認することは不可能であり、第一次爆発の発生についての被告会社の不法行為責任は、その余の点を論ずるまでもなく成立しないことになる。しかしながら、第一次爆発の原因物質が何かを中心に争われた本件審理の経過及び仮に第二次爆発につき被告会社の責任が肯定された場合の、被告会社の抗弁事由との関係に鑑み、さらに進んで湧水槽内の爆発物質について検討する。

八  湧水槽内における爆発物質の検討

右のとおり、第一次爆発を惹起すべきいかなる物質が地下湧水槽内に存在したかが問題となるところ、以下の1ないし9に認められる事実によれば、本件爆発事故当時、第一ビル地下湧水槽内ではメタンガス等の可燃性ガスが発生・滞留して爆発限界に達しており、これに着火して第一次爆発が惹起されたものと推認される。

1  第一ビル地下湧水槽の構造の概要

(一) 本件第一ビル地階床スラブ下には、別紙図面3のとおり、湧水槽が設けられている(当事者間に争いがない)。

(二) 地下湧水槽は、コンクリート造建物壁の地下水による結露や湧水を防ぐため、建物躯体と地階外壁との間に設けられる二重壁と共に建物地下部分に区分され配列して施設される構造物であり、そのうち二重壁と近接した湧水槽が二重壁内に浸透した地下水を水抜き孔を通して受け入れ、これを隣接する湧水槽と若干の傾斜をつけて施設された連通管を利用して最終的に一か所に集めることによって排水する機能を有するものである(地階等検証、証人落合孝助の証言(以下「落合証言」という。)、乙八二、弁論の全趣旨)。原告らは、これに加えて豊富すぎる地下水によりビル周辺の土台基盤が軟弱化するのを防ぐという目的に供せられていることも主張するが、これに沿う原告松島供述及び証人樋浦康一郎の証言(以下「樋浦証言」という。)は、いずれも措信し難く、その他これを具体的に裏付ける証拠は存しない。

(三) 各湧水槽の深さ及び容積は、次のとおりである(地階等検証、甲一〇五の一、乙五四の八)。

湧水槽 深さセンチメートル(甲一〇五の一/検証結果) 容積・立方メートル(甲一〇五の一)

イ槽 一〇二/一〇二 二・七二

ロ槽 一〇五/一〇六 八・〇六

ハ槽 一〇三/一〇三 八・五一

ニ槽 九三/ 五・六九

ホ槽 一〇二/一一二 八・六八

ヘ槽 一〇八/一〇〇 一八・四二

ト槽 一〇〇/一〇一 二〇・一

チ槽 九三/九三 一四・六三

リ槽 一〇〇/ 一五・一三

ヌ槽 一〇四/ 一六・二〇

各湧水槽は、底部付近で直径約一〇〇ミリメートルの塩化ビニール製の連通管で、イ―ロ、ロ―ハ、ハ―ニ、ロ―ヘ、ホ―ヘ(二本)、ヘ―ト(二本)、ト―チ(二本)、ヘ―リ(二本)のように繋がっていた。また、ロ―ヘ間、ホ―ヘ間、ヘ―ト間及びリ―ヌ間には、底部から約六五センチメートルないし九〇センチメートルの位置に通気孔と呼ばれる直径約一〇〇ミリメートルないし一三〇ミリメートルの穴が開けられていた(乙五四の八及び一一、同六八の一、証人松田正和の証言(以下「松田証言」という。)、地階等検証)(別紙図面3参照)。

右連通管は、前記のとおり、若干の傾斜をもって各湧水槽間をつなぎ、湧水槽で受けた地下水に由来する浸透水を一箇所に集めるために設けられているものであり、本来は、右湧水は雑排水層(前記図面3地階「桃山」の店舗奥床下)に集められ、また、各店舗の雑排水も、それぞれ床下に湧水槽を貫通して設けられている雑排水管により、湧水槽に落ちることなく、雑排水槽に集められ、同所に設置されているポンプでこれを汲み上げて公共下水道に排水される仕組みになっていた(当事者間に争いはない。)。

2  県警検証時の状態(前記六1(二)に判示した破壊状況を除く)

(一) 槽内部の検証実施前の水深

前記六2(三)(4)(a)②のとおり、警察は、各湧水槽内の検証をするに当たり、各湧水槽内の水を抜いてから、内部に入っているところ、乙五四号証の二ないし七によれば、地階店舗の床に開いた開口部(破壊孔及びマンホール等)から床下の湧水槽を覗くことができ、その際に測定した水深及び湧水槽内の状況の記載がある。

(1) 「キャット」床下

ハ槽 水深一・一三メートル

ロ槽 水深の記載はないが、マンホールの縁まで水が貯まっており水面には乳白色で泡状のものが浮遊していた。

(2) 「ちゃっきり鮨」床下

チ槽 水深〇・九メートル

ト槽又はヘ槽 こげ茶色の水面が見え、水深は、一・一二メートル

(3) 右水深の測定方法は定かではないが、各湧水槽の深さは前記1(三)のとおりであるから、水深が明らかになっている右各湧水槽は、県警検証当時は、その天井に近い部分まで水のある状態であったということができる。

(二) 槽内部の検証の結果(乙五四の八)

(1) ヘドロの堆積

イ・ロ・ハ・ヘ・ト・チ・リ・ヌの各湧水槽の底には、黒色のヘドロが堆積し、ホ槽でも黒色の水が溜まっていた。それらの深さは、

イ槽 二一センチメートル

ロ槽 一八・五センチメートル

ハ槽 一五センチメートル

ホ槽 一七センチメートル(ただし、「黒色の水」と記載

ヘ槽 一八センチメートル

ト槽 一三センチメートル

チ槽 一〇センチメートル

リ槽及びヌ槽 「堆積している」との記載のみ

に達していて、これらの槽にあっては各湧水槽の底に施設された前記連通管(直径約一〇〇ミリメートル)は、ほぼ右ヘドロに没していた。

(2) 「キャット」床下湧水槽の状況

(a) ハ槽では、堆積しているヘドロ(表面は薄茶色)をかき回すと、黒色に変化し、泡が発生するのが確認された。同湧水槽のコンクリート壁面の通気孔付近から下半分は薄黒く変色し、その上半分は一面に薄茶色の付着物が付いており、これは手でこすると剥がれ、コンクリート素地が現れる状態であった。天井部にも同様に薄茶色で白カビ様のものが密生していた。同槽には「キャット」店内の入口の手洗いからの排水が塩化ビニール製管(以下「塩ビ管」ともいう。)で落ちる構造になっているほか、外壁側に水抜き管二本があった(マンホール穴は上塗りコンクリートにより埋没しており、使用されていなかった。)。

(b) ロ槽では、乳白色の泡様の固形物が一面に浮き、壁面は全体的に薄黒く変色し(ただし、通気孔付近の高さに帯状にひときわ濃い部分が認められる。)、且つ、壁面の地下床スラブから三〇センチメートル下側(槽底から約七〇センチメートル)までの部分及び地下床スラブそのものに白カビ様のものが付着し、槽内に鼻をつく悪臭がしていた。同槽には、マンホール一か所のほかに、外壁側に水抜き用の塩ビ管が二本設けられ、同店調理室床と通じる直径四〇ミリメートルの穴一か所(ただし、泥で閉塞)があった。また、同槽では、同調理室内の二槽流し台の排水を受ける直径四〇ミリメートルの塩ビ管一本、同流し台の排水を受ける直径四〇ミリメートルの塩ビ管一本が地階床スラブから突き出ており、さらに、ヘ槽側の通気孔の上に設けられた穴から直径八〇ミリメートルの塩ビ管が一メートル程度突き出しており、堆積するヘドロの中から、両端で直径四〇ミリメートルの管二本が分岐している八〇ミリメートル塩ビ管一本と、直径四〇ミリメートルのL字型塩ビ管二本が発見され、前記槽内に突き出している各塩ビ管と連結することができた。

(c) イ槽も、壁面は全体に薄茶色(壁の高さの半分ほどのところに帯状に、茶色が濃くなっている部分が認められる。)で、四本の水抜き管があり、天井部にはマンホールが設けられていた。

(3) 「ちゃっきり鮨」床下湧水槽の状況

(a) チ槽は、周囲の壁面及び天井部とも薄茶色であり(ただし、壁面中央部よりも下がややこげ茶色になっている。)、地階各店舗前地下道の側溝からの排水を落とすための直径一〇センチメートルの塩ビ管が二本開口していた。

(b) ト槽は、水面にコンクリート片、コンクリートの上塗りで塞がれていたマンホールの蓋などと共にすし桶、ポリバケツ等が落下しており、周囲の壁の上半分及び天井部が薄茶色、壁の下半分が薄黒くなっていた。同槽には、「ちゃっきり鮨」店舗入口床と通じる直径四〇ミリメートルの塩ビ管が垂れ下がっているほか、ヘ槽との通気孔には直径五〇ミリメートルの塩ビ管が挿通しており、ヘドロ内から直径八〇ミリメートル及び同五〇ミリメートルの塩ビ管(五片)が散らばっているのが発見された(なお、接続状況は不明である。)。

(c) ヘ槽には、コンクリート片、調理用品、ビール瓶等が落下していたが、同槽の壁面は、全体的に薄茶色であり、堆積していたヘドロに近い部分(写真によれば概ね下半分)は薄黒くなっており、天井部は薄茶色くなっていた。同槽の「機械室」床下部分に相当する天井には、「機械室」の空調機のドレーン用と思われる直径三センチメートルの鉄管の入った穴と、直径五〇ミリメートルの穴が開けられていた。また、「ちゃっきり鮨」及び「菊正」の各床下部分に相当する天井部分には、七つの穴があり、これらは、「菊正」調理場の流し台からの排水用のもの(C1、C3ないし5)、「菊正」床面のドストル付きの穴(C2)、「菊正」便所の排水用のもの(C6)及び「菊正」便所の手洗いの排水用のもの(C7)であり、右のうちC7の穴からは湧水槽内に二〇ミリメートル塩ビ管が突き出ており、その余の六個の穴については、湧水槽内にこれに対応する六本の塩ビ管(D1ないしD6)が認められ、「菊正」調理場床のドストル付きの穴(C2)と、これに対応する塩ビ管(D2)は位置がずれており、接続していないが、その余の五個(C1、C3ないし6)についてはいずれも対応する塩ビ管(D1及びD3ないし6。直径五〇ミリメートルないし一〇〇ミリメートル)と接続しており、これらは、水平方向の直径一〇〇ミリメートルの塩ビ管(D7)に合しているが、これは一方は「菊正」側槽壁に達しており(写真及び図面によればリ槽との通気孔の位置に相当するが、これに挿通しているかは記載上定かではない。)、他方は槽壁から八二センチメートルの長さの部分で途切れている(写真によれば、右終端部数センチメートルの部分は、他の管との接続を予定して若干管径が細くなっている部位であること、接合部及び辺縁部にも、管のそれ以外の部位と同様に一面に白カビ様のものが付着していることが認められ、これらからすれば、他の管との接続しない状態が相当程度継続していたものと推測される。)。

さらに、ト槽との通気孔には「ト」字型に分岐する直径五〇ミリメートルの塩ビ管が槽壁から四三センチメートル突き出ており、また、ロ槽側には二つの通気孔があるが、上寄りのものは直径八〇ミリメートルで、近くの槽底に八〇ミリメートル塩ビ管が転がっていることからすれば、前記(2)(b)のロ槽と同様、八〇ミリメートルの塩ビ管が挿通していたものと推認される。そのほか、槽内のヘドロ上には、直径二〇ミリメートル、八〇ミリメートル、一〇〇ミリメートルの塩ビ管が散らばっていたが、接続の復元はできなかった。

なお、ヘ槽天井部のマンホールは、上塗りコンクリートにより塞がれていたと認められる(乙五四の一一)。

(4) 「機械室」床下の湧水槽

「機械室」床下の湧水槽ホ槽は、槽壁の中央部より下側に枠板が残されているが、天井部とも全体的に薄茶色(ただし、他の槽と同様、概ね壁の高さの半分程度のところに濃淡の境が見られる。)で、ビルの外壁側の槽壁と地階床スラブとの接合部からは、地下水が槽内にしみ出している。

(5) 「菊正」床下の湧水槽

リ槽及びヌ槽は、いずれも槽壁の半分から上側が薄茶色で、下側が薄黒くなっており、リ槽にはヘ槽方向の通気孔部分から直径一〇〇ミリメートルの塩ビ管が途中屈曲して汚水槽方向に向かって設置されている。また、ヌ槽内にも、直径五〇ミリメートルの塩ビ管が通過していた。

3  消防による実況見分調書(甲一二)にも、「ピット内を通じた雑排水用パイプは店舗の模様替えや老化等により破損、直接ピット内への落ち込みが見られ、各ピットの底面に汚泥が堆積している」との記載や、「ピット底面には地下道側を除いた全体に汚泥とかなりの臭気が感じられ、汚泥は厚さが一〇センチメートル余りに達している」との記載がある。

4  原告らによる槽内清掃(乙五四の八、甲二五の冒頭のヘ槽を撮影した写真、落合証言、原告松島供述、地階等検証)

原告らは、昭和五五年九月上旬及び同月二九日ころの二回にわたり、株式会社静岡田園をして第一ビル地下湧水槽内の浚渫並びに高圧洗浄車(通常、水道の蛇口から出る水の水圧の一〇ないし一五倍に当たる一〇〇気圧ないし一五〇気圧の水圧)を使用しての洗浄等の清掃を行った(原告松島は、清掃は一回のみであると述べているが、証人落合孝助は、同業者であることから、静岡田園の新井なるものから第一ビル地下ピットを二回にわたり清掃した旨聞き及んでいると証言している。また、甲二五号証P1・6の上の二枚の写真によれば、同年九月二九日に静岡田園による清掃作業が行われていることは明らかであるところ、同頁上の二枚の写真及び地階等検証時の写真とを対比すれば、同一の槽壁を撮影したものではないにしても、同頁上の写真は左側が清掃前、右側が清掃後の状況を撮影したものと窺われる。これと乙五四号証の八の警察の検証時の同槽の写真とを対比すれば、九月二九日の清掃作業に先立ち槽底のヘドロが浚渫されていることは明らかであり、右落合証言が裏付けられる。)。

その結果、各湧水槽内から前記ヘドロや壁面の汚れないしカビ様のもの等は除去され、外観上は湧水槽壁面にまだら状の痕跡をとどめるのみとなったが、なお、イ、ロ、チの各湧水槽には脂肪分と思われる白い付着物が壁面中央部に帯状に認められた。

5  証拠保全の検証及び森田鑑定

昭和五六年二月一八日に実施された地階等検証において、裁判所が選任した鑑定人森田義郎は、湧水槽イ、ロ、ホ、ヘ、ト、チの槽内壁面あるいは槽内天井部分から、原告らによる高圧洗浄後にもかかわらず槽内に付着して残っていた有機物質と思われる付着物(検証調書には「異物」と記載。証人森田義郎の証言(以下「森田証言」という。)によれば比較的厚い層をなして付いていたという。)を試料として採取した。この際の試料には、油脂の塊状のものもあった。同鑑定人は、これについて有機物質を含有するか否かの鑑定を行い、右鑑定の結果(以下「森田鑑定」という。)及び森田証言によれば、元素分析法による分析の結果、これら試料から多量の有機物質の存在が確認された。ことにイ・ロ槽にあっては、窒素分の少ない脂肪質や不溶性のセルロース系のもののほか、澱粉系の有機高分子物質が、またヘ・ト・チ槽にあっては、窒素分の多い蛋白質系のものが検出された。前者の穀物や脂肪が主体の試料は「キャット」床下の湧水槽から採取され、後者の窒素分の多い試料はいずれも「ちゃっきり鮨」床下の湧水槽から採取されたものであり、検出された有機物質がそれぞれの飲食店の業務活動に由来していると推定される(地階等検証、森田鑑定、森田証言)。

6  本件事故後に公開された現場の状況等の報道内容

本件第一ビルは、前記県警検証のため、本件爆発事故後、同年八月二八日午前までの間、立入りが規制されていたが(乙五四の一、弁論の全趣旨)、同日午後、報道関係者らの立入りが認められ、新聞各紙はその模様を次のように報じている。

(一) 昭和五五年八月二九日付読売新聞・原沢敦記者

「現場に足を踏み入れると、ものが腐ったような異臭がいきなり鼻をついた。そのにおいの向こう側に、第一次爆発の爆心とみられている「ちゃっきり鮨」の地下室洞部分がぱっくりと大きな口を開けている。(中略)懐中電灯の光の中に浮かび上がった穴の底には、ドス黒いヘドロが厚く積もっていた。蚊がブンブンと飛びまわり、異臭は一段と激しく、五分とは入っていられない。『今はまだいい方。事故直後は臭くて臭くて……』と検証にあたった捜査員がつぶやいた。」

(二) 前同日付静岡新聞

「床下の各所に設けられた水抜き槽は、店内玄関口付近のものより奥にかけてのものが臭い、汚泥もひどいようだ。黒ずんだ下水が貯まった槽、乳白色の泡を表面に堆積させて盛り上がるヘドロの槽など。パックリ口を開けた深さ約一メートルの槽に入ると、下水ともトイレの臭いともつかぬ悪臭が鼻をつく」

7  本件事故前の湧水槽内の状況

(一) 原告らは、

(1) 県警検証での検証調書は、本件事故後、それも第二次爆発とそれに引き続いて発生した火災が鎮火した後の検分結果を記録したものであり、火災が鎮火するまで五時間三〇分余にわたって消火のために大量の放水がなされていることから、これら消防用水が汚水となって湧水槽に流れ込んだ可能性があるとして、湧水槽内にヘドロ状の堆積物が存在していたからといって、事故前の湧水槽内の状態もこれと同様であったということにはならないこと

(2) 第一ビルは、流動地下水の特に豊富な地帯にあるため、外壁に設けられた多数の水抜きパイプから常に地下水が流入しており、もし長期間残飯などの固形物が投入されていたとするならば右連通管が目詰まりを起こし、床上まで地下水が溢れ出ることは必定であるのに、そのような事態はなかったこと

(3) 本件事故当時、「キャット」の従業員であった村松康男は残飯投棄などの事実を明確に否定している上、甲一二号証(消防の実況見分調書)の「ピット内を通じた雑排水用パイプは、店舗の模様替えや老化等により破損、直接ピット内への落ち込みが見られる」との記載もどのような事実と裏付けをもって認定したのか不明であり、雑排水管の破損は第二次爆発の影響によるものと考えるのが自然であって、ヘドロの堆積の原因となる有機物質が入り込むことはあり得ないこと

等を根拠に、右事故後に明らかにされた本件湧水槽内の状況が、事故前のものとは大きく異なっている旨主張する。

(二) (一)の(1)及び(2)について

(1) 前記2(二)に認定の本件事故後の槽内の状況、とりわけ汚泥の厚さ(破壊孔やマンホール等の大きな開口部がない槽においても、相当程度堆積している。)、壁面及び天井の付着物の状況、原告らによる清掃の後に行われた地階等検証で採取した槽壁の付着物に有機物質が含まれていたこと、外観上も脂肪分と思われる付着物が壁面に白く帯状に残存していたことなどによれば、本件事故に伴う火災の消火用水が流入したことにより、これらがにわかに生じたものとは到底考え難く、本件事故の前、相当長期間にわたってそのような状態が形成されてきたものと推認される。

また、落合証言によれば、同人は、雑排水槽・汚水槽・湧水槽等の清掃を主たる業務とするグリーンシャワー株式会社代表者であり、静岡市内のビルの地下ピットの清掃等を多数手がけている者であるが、同人が昭和五二年か五三年ころ、増井工務店の依頼で第一ビル地階店舗「菊正」下の湧水槽に自ら入ったときの状況について、膝のあたりまでヘドロがあったため胸までくる胴長靴に履き替えた程であること、ヘドロには土とか砂は混じっておらず、バキュームで吸えるようなものであったこと、右清掃作業によりヘドロが除去されて連通管が現れるまでは、当該槽を雑排水槽だと思っており、湧水槽だとは気が付かなかったというのであり、これによれば、本件事故前の第一ビル地下湧水槽の状況は、前記認定の状況と同様のものであったことが認められる。

(2) したがって、各湧水槽間の連通管は、いずれもヘドロに埋没して閉塞状態であったものと推認されるが、他方、前記2(二)に認定したとおり、各層とも槽壁の中央部(通気孔のある槽においては概ねその高さ)に帯状にその上の部分とは異なる色調の部分が認められ、これによれば、本件爆発事故以前の通常の水位は多少の変動はあるにせよ、同変色帯の付近で概ね一定していたことも認められる。とすれば、第一ビルの湧水槽は、前記(一)(2)において原告らのいうように「目詰まり」状態であったが、同時に、概ね一定の水位を保っていたことになる。

なお、第一ビルが所在する地域が安倍川の扇状地にあり、地下水が豊富な地質条件にあることは認められるが、本件で問題とされている「キャット」、「ちゃっきり鮨」、「機械室」の床下の湧水槽についてどの程度の地下水が流れ込んでいたのかについては明らかではない。

この点、《証拠省略》によれば、第一ビル地下湧水槽全体の湧水量は、一月当たり三〇〇トンないし一〇五〇トンで、八月では四五〇トンであるというのである。しかし、右各証拠では、第一ビルの地下湧水槽の総容量を二〇〇トン(立方メートル)であるとしているが、甲一〇五号証の一で容積が明らかとなっている一九槽だけでも二二四・六六立方メートルの容積があり、また、《証拠省略》によれば第一ビル地下床下の湧水槽は全部で三六槽あるから、各槽の容積のばらつきを考慮しても、総容積は約三〇〇ないし四〇〇トン程度に及ぶものと推認されることに照らすと、その前提とする基本的な数値の正確性に疑問がある。また、仮に甲四五号証の前提とする数値を正当なものとしても、現に前記認定のとおり、槽壁に残された痕跡からはイないしヌ槽の貯水量が概ね一定であったことが強く窺われること、乙五四号証の八及び地階等検証の結果によれば、第一ビル外壁に接している湧水槽については地下水等の水抜き穴が設けられていることが認められるが、そこからの地下水の流量についても、特段の記載はなく、かえって、乙五四号証の八の写真番号四一〇(ロ槽水抜き管)、四一六(イ槽水抜き管)からは、地下水がしたたり落ちているなどの目立った様子はないこと、ホ槽についても「しみ出している」という程度の記載にとどまっていることなどからすると、槽毎の湧水量にはばらつきがあるとも考えることができるのであり、これをもって、「キャット」、「ちゃっきり鮨」、「機械室」の床下湧水槽に常時潤沢に地下水が流れ込んでいて、各槽の水が常時更新していたことを明らかにするものとはいえない。

なお、本件で問題とされている第一ビル地階床下の別紙図面3のイないしヌの湧水槽については、前記2(一)のとおり、一部については、県警検証当時、水が抜かれる以前の段階では、ほぼ満水状態であった槽もあるが、これが消火用水に由来するのか、本件事故後に排水ポンプが停止したことに由来するのか、あるいは別の理由によるものかは証拠上明らかではないが、右に述べたように通常時の水位はほぼ一定していたと認められるから、右満水状態は一時的な現象と見るのが相当である。

(三) (3)について

(1) 証人村松康男の証言(以下「村松証言」という。)によれば、同人は、本件爆発事故当時、「キャット」に勤務してから一か月程度しか経っておらず、それ以前に残飯や残滓がどのように処理されていたかは知らないとしつつ、同人自身は、店長の指示により、閉店後調理場の床をデッキブラシで水洗いした水をマンホールの中に流していたが、床には調理くずが飛び散っていたというのであり、これによれば、むしろ、同店店長らが湧水槽を下水槽のように考えていたことが窺われる。

また、《証拠省略》によれば、本件爆発事故に関し関係者の刑事責任を検討していた静岡地方検察庁が、関係被疑者全員を不起訴とする処分をした際に行われた記者会見において、同地検検事正は、第一ビル地階喫茶店(「キャット」)関係者も、第一次爆発後のガス栓の閉止懈怠の外に、湧水槽内に残飯等を投棄していたとして被疑者とされていたこと、その不起訴の理由は、それがメタンガスを発生させて爆発事故に至るという因果の過程についての予見可能性が認められなかった点にあったことを明らかにしたことが認められるところ、これによれば、捜査当局が同店の関係者らから残飯等の投棄を認める供述を得ていたことが窺われ、右村松証言とも併せれば、「キャット」においては残飯等をマンホールから投棄していたものと認めるのが相当である。

(2) さらに、湧水槽内の雑排水用の塩ビ管の状況は、前記2(二)のとおりであり、乙五四号証の八を仔細に検討しても、爆発により破壊が生じた場合に認められるような折損・ひび割れの所見は窺われない。むしろ同(二)(3)(c)のように、「菊正」からの雑排水及び便所の排水を受けるへ槽内の直径一〇〇ミリメートルの塩ビ管は、本来は雑排水槽までこれらの排水を導くべきものと思料されるが、当該槽壁から八二センチメートルの位置にある接続部分で途切れていて、「菊正」の右雑排水・汚水はへ槽に落ち込むことが確認されており、当該接続部分及びその辺縁にも湧水槽の壁面に見られるような白カビ用のものが一様に付着していることからすれば、本件爆発事故により初めて接続部分が外れたというよりも、かなり以前から当該接続部分で、これと続く塩ビ管と外れていたものと見るのが自然である。

また、このように湧水槽内に巡らされている排水パイプが外れていることは、必ずしも珍しいことではないことが窺われる。

そうすると、消防本部の実況見分調書(甲一二)の「ピット内を通じた雑排水用パイプは、店舗の模様替えや老化等により破損、直接ピット内への落ち込みが見られる」旨の記載は、いささか具体性に欠けるが、必ずしも根拠のないものとはいえない。

(四) 原告らは、その他、前記(一)(1)の主張に沿う証拠として、「地下湧水槽の清掃・管理は、原告静岡栄和有限会社が担当しており、年一回は湧水槽の清掃が行われていた。自ら昭和五五年五、六月ころ、月一回マンホールを開けて行われる湧水槽の消毒の折、へ槽の中を見たが透明なきれいな水が流れ且つ臭いも無かった」という原告松島の供述、昭和五〇年から同五二年の間に「キャット」、「ちゃっきり鮨」各店の地下湧水槽内の排水管の点検・清掃等をしたときの体験として、同様の湧水槽の状況を述べる小林敏雄作成名義の事実証明書(甲三七)、本件事故前に第一ビル地下湧水槽の清掃を依頼したときのものであるという株式会社静岡田園作成名義の第一ビル宛の昭和五四年一二月一〇日付見積書(甲一九)、昭和五五年一月二六日付第一ビル宛請求書(甲二〇)、同年一月三〇日付栄和有限宛の領収書(甲二一)などを提出している。

しかし、右原告松島の供述は、本件事故以前は上塗りコンクリートで塞がれていた(前記2(二)(3)(c))へ槽のマンホールから内部を覗いたことになるなど、客観的事実と整合しない点があるばかりでなく、原告静岡栄和有限会社の従業員(在職期間は昭和四六年一〇月から昭和五五年一一月まで)で、第一ビルの管理業務を担当していた紅林清一が、「湧水槽はオーナーとテナントが管理しており、静岡栄和有限会社は、清掃とか修理とかそういうのは直接にはやらない。甲一九ないし甲二一号証は在職当時見たかははっきり覚えていない。地下ピットの清掃を静岡田園に頼んだ覚えはない。湧水槽それ自体の清掃は、自分が知っている範囲ではやったことがない。」旨証言しているのとも矛盾し、にわかに措信しがたい。

また、甲一九ないし甲二一号証の各書証は、第一ビル地下湧水槽の何処の、幾つの槽につき、何時行った処理費であるのか、その特定もされていない上、仮にその清掃された事実を前提としても、落合証言によれば、その記載単価を静岡県機械浚渫業協会で定める基準単価とした場合、三つか四つ程度の湧水槽の処理費に過ぎず、極く限られた数の湧水槽を対象としたものとなること、さらに、右紅林証言によれば、第一ビルの管理の実務を担当していた同人が清掃についての認識を全く有していないことなどに照らして、その成立の真否をさておくとしても、やはり信用性を欠くものとして採用することはできない。

甲三七号証(事実証明書)も、本件発生の三年以上前の体験に関する供述であって、本件当時の湧水槽内に関する前記認定を左右するものではないというべきである(もっとも、その内容についてみても、前記小林は清掃時にくわえ煙草で湧水槽内に入った等、酸欠や火気に細心の注意を心掛けるこの種業者としての常識が疑われるものであって、信用性にも疑問を禁じ得ない。)。

8  以上1ないし7によれば、第一ビル地階「キャット」、「ちゃっきり鮨」、「機械室」付近の地下湧水槽は、長期にわたり調理屑・残飯・油脂等が投棄され、または、破損した配水管から調理・手洗い等の雑排水が流れ込んでいたのであり、これらが汚泥化し、これが連通管の流れを阻害して前記各槽に堆積していたものと優に認められる。

9  第一ビル地下湧水槽におけるメタンガス等の爆発の可能性

(一) メタンガス発生の機序

《証拠省略》によれば、メタンガス発生の機序は次のようなものと認められる。

(1) メタン発酵は、嫌気的な環境下で起こる普遍的な微生物反応であり、蛋白質、脂肪、炭水化物等の有機物質が最終的にメタンガス、炭酸ガス、水に分解される。その分解過程は二段階に分類することができる。

まず、第一段階は、蛋白質、脂肪、炭水化物等の高分子有機物は、酸生成菌(主として通性嫌気性菌・嫌気性菌ではあるが酸素がある環境でも生存が可能で、かつ、活性もある)の作用により、単糖類、アミノ酸等の分子量の小さい物質を経て、酢酸、プロピオン酸、酪酸及び少量の蟻酸、乳酸、バレリアン酸などの飽和低級脂肪酸と、二酸化炭素、アンモニアが生成される。また、この過程で大量の水素が発生する(酸性発酵)。

次に、第二段階において、これら第一段階の分解物がメタン生成菌(絶対嫌気性菌。以下「メタン菌」という。)により分解され、メタンガス、二酸化炭素等が発生する(メタン発酵)。

このようにメタンガスは、二種の異なる細菌群の共同作用によって発生するが、右の二段階の反応は、互いに併行して同時に起こるとされている。

(2) 関与する微生物

右第一段階の分解に関与する酸生成菌は、通常の汚泥中に相当数存在し、且つ、酸素の存在又は不足状態でも生存が可能であり、温度変化にもそれほど敏感でない等、比較的緩やかな環境条件の下で活性を有し、例えば、汚泥を放置すると、直ちにこの種の細菌により酸性発酵が始まり、汚泥は粘性を帯びて悪臭を発するに至る。

他方、第二段階の分解反応に関与するメタン菌も自然界に広く存在しているが、純粋分離と培養が困難なため、研究は進んでおらず、成書に記載されているメタン菌の種も、その時点で確認されているメタン菌の属・種にすぎず、これに尽きるものではない。また、メタン菌は、通性嫌気性菌に比べ、生活環境に敏感であり、そのためメタンガスの発生の有無、程度は、メタン菌の存在する環境条件により大きく左右される。

(3) メタンガス発生の条件

メタンガス発生の環境条件としては、有機物条件、嫌気性条件、温度条件が挙げられ、メタン発酵を利用したエネルギー活用や下廃水処理等の観点から研究が進められている。

《証拠省略》によればメタン発酵を人工的にさせるための条件として

① 有機物条件 有機物濃度が六ないし八パーセントの発酵液を容器の八〇パーセント程度に充たすこと、並びに適量の有機物を負荷すること

② 嫌気性条件 遊離酸素(空気)の供給が全くない完全密閉の状態を保つこと

③ 温度条件 中温域(摂氏三五度ないし四〇度)あるいは高温域(摂氏五〇度ないし五五度)に保つこと

が掲げられているが、同証言によっても、これはメタンガスを最も効率よく発生させる最適管理条件とでもいうべきものであり、必ずしもこの条件下でなければメタン発酵が行われないものでない。すなわち、温度条件についていえば、メタン菌は、摂氏〇度から八〇度という広い範囲で生存し、前記高温域を至適温度とする高温菌や中温域を至適温度とする中温菌の外に、摂氏一五度ないし二〇度を至適温度とする低温菌が存在すること、右低温域から中温域までのガス発生速度については、温度の上昇と共にガス発生量が連続的に増加していくが、右低温菌が活性を有する低温域においてもメタンガスは発生すること、摂氏二〇度の環境下でも、中温域・高温域に比べてガス発生速度は劣るものの、時間をかければ有機物の全体の分解量・ガスの発生量はほとんど変わらないことが認められる。

(二) 第一ビル地下湧水槽のメタン発酵の好適性

(1) 有機物の存在

(a) 前記2ないし5及び7のとおり、第一ビル地階「キャット」、「ちゃっきり鮨」、「機械室」付近の床下の湧水槽にはヘドロが堆積していたこと、これは、「キャット」からの残飯等の投棄や「菊正」からの雑排水管からの雑排水・汚水の落ち込みに由来するものと解され、これらの行為ないし環境は本件事故直前まで継続していたものであること、かつ、槽壁の付着物からも有機物質の含有が確認されたことによれば、槽内には相当程度の有機物質が存在し、かつ、これが連続して供給されていたものと認められる。

(b) 原告らは、本件事故後の昭和五五年八月二九日に第一ビル湧水槽において堆積物を採取し、これを分析した樋浦証言及び甲四二号証によれば、その採取した堆積物は有機物質の割合が僅か三パーセント以下で、無機物質を主体としたものであって、水田土壌や湖底堆積土等の自然界の堆積物より遥かに有機物質が少ない旨主張する。

しかし、右採取時においては、県警検証により上澄みの汚泥水は除去されていた上、樋浦証言によれば、右試科としての堆積物は、対象とした各湧水槽から、堆積物のみ、あるいは、上澄みのみと区別して採取したというのではなく、上部の水と共にひしゃくでかき上げるようにして採取したというのであって、甲四二号証における各試料の水分比が甚だばらついているのもそのような試料採取方法の結果と考えられ、水田等の土壌における組成と比較する前提を欠いている。かえって、有機物質の存在については、水分を除去した乾燥重量比でみるならば、「キャット」床下のハ槽で採取された試料中の有機物比が一八パーセント、ロ槽では二四パーセント、イ槽では四三パーセントとなり、「ちゃっきり鮨」床下のト槽では一七パーセントとなっていて、少なくともこれらの存在自体は確認されている。

(2) 温度条件

(a) 《証拠省略》によれば、第一ビル付近の地下湧水槽内の水温は、夏期では摂氏二一度から二二度の間にあり、冬期でも摂氏一八度程度であったこと、被告会社が実施した実験においては、摂氏一八度という温度条件においても、十分なメタンガスの発生があったことが認められる。

(b) 原告らは、低温域に活性を有するメタン細菌(いわゆる低温菌)の最適温度は摂氏一五度とされており、乙六三号証における被告会社の第一ビル近隣の湧水槽等の水温の測定結果によれば、飲食店「S」の雑排水槽については、昭和五六年四月一三日から同年一一月二六日までの間の測定値は、最高で摂氏二七・五度、最低で一七度となっており、一〇・五度の温度差があり、また、飲食店「K」の湧水槽については、昭和五六年一二月四日から同月七日までの間の測定値は最高で摂氏一九度、最低で一八・五度となっており、昭和五八年八月三一日の測定値は摂氏二二度、更に、ガスサロン前の湧水槽では、昭和五八年八月三一日では二一・五度、同年一二月九日では一八度となっていて、これらの測定値から冬期と夏期とでは相当の温度差があること、特に夏期の水温はすべて摂氏二一度以上であって、仮に低温菌の好適温度が摂氏一五度から二〇度であったとしても、特に夏期については好適といわれる温度域にはなかったことが窺えるとして、温度に非常に敏感であり、好適とされる温度域以外の温度ではガス発生速度が低下するメタン菌の特性を考慮するならば、第一ビル湧水槽の温度条件は、好ましい環境下にはなかった旨主張する。

なるほど、急速な温度低下がメタン菌の活動に悪影響を及ぼすことは、前掲証拠により認められるが、経験則に照らし、年間を通じての気温の変化は漸進的なものであること、一日の温度変化をみても、第一ビル地下湧水槽の存在する地下で、しかも、ほぼ密閉されていた空間であることを考えれば、その変化はさほど顕著なものではないと考えられることに照らすと、槽内の水温の変化は年間及び日間のいずれについても緩やかなものであったと推認することができるから、原告らの右指摘をもってメタン発酵に不適であったとまではいうことはできない。

また、原告らの指摘のとおり、夏期において、湧水槽内の水温が低温菌の最適温度を超えている可能性は否定できないところであるとしても、前掲各証拠によれば、低温域から中温域にかけては、温度の上昇と共に連続的に有機物の分解が高進し、ガス発生量が増えることは明らかである。乙四四号証の二においても、「摂氏四度から三五度の間では温度の上昇につれて発生ガス量も増えるが、ガス中のメタン含有量は逆に幾分か減少する。」と記載され、増加するガス量の中に占めるメタンの比率に若干の影響があることが指摘されるだけで、この温度範囲においてメタンの発生が完全に停止する温度域があることを示す証拠はない(なお、中温域から高温域に移行する過程では、ガスの発生が抑制される温度域があることが認められる。)。これによると、湧水槽内の温度が低温菌にとって最適域ないし至適域にないからといって、全体的にガスの発生が阻害されるわけではないことが認められる。

してみると、原告らの指摘の点は、これを前提としても、メタン発酵の条件が欠缺することを意味するものではないというべきである。

(3) 嫌気性条件

(a) 発酵のための嫌気条件

前記のとおり、メタン菌は絶対嫌気性菌であり、酸素のある環境では活性を有しないのであるが、他方、そのような酸素の供給のない環境は、完全密閉の発酵タンクのような環境でなくとも、たとえば、湖沼の底に堆積したヘドロなどからもメタンガスが発生していること(公知事実)が知られるように、その発酵する当該場所が嫌気状態にあれば足りると考えられ、このような嫌気状態の環境は、汚泥の表面にできる皮膜などによって、あるいは、汚泥に対流や攪拌がない場合には、前記通性嫌気性菌による第一段階の分解で酸素が消費されることにより汚泥水中の溶存酸素が減少することによっても形成されるものと考えられる。

(b) のみならず、本件地下湧水槽は次の開口部を持つほかは、完全な密閉空間であり、開口部も前記認定の各槽の体積に比して著しく狭小であり、一般通念において換気の悪い場所であることは明らかであり、このことは、メタンガスの発生にも滞留にも好影響を及ぼすものと考えられる。

① マンホール

別紙図面3のイないしヌの湧水槽中、マンホールが存在したのは、イ・ロ・リ・ヌの四つの槽のみであり、イ・ロの槽のマンホールは、一日一回清掃の時に開け放たれることがあるのみでその余はせいぜい月に一回の消毒の際に開閉がされるのみである。

② 水抜き孔

水抜き孔が確認された湧水槽は、イ・ロ・ハの三つの槽のみである。

イ槽 直径三〇ミリメートル・長さ各八〇ミリメートル 四本

ロ槽 直径二〇ミリメートル・長さ各一二〇ミリメートル 二本

ハ槽 直径二五ミリメートル・長さ各一〇〇ミリメートル 二本

③ 水落し孔

床の排水孔等水落し孔が確認できるものは、ロ・ハ・ホ・ヘ・ト・チの各槽である。

ロ槽

「キャット」床の排水孔 直径四〇ミリメートル・長さ一五〇ミリメートル一本

「キャット」厨房排水管 直径四〇ミリメートル・長さ一二〇ミリメートル一本

「キャット」厨房排水管 直径四〇ミリメートル・長さ三〇〇ミリメートル一本

ハ槽

「キャット」手洗い排水管 直径三〇ミリメートル・長さ一五〇〇ミリメートル一本

ホ槽

「機械室」ドレン用鉄管 直径二五ミリメートル・長さ七四〇ミリメートル一本

ヘ槽

「菊正」トイレ内手洗い排水管 直径二〇ミリメートル・長さ・六五〇ミリメートル一本

「菊正」厨房排水管への排水孔 直径六〇ミリメートル一本

「菊正」厨房排水管への排水孔 直径五〇ミリメートル三本

「菊正」厨房床排水孔 直径六〇ミリメートル 一本

「菊正」トイレ排水管 直径一〇〇ミリメートル一本

「機械室」ドレン用排水孔 直径五〇ミリメートル・長さ一五〇ミリメートル一本

「機械室」鉄管 直径三〇ミリメートル・長さ四八〇ミリメートル一本

ト槽

「ちゃっきり鮨」手洗い排水管 直径四〇ミリメートル・長さ二〇〇〇ミリメートル一本

チ槽

「ちゃっきり鮨」床の排水孔 直径一〇〇ミリメートル・長さ一五〇ミリメートル二本

④ なお、原告らは、過飽和状態の溶存酸素濃度の地下水が豊富に流れ込んで、連通管により全槽を環流しており、また、ポンプ汲み上げによる水位の変動により、酸素が供給されていた旨主張する。

しかし、前記7(二)で認定のとおり、大量の地下水の流入及び湧水槽の水位の変動は認められず、かつ、連通管は汚泥に埋没していたものである上、《証拠省略》による通常の第一ビル雑排水槽のポンプの運転による汲み上げを前提とする限り、その汲み上げでは雑排水槽の水位に変動はあり得ても、湧水槽内の水位に影響を及ぼすことはあり得ないと解されることに照らすと原告ら主張の右事情が換気を促していたことは認められない。

また、前記2(二)(3)、(5)のとおり、ヘ槽とリ槽の間の通気孔には、本来は雑排水槽(外気に接する)へ連なる直径一〇〇ミリメートルの排水管が挿通されており、ヘ槽内の開口部(破断部)からリ槽内を貫通し雑排水槽内で外気と通じるようにみえるが、その延長は数メートルに及び、管径に比して管長が著しく長いものとして、これによる自然換気は行われないものと解されるから、これを開口部として考慮する必要性はないと認められる。

(c) 被告会社の実験

《証拠省略》によれば、このような開口部分の存在を前提として、絶対嫌気性菌と云われるメタン菌による発酵が起こり、それが爆発限界に達する程度に滞留するかの実験を行ったところ、実際に爆発混合気を形成することが確認され、さらに、有機物の投入のしかた等によっては、メタンガスよりも爆発範囲が広く着火エネルギーも小さい水素ガスの発生が急激に起こること、汚泥水の上面に被膜ができ、これが内部の嫌気性を保つのにも役立っていると考えられること、外気温に比べて槽内温度・槽内水温が低い方が発酵ガスの滞留する空間が小さくなるので、到達する濃度は大きくなることが十分推定できることなどが実証された。

(d) 以上、(a)ないし(c)によれば、メタン発酵の条件としての嫌気性及び発生した可燃性ガスの滞留条件としての無換気性のいずれについても、本件第一ビル地下湧水槽は、少なくとも矛盾のない程度の環境にあったことが認められる。

(三) 湧水槽内のメタンガスの存在

本件爆発事故に関する捜査の中間総括についての記者会見の内容を報じた昭和五五年八月三〇日付静岡新聞記事、同日付朝日新聞記事によれば、同月二九日午後開かれた右記者会見において、県警本部長らは、地階床下の湧水槽から採取した汚泥・汚水(これらの採取事実については乙五四の八)三〇点のほとんどでメタンガスが検出された旨の報告があったことを明らかにしたことが認められ、これによれば、本件爆発事故の直後、第一ビル地下湧水槽において、捜査に当たっていた警察が汚泥及び槽内の空気から現にメタンガスを検出していたことが認められる。

(四) 着火源

(1) 汚泥から発生したメタンガス等の可燃性ガスは、地下湧水槽内に滞留しているところ、これが爆発限界に達していたとしても、湧水槽内には着火源と考えられるものはないことから、原告らは、メタンガスが爆発物質とするとその着火源がないことを指摘する。

(2) 本件事故当日の第一次爆発発生時に、第一ビル地階店舗においては、午前九時二〇分ころ、「キャット」において出勤してきた従業員前記村松康男が炊飯器一基及びガスコンロ四個に点火し、さらにガスコンロ一個に種火をつけたが、この時点ではすぐには爆発は起きていないこと、同人はガスコンロ等の火をつけたまま便所に行ったこと、他方、そのころ、「菊正」の従業員山崎れちがガス湯沸器にマッチで点火したこと、その直後ころに第一次爆発が発生したことが認められ、これによれば、右二つの火源が第一次爆発の可能性ある着火源として考えられる。

(3) これが床下の湧水槽に滞留する可燃性ガスに引火・爆発する機序については、断定的なものはないが、本件爆発事故の捜査において静岡県警が委嘱した福地知行静岡薬科大学教授による鑑定によれば、その要旨は、「キャット」店内調理場では、当時五つのガスコンロの火がつけられ、この熱によって室内の空気が熱対流を起こし、この流れに沿って床下にある湧水槽内のメタンガスがマンホールのすき間を伝って吸い上げられ、コンロの火に引火、第一次爆発を起こしたというのであって、少なくとも矛盾のない説明が可能である。

(五) 以上(一)ないし(四)の事実に、前記六に認定のとおり、本件第一次爆発が第一ビル地下湧水槽において発生したこと、同所に都市ガスが流入する可能性はないことを併せ考慮すれば、第一ビル地階「キャット」、「ちゃっきり鮨」付近の地下湧水槽は、本件爆発事故当時、メタンガス等の可燃性ガスが発生し滞留すべき環境にあったこと及びメタンガス等の可燃性ガスが爆発限界に達していたこと、これに何らかの着火源から引火して爆発に至ったことが優に推認される。

九  「機械室」内のガス導管破損に至る過程

以上によれば、第一次爆発の発生に関する原告ら主張の因果経過は認めるに足りず、かえって、前記六1、2及び八に認定の各事実に、《証拠省略》によれば、第一次爆発は、第一ビル地下湧水槽に滞留したメタンガス等の可燃性ガスに何らかの火が引火して、別紙図面3のロ、ハ、ホ、ヘ、ト、チの各槽内で順次発生(ただし、厳密な順序は不明)し、これらの爆発により、前記六の1、2の湧水槽内及び床スラブ等の破壊のほとんどが生じたこと、このうち、ホ槽内の爆発による湧水槽内の圧力の上昇によって、「機械室」床スラブが跳ね上がり、その上にあった二台の空調機の台座とともに各空調機を跳ね上げ、これが「機械室」上部にあった空調ダクト(サプライ・チャンバー)を押し上げ変形させるとともに、これとその上方の梁との間にあった内径五〇ミリメートル及び内径三二ミリメートルの各ガス導管を破損させたことの各事実が認められる。

以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、第一次爆発が土中に埋設されている供給管の腐食孔から漏えいした都市ガスによるものであることを前提とする請求原因第四の二2の土地工作物責任に基づく請求は理由がない。

第四  第二次爆発の回避に関する責任について

一  総論

1  前記第三に認定したように、第一次爆発は、第一ビル地下湧水槽に滞留したメタンガス等の可燃性ガスに何らかの火が引火して惹起されたものであり、第二次爆発は、第一次爆発により第一ビル地下「機械室」の天井に配管されているガス導管(内径五〇ミリメートルと三二ミリメートルのもの)が破損し、そこから被告会社が供給する都市ガスが漏出・滞留し、これに何らかの火が引火して爆発したものである。

2  第一次爆発の原因如何に関わらず、このような事故により都市ガスが供給管等から漏出すれば、これに引火して爆発するなど、二次災害の危険性は顕著であるから、都市ガスを供給し、その施設等によってこれをコントロールする立場にあるガス会社としては、二次災害防止のために速やかな措置をとることが義務づけられるのであり、被告会社のガス漏れ受付要領においても、ガス漏れの原因が顧客の故意過失に基づく場合であっても速やかに応急措置をする義務があることを認めているところであって、このような一般的注意義務があることは明らかである。

ところで、民法七〇九条の損害賠償請求権を基礎づける「過失」概念は、究極においては、結果回避義務の違反、すなわち、具体的状況の下において適切な回避措置を期待し得たのに、これをせず損害を発生させたことをいうものであり、右結果回避措置を期待しうる前提として、結果回避が可能な時点において、予見義務に裏付けられた予見可能性の存在が必要とされるものと解される。

そして、このような過失判断における、予見義務及び結果回避義務の内容の判断にあっては、法令や通達等の行政上の基準も一つの参考資料とはなるが、右は法的ないし事実上の強制力をもって貫徹しうべき最低限度の基準を定めたに止まるのが一般であるから、予見義務及び結果回避義務の内容はこれに尽きるものではなく、したがって、これを充たしていたことをもって直ちに予見義務及び結果回避義務を尽くしたものとして過失の存在が否定されるものでないことは言うまでもない。

ところで、ガス事業者は、市民生活並びに社会活動に必要不可欠なエネルギー供給という事業を行っているものであるが、他面、供給されるガスが漏出すれば、爆発、火災、中毒といった災害に直結する危険を帯有する事業でもあるのであるから、設備の保守管理はもとより、事故の予防及び対応などの危機管理の面においても、高度の専門的知識及び技術水準に依拠して安全確保のために最善を尽くすことが求められているというべきである。

3  原告らの主張の要旨

原告らは、本件第二次爆発は、被告会社が二次災害防止のために組織体として負担している

(一) ガス導管の安全性を日常的に維持管理し、ガス漏れ、爆発に備えてガス遮断弁を即座に閉止できるよう日常的に保守点検してその安全性を保持するとともに、ガス漏れないしガス爆発の通報に対し、いつでも対応できるように一〇名程度の緊急保安要員を常に確保しておき、これら緊急保安要員は、一旦出動する際には最高性能の検査機器を携帯して速やかに現場に赴く態勢を確立しておく注意義務

(二) これら一〇名程度の緊急保安要員を短時間のうちに現場に到着させた上、これらの者をして直ちに可燃性ガス検知器、水素炎検出器(FID)、サーミスター検知器等のガス検知器により、ガスの種類、濃度の確認、ガス漏えい箇所の発見、そして、ガスの漏出停止のための作業をさせるとともに、それが困難な場合には、直ちにガス遮断弁を操作してガスの供給を停止し、消防、警察と連絡協力を密にして、関係者らの避難誘導やガス使用禁止の措置を講じたり、必要があればさらに応援要員を派遣するなどして二次災害の発生を防止すべき注意義務

にいずれも違反したために第二次爆発の発生を阻止し得なかったものであるとして、被告会社に民法七〇九条の不法行為責任がある旨主張する(請求原因第四の三)のであるが、本件訴訟の経過における原告らの立証活動も含めた攻撃防御方法のあり方、主張の構成、内容等に照らすと、原告らは、本件第二次爆発が回避可能であったことを前提として、ガス事業者としての予見義務に基づく回避措置を被告会社がとっていたならばこれを避け得たものとして、何よりも第二次爆発の発生を未然に防止し得なかったことについての被告会社の過失を問うているものと解される。そこで、以下これに即して検討を加えることとする。

二  第二次爆発の発生までの事実経過

1  都市ガスの漏えい状況

(一) 第一次爆発により破損したガス導管の状況等

(1) ガス導管の破損状況

第一次爆発によって破断した二本のガス導管(内径五〇ミリメートル及び同三二ミリメートルのもの。以下、前者を「五〇ミリ管」、後者を「三二ミリ管」という。)のうち、三二ミリ管は前記第三の六1(二)(4)のとおり、完全に破断していた。この導管は本管から第一ビルにガスを供給する前記一三本の供給管のうち、別紙図面2の③の延長に該当するものであり、右破損箇所までの間に他の導管への分岐等はない。

他方、五〇ミリ管は、別紙図面2の②の延長にあり、「機械室」に達するまで他の導管への分岐はなく、「機械室」から床スラブを貫通して一階「レベッカ」に立ち上がり、同所のガスメーターを経て再び「機械室」内に立ち下がって、四〇ミリメートル、二五ミリメートル、二〇ミリメートルの各ガス導管に分岐する配管構造となっていたが、一階に立ち上がる前の部分では、「ちゃっきり鮨」との境壁から七五センチメートルの継目のところで、幅四・三ミリメートル、長さ八五ミリメートルの亀裂が生じているほか、屈曲部の接手部分に幅五・三ミリメートル、長さ七七ミリメートルの亀裂が生じていた。また、一階「レベッカ」から立ち下がった後の部分では、四〇ミリ管に二か所、二〇ミリ管に三か所の損傷があり、二〇ミリ管の一本は、四〇ミリ管からの分岐部分から床上に立ち上がる手前の部分までが脱落していた。

(2) 第一次爆発によって生じたと認められる損傷

これらの破損のうち、三二ミリ管の破断部分、五〇ミリ管の亀裂二箇所は、その周囲の状況に鑑み、第一次爆発による空調機の跳ね上がりに伴うサプライ・チャンバーの押し上げにより生じたものであると認められる。

また、五〇ミリ管の一階からの立ち下がり部分より末の部分の導管の破損については、二〇ミリ管一本の折損部位は、サプライ・チャンバーの直上にあることから、第一次爆発によるものと推認される。

その他の五〇ミリ管から分岐する導管の破損については、第一次爆発によって生じたことを断定するに足りる根拠はないが、反面、乙五四号証の一一中の現場見取図三二における変形角度、ガス導管が爆風だけで破損するとは考えられないとする乙七号証の二の知見などによれば、第一次爆発に伴うサプライ・チャンバー等の挙動によって生じたと考えるにつき、合理的な根拠は存する。

(二) 漏えいした都市ガスの挙動

これらのガス導管の破損部からは直ちに都市ガスが漏出したものであるが、都市ガスは、空気よりも軽く(前記第三の二)、破損箇所から漏えいして「機械室」と「ちゃっきり鮨」の天井部分、さらには第一次爆発で破損した排気・空調用のダクトを介して地階店舗の天井裏へと広がる一方、「機械室」上部の一階床スラブを貫通する空調用ダクトスペースから、「ダイアナ靴店」ほか一階各店舗に達する冷暖房用ダクトを通じてそれぞれの店舗天井裏へ流れ込んだものと認められる(甲一〇、一一、乙七の二)。

(三) 漏出したガス量の推定

本件事故後、消防関係者により、第一次爆発から第二次爆発までの間に漏出した都市ガスの量の推測が行われている。

(1) 火災原因判定書(昭和五六年六月一八日付・甲一〇)

(a)① 静岡市消防本部による火災原因判定書では、第二次爆発までの時間が二六分間であったものとして、破損したガス導管の亀裂を同一系統のものを一箇所と見なして計算すると、二〇ミリガス導管では九・八立方メートル、三二ミリガス導管では二七・一立方メートル、五〇ミリガス導管では九七・一立方メートル(概数)の都市ガスが漏出したものと推測し、第一次爆発によってこれらのガス導管の破損がすべて生じ、漏出したガスが第二次爆発後の破壊が最も激しい地階「菊正」、「ちゃっきり鮨」、「キャット」及び「機械室」並びに一階「石垣洋品店」、「柴田薬局」、「シカ屋」及び「ダイアナ靴店」などの天井裏(ただし、第一次爆発により天井が落下した「ちゃっきり鮨」及び「キャット」並びに天井のない「機械室」においては各部分の半分の容積を天井裏とみなす)へと流れ込んだものとして、その空間容積五六〇立方メートルを前提とすると、第二次爆発時の都市ガス濃度は一九・二パーセントになるとする。

② また、第一次爆発の破損状況から当然に破損したものと認められる「機械室」の天井側と「ちゃっきり鮨」の北壁際(破損した引き込み五〇ミリ管の末端)の三カ所から漏れたものとしても、七・七パーセントとなり、都市ガスの爆発限界内である五ないし三五パーセント内に達しているとしている(なお、この点について、右の「『機械室』の天井側及び『ちゃっきり鮨』の北壁際」の各破損部分が具体的にどのガス導管のどの部位の損傷を指し示すのかは明らかではない。前者については、少なくとも三二ミリ管の折損部分を含むことは明らかであると解されるが、「機械室」天井部分の五〇ミリ管の損傷を含むものか否かは明らかではない。また、後者については、右火災原因判定書においては、「ちゃっきり鮨」内のガス導管の損傷は一か所とされているが、甲一二号証の一三七丁以下では、同所ではガス導管の破損は二か所あるとされ、同号証及び乙一一号証の四によれば地階にガスを供給する別紙図面2の⑬の内径八〇ミリメートルの供給管から分岐した内径五〇ミリメートルの導管が「キャット」店内の「ちゃっきり鮨」と「機械室」との境壁際において破断していたこと、さらにその末端側において分岐する内径二〇ミリメートルの導管が「ちゃっきり鮨」と「機械室」の境壁付近で折損していることが認められ、そのいずれを指すものかは必ずしも明らかではない。)

(b) 右(a)①に基づいて、一分間当たりのガス漏出量を求めると、二〇ミリ管について約〇・三八立方メートル、三二ミリ管について約一・〇立方メートル、五〇ミリ管について約三・七立方メートルの漏出量となる。

(2) 消防庁消防研究所の「静岡駅前ガス爆発事故に対する一考察」(乙七の二)

この考察においては、ガス導管が完全に破断したものとした場合の漏出量につき、Poleの式

Q=7.25√{(P×(D5))÷(S×L)}

Q:ガス流出量(立方メートル毎時)

D:管の口径(インチ)

P:差圧(ミリメートル水柱)

L:管の長さ(メートル)

S:ガスの比重 〇・六七

を用い、分岐点から破断箇所までの導管の長さを一〇メートル、差圧を二〇〇ミリメートル水柱として、各ガス導管から二八分間に漏出したガス量を

二五ミリ管 一八・五立方メートル(毎分〇・六六立方メートル)

三二ミリ管 三二立方メートル(同一・二二立方メートル)

五〇ミリ管 一〇五立方メートル(同三・七立方メートル)

(ただし、括弧内は同号証に記載された式・数値に基づいて改めて計算し直して求めた数値)

と試算し、これが「機械室」の天井部分(一階床スラブのため高く、ガスは下の方にはほとんど拡散してこなかった。)からダクトスペースを通じて一階店舗部分の天井裏に流入したものとし、一階店舗部分(店舗仕切壁の天井裏部分に開口部のある「ダイアナ靴店」から「ズボンのサイトー」まで)の天井裏容積が二〇〇立方メートルとした上で、右空間は第二次爆発時には、二五ミリ管から漏れたとしても八・五パーセント、三二ミリ管の場合には一三・八パーセント、五〇ミリ管の場合には三四・四パーセントとなり、漏出したガスの八割が流れ込んだとしても、爆発下限界の六パーセントよりも高い値となるとしている。

(3) 検討

(a) 右両者の数値は単位時間当たりに引き直して概ね合致し、前提となる数値等に関しても、火災の原因究明の専門の立場から、それぞれの調査結果に基づいてまとめられたものであるとうかがわれる。ただし、(1)(a)②の第一次爆発による破損と推測された「ちゃっきり鮨」店内の境壁際の破断箇所については、当裁判所が前記に認定したところに反するので採用しない。

(b) 「機械室」天井部の五〇ミリ管の破損箇所からの漏出量については、(1)においては、同五〇ミリ管及び分岐管の亀裂からの漏出量を合算したもの、(2)は完全破断を前提としたものと解されるところ、(1)が前提とする破損箇所のうち、前記(一)(1)(2)のとおり、一階立ち上がり前の部分の亀裂二箇所及び分岐後の二〇ミリ管一本の折損については第一次爆発の影響によるものと認められ、その余の破損についても、第一次爆発による合理的な可能性が認められるから、同五〇ミリ管からは、(1)(b)のように毎分約三・七立方メートルのガスが漏出していた可能性が導かれる。

また、三二ミリ管は完全に折損しており、しかも、これは右五〇ミリ管とは独立した系統の供給管であるから、(1)(b)のとおり毎分約一・〇立方メートルのガスが漏出していたものと認められる。

そうすると、漏出ガス量は、右五〇ミリ管と三二ミリ管を併せたものとなるから、毎分約四・七立方メートル程度のガスが漏出していた可能性があることになる。

(四) 被告会社が供給する都市ガスの爆発限度濃度

なお、被告会社が供給する都市ガスの爆発限界濃度について、甲一〇号証は五パーセントないし三五パーセントとし、乙七号証の二は、爆発下限界濃度を六パーセントとしており、他にこれに反する証拠はなく(甲五九号証の二では、燃焼下限界を六パーセント、同上限界を三七パーセントとしているが、右燃焼限界とは爆発限界の誤記と解されるから、ほぼ右各証拠の数値と一致する。)、これらによれば、被告会社の供給する都市ガスの爆発下限界濃度は六パーセント程度と認められる。

(五) まとめ

以上によれば、第一次爆発後、第一ビル「機械室」内のガス導管の破損箇所からは、毎分四・七立方メートル(毎秒七八リットル)にのぼる都市ガスが漏出していた可能性があり、時間の経過と共に、「機械室」と「ちゃっきり鮨」の天井部分など地階店舗の天井裏へと広がる一方、「ダイアナ靴店」ほか一階各店舗に達する冷暖房用ダクトを通じてそれぞれの店舗天井裏へも流れ込み、次第にこれらの空間を爆発限界内の濃度に充たしていったものと認められる。

2  第一次爆発後の被告会社の対応

《証拠省略》及び当事者間に争いのない事実(括弧内にその旨を摘示)によれば、次の各事実を認定することができる。

(一) 本件事故当日の被告会社静岡営業所の態勢

(1) 被告会社では、保安規程四八条の「ガス漏えい通報処理要領」に基づき、通報の受付・処理につき別表14―4のとおりの勤務態勢を整えていた。

需要家等からガス漏れの通報があった場合の処理は、通報内容により、それぞれガス栓、ゴム管、器具等の不備、故障による軽度のガス漏れの場合には営業課営業係の男子社員が無線サービス車で現場に赴き、調査、修理等の措置をし、右以外の道路埋設導管(本管・供給管)等のガス漏れ若しくは消防・警察からのガス漏れ通報の場合には、供給課保安係(いわゆるパトロール要員等)若しくは同課施設係が応急処置又は本修理を行ってきた。

また、休日の場合、緊急事態の発生に備えて、静岡営業所の係長以上の者(正月休み等長期の休日にあっては全員)には、予め休日行動表を提出させ、また全員を対象とした緊急連絡網が整備されており、会社からの緊急呼出しに応じて、直ちに出社、応援に出動する態勢としていた。

(2) 本件事故当日は土曜日であったため、被告会社は別表14―4の「土曜日」欄記載の態勢として、静岡営業所に社員一二名、本社には社員一名が出社して勤務していた。

ガス漏れ等に応ずる態勢としては、当日の受付責任者は、岡村主任であり、受付者は谷口課長及び伊藤係員であり、そのほか、市川博、川島博幸、小野田昇、石上征之の四名がサービス業務に、村上主任、石川係員の二名が保安パトロール業務にそれぞれ従事していた。

なお、本件事故当時、保安パトロールは、道路上の漏えい検査等を除いては、係員がそれぞれ一名ずつ単独で受持ち区域を巡視することになっていた。

(二) 第一次爆発後の通報受付状況

(1) 本件第一次爆発直後、事故現場にかけつけた近所の青果店「柿豊」の店主西村幸彦は、「レベッカ」パン店の電話を借り、午前九時三〇分に、消防本部に「紺屋町西武の向かい辺りでなんかガスの爆発があったんですけれど、少しガス臭い、火は出ていない模様です。詳しいことはわかりません。(中略)「ダイアナ靴店」付近です。この店のシャッターがちょっとね、吹飛んだみたいです。」という一一九番通報をした。

なお、この通報の後、西村は、自店に戻る途上、道路上で強い都市ガス臭を感じた。

(2) 静岡市消防本部通信統制室は、右通報を受けた直後、関係機関へ「火災警戒指令、火災警戒指令、紺屋町西武デパート前「ダイアナ靴店」付近ガス漏れ、第一出動」という有線一斉指令を流し、被告会社静岡営業所では、受付業務に従事していた岡村主任が午前九時三一分、直通電話により右通報を受けた。

(3) 岡村主任は、右通報を受けて「ガス漏えい通報処理要領」に従ってその内容をガス漏れ受付票に記入し、直ちに市内を保安パトロール中の石川係員(静ガス五一号車)に三回にわたって無線で連絡を試みた。しかし、同人は当時無線の届かない地域にいたため、交信することができなかった。なお、同人は、当日のパトロール業務に緊急走行のできない車両に乗車して従事していた。

(4) 岡村主任は、次いで静岡市内東部地区の工事巡回、立会いに行った村上主任(静ガス二九号車)に無線で連絡を試み、同日午前九時三四分ころ、同市北安東一丁目二三番一四号井上重治宅前付近にいた同人に、「紺屋町、西武デパート前、「ダイアナ靴店」付近、ガス漏れ、火災警戒体制第一出動、ガス漏れらしいから至急現場へ行ってくれ。「ダイアナ靴店」は「菊正」の上だよ。」と伝えた。

(5) 他方、当時第一ビルの二階に店舗を構えていた原告株式会社アデランスの静岡店店長八本敬二は、第一次爆発直後、外に出て、第一ビル一階の「柴田薬局」の所まで行ったが、そこに行きつくまでに都市ガス臭を感じ、「柴田薬局」付近の通路で、「柴田薬局」の経営者の原告柴田靖代と「菊正」の女性従業員角野房子と出会った。八本は、右二人の女性に対し一一〇番と一一九番通報をするように指示し(柴田靖代は、午前九時三一分ころ、警察にガス爆発通報をした。)、自らはすぐに二階のアデランス静岡店に戻り、一〇四番で被告会社の電話番号の確認をした後、被告会社に電話をし、電話に出た女性(伊藤係員)に対し、「静岡駅前、西武デパートの向かい側の第一ビルの地下の「菊正」でガス爆発があったので大至急来て下さい。」とガス爆発通報をした。八本が、この電話をしたのは、第一次爆発があってから一〇分位経過していたが、伊藤係員は、ただ「火が出ていますか。」と簡単に質問したのみであった。

なお、被告会社は、八本からの通報内容はガス漏れのみであった旨主張するが、八本証言は全体に具体的で迫真性に富んでおり、その信用性は高いものというべきである。

(6) 静岡営業所では、岡村主任が、前記(2)の消防本部からの通報に基づき、(4)のとおり村上主任に現場に向かうようにとの交信を終え、その交信内容を無線業務日誌へ「29.9:35.紺屋町キクマサ付近臭う」と記入しているとき、伊藤係員がメモを持って近付いてきた。岡村主任は伊藤係員の様子から、ガス漏れ通報があったと思い、場所を聞くと「菊正付近です。」と返事があった。さらに、通報者に対して何か指示をしたかと尋ねると「離れた処から通報しているので詳しいことはわからないと言うので指示しませんでした。」と伊藤係員は答えた。岡村主任は、右通報は、消防本部からの前記ガス漏れ通報の場所と同一であり、既に村上主任に連絡し、手配済みであったので、「わかった。その件なら村上のところへ連絡してあるからいいよ。」と言って会話は終った。岡村主任は、右通報の内容をガスもれ受付票に「(おなまえ)キクマサ付近、(目標)ゴールデン街第一ビル、(受付内容・状況)※アデランスより連絡あり、(受付)八月一六日九時四〇分」と記載したが、改めて村上主任に連絡するなどはしなかった。

(7) また、そのころ、消防は、一〇隊、四一名の、警察もパトカー四台、警察官一九名の人員をそれぞれ出動させていたが、被告会社の係員が現場に到着したことを確認することができなかったため、消防本部は被告会社に対し次のように専用電話でたて続けに出動要請をしていた。

午前九時三五分、通信統制室から被告会社へ専用電話で「現場から、まだ来ていないと言っているが、本当に出たのか。」

午前九時三八分、通信統制室から被告会社へ専用電話で「現場から、まだ来ないそうだが本当に出ているか。」

午前九時四〇分、通信統制室から被告会社へ専用電話で「現場から連絡があったかどうか。」

そして、午前九時四三分には、静岡中央消防署副署長から通信統制室に対し、「中電、ガス会社、すみやかに現場へ派遣するよう連絡たのむ」と指令し、これに対して通信統制室からは「中電及びガス会社には三回くらい要請したので今そちらに向かって出向中」と応答するなど、消防隊としては被告会社係員の早期の到着を切望していた。

(三) 現場に出動した被告会社係員(村上主任)の行動

(1) 前記(二)(4)のとおり、岡村主任から第一次爆発後の第一ビルに向かうように指示された村上主任は、緊急走行用のサイレンを鳴らし回転灯をつけて、同日午前九時四〇分過ぎ第一ビルの事故現場に到着して、午前九時四一分ころ、無線でその旨を静岡営業所の岡村主任に報告した。

(2) 村上主任は、被告会社のマークの入ったヘルメットをかぶり、被告会社のマークと個人のネームの入った作業衣を着用しており、携帯無線機及びガス検知器XP―三〇一(LPガス、ガソリン、水素、都市ガス、その他有機溶剤の蒸気を検知対象とし、メタンガスを検知対象とするものは別途仕様となっていることについては争いがない。)を持って「ダイアナ靴店」近くへ行き、同店のシャッターの下部がめくれていたため店内をのぞいたが、都市ガスの臭いはなかったことから、同所にいた消防士二人と二、三会話をした後、消防士の「現場は下だよ。」という言葉に従い、村上主任は地階へ向かうべく、階段に向かう通路で、ガス検知器XP―三〇一のパワー・スイッチを押して電源を入れ、バッテリー点検スイッチを押して電池の電圧をチェックし、さらに指示針が正しくゼロ点を指していることを確認のうえガス検知作業を開始した。

(3)(a) ところで、昭和五四年二月二〇日に、静岡市消防本部、静岡中央・南各警察署、被告会社静岡営業所、静岡県プロパンガス協会中部支部静岡地区会、中部電力静岡営業所の五関係機関の間で主として次の内容からなる「ガス爆発防止に関する申合せ」が確認されていた(争いはない)。

① 多量のガス漏れ事故の発生に際して各機関が相互に協力してガス爆発事故を未然に防止し、被害を最小限に食い止めること

② ガス漏れ事故を覚知したときは、各機関は直ちに電話等で連絡し、相互に通告すること

③ ガス漏れ事故を覚知したときは、各機関は直ちに出動すること

④ 出動した各機関の現場責任者は、消防が設置した現場本部においてガス爆発防止対策を協議し、必要な処置を行うものとし、現場本部が設置されていないときは、消防の現場最高指揮者と協議し必要な処置を行うものとする。必要な協議事項は、情報の収集、電源の遮断、ガス供給停止、火災警戒区域の設定、住民に対する広報、換気及び屋内進入方法、その他必要な事項とする。

⑤ 初動時の各機関の行動基準として、被告会社静岡営業所の出動隊は、当該室内等のガス供給を停止するための必要な作業を行うこと

(b) しかしながら、村上主任は、右「ガス爆発防止に関する申合せ」に従って消防が設置した現場本部若しくは消防の現場最高指揮者と、情報の収集、ガス供給停止、火災警戒区域の設定、住民に対する広報、換気及び屋内進入方法、その他必要な事項の協議をすることなく、前述のように消防士と言葉を交わしただけで、その後、単独行動を続けた。

(c) そのために、同人は次の消防交信からも明らかなように、第二次爆発発生に至るまで消防の指揮者にその存在を把握されなかった。

午前九時四四分、通信統制室から池谷(中央指令車)へ「ガス会社がいったなら、ガス会社と協議せよ。」

午前九時五三分、池谷(中央指令車)から通信統制室へ「(検知した)ガスについては、都市ガスかメタン類か不明、ガス会社がまだ到着していないが出発したか確認をしているか」。通信統制室は、「現場付近を捜せ。ガス会社は現場に到着していると思われる。現場を捜せ。ガス会社ではもう相当前に到着しているはずになる。よく捜せ。」

(4) 村上主任が地階に行くと(午前九時四三分ころ)、「ちゃっきり鮨」の店舗前を一二、三人位の消防士が半円に取り囲んでおり、消防士の肩越しに店舗を見ると、シャッターはなく、店内は暗くてよく見えなかったが、店の入口付近から店内にかけて、木くずや瓦礫のような物が床から一メートル位積み重なっていた。そこでガス検知を行ったが、ガスは検知されず都市ガスの臭いもなかった。

消防士たちは、店内に散乱する瓦礫の搬出作業を始めていた(この時点における消防交信記録(午前九時四四分池谷から通信統制室へのもの)は、「現在はガス会社が来ても、中の(店舗奥の)ガス管の方へは入れない状況で、一応爆発物等の片付けをしているが、まだガスの臭いがかすかにしている。」というものであった。)。

(5) 「ちゃっきり鮨」の中に入ってガスの漏えいの有無を調べることのできる状態ではなかったので、村上主任は、西隣の「菊正」に入ったが、湯沸器、ガステーブル、コンロのいずれの器具栓も「閉」になっており、店内には都市ガスの臭いもなく、検知器にも何の反応もなかった。

(6)(a) さらに検知の範囲を広げようと、村上主任は、「菊正」の裏手に廻り、階段の踊り場から、「ちゃっきり鮨」の奥に位置する「機械室」の内部のガスを検知しようとして「機械室」の入口に立って右手に持った検知棒を奥に差し入れたところ、検知器の指示目盛が1/1スケールで爆発下限界の一七ないし一八パーセントを指し、可燃性ガスが検知された。同人はそのガスが都市ガスであるかどうかを識別するため臭いを嗅いだが、都市ガスの臭いは全くしなかった。また、「機械室」内の水道管の折損部分から音を立てて漏水していることを確認し、万一ここにガス導管があれば、水道と同じようになったかなと考えたが、「機械室」の中は真っ暗で何も見えなかったため、それ以上の確認はしなかった。

(b) この時、「機械室」前には、ガス検知作業に従事していた静岡市消防本部の杉山係長と渡辺消防士の二人の消防士がおり、渡辺消防士がガス検知器の針が「振り切ってしまう」と言っていた。村上主任が見ると、右消防士のガス検知器も村上主任のものと同じXP―三〇一であった。XP―三〇一ガス検知器は、爆発下限界濃度を一〇〇とする1/1スケールと、その五倍の感度で測定できる爆発下限界濃度の二〇パーセントを一〇〇とする1/5スケールと二種類の目盛指示があり、高低感度は切替スイッチを操作することにより、1/1あるいは1/5スケールでの測定が可能な機種であった(争いがない)ため、村上主任自身は1/1スケールで計測していたが、消防士は1/5スケールで計っているものと思い、これを確かめるため自分のガス検知器を切換スイッチで1/5スケールにしたところ、スーと八〇パーセントの方まで針が上がっていったことから、消防士が検知器の針が「振り切ってしまう」と言ったのは、1/5スケールで計測しているためであると考えて、特に疑問を感じなかった。

(c) 村上主任は、前記杉山係長から、「臭いがしないが、都市ガスなら、この位出れば臭うかね。」と聞かれ、「勿論臭いますよ。」と答えた。さらに「プロパンでも臭うかね。」と聞かれ、「臭いますよ。」と答えたところ、「何のガスだろうねー」と聞かれたので、真っ暗な「機械室」の中に頭を突っ込むようにして臭いを嗅いだが、なお臭いは確認することができず、「メタンとか、臭いのしないガスもありますよ。」と答えた。

(d) このころ、消防本部のガス検知器が「ちゃっきり鮨」奥で高濃度の可燃性ガス(ガスの種類は不明)を検出し、中部電力と電路の遮断について協議に入っており(午前九時四八分)、中央指令車から現場に対し、ガス会社(出動員)とも協議するように指示が出ていた。

(7) 村上主任は、可燃性ガスが検知されたものの、ガスが微量であり、都市ガスでないとなると、この可燃性ガスがどこから漏れているかを調べなければならないと考え、まず検知されたガスの成分を知るために、水素炎検知器(FID)とサーミスター検知器を被告会社から取り寄せる必要があると考えた。

そこで、午前九時五三分ころ、連絡のため地上に出て、第一ビル近くの小梳神社の前から携帯無線で本社の岡村主任に対し、「都市ガスではないと思うが可燃性ガスが検知されるので、成分を調べたい。谷口課長にFIDとサーミスターを持ってくるように言ってくれ。」と伝えた。岡村主任はこれに対し、「了解」と答え、谷口課長をして自動車にFIDとサーミスターの各検知器を積み込んで現場に向かわせた(同人の現場への到着は第二次爆発後)。

(8) 村上主任は、再び「柴田薬局」横の通路から地階に降り、「ちゃっきり鮨」の前まで行ったが、依然として消防士による瓦礫等の搬出作業が続いており、店の中に入れなかった。

この時も、地階の通路の電灯は電路の遮断はなく点灯されたままであったし、報道関係者らも取材のためフラッシュを焚いて写真を撮っていた。また、村上主任は、ガスを検出することができず、ガス臭も感じなかった。

(9) 村上主任は、「機械室」内で検知された可燃性ガスが何であるか早く知りたいと思い、被告会社に催促の無線を入れるために地上に出て、携帯無線で、午前九時五五分ころ、「谷口課長はもう出ましたか。」と尋ねたところ、無線に出た伊藤係員から「谷口課長はもう出られました。」との連絡を受けた。

(10) 村上主任は、三たび地階へ向かうため「柴田薬局」横の通路から地階への階段を降りようとしたところ、午前九時五六分ころに発生した第二次爆発に遭遇した。

(四) 第二次爆発後の対応

(1) 岡村主任は、静岡営業所内で、紺屋町で大爆発が発生した旨の消防の一斉通報で第二次爆発の発生を知り、竹山営業所長、工場の小柳営業課長に連絡をすると共に、前記行動表に書かれている電話番号で当日出勤していない供給課の役職者にも緊急呼出しをかけた。

被告会社の職員らは、午前一〇時三〇分ころには右緊急呼出しにより現場へ到着し、事故が周囲に波及することを防止するため、周囲のビルのガス遮断弁を閉止すると共に、第一ビルのガスを遮断するため、第一ビル前歩道下のガス遮断弁の閉止作業に着手したが、第一ビル前歩道は爆発による瓦礫が山積みになっており、これを排除してガス遮断弁に近付こうと、空気マスクも装着して何度となく突入を図ったものの、大がかりな消火活動に伴う大量の放水やガラスの破片等の落下物もあり、歩道での作業は不可能な状態が続いた。

(2) こうした状況の中で、午前一一時一五分ころ、第一ビル西端寄りの「ロリエ常磐家」前に設置されていた第一ビル地階へのガスの供給を遮断するガス遮断弁を閉止した。

(3) 地上階へのガスの供給停止については、前記のとおり歩道上での作業が不可能であったことから、ガス遮断弁の閉止以外の遮断方法を検討し、第一ビルの両側でガス本管に穴をあけ、これにバッグを挿入してガスを遮断する「本管バッグ止め」を決定した。この作業には約六〇名が従事したが、道路掘削に機械が使用できない状況にあったため、すべて手掘りによる作業となり、また、掘削溝に流れ込む消火用水を排除し、加えて、ガラスの破片や落下物を防ぎながらの作業となった。

このため、作業は難航し、第一ビルへのすべてのガスの供給の遮断が完了したのは午後一時一〇分ころとなった。

(五) 事故後の事情

(1) 立入調査

本件事故後の昭和五五年八月二〇日と八月二一日の両日、被告会社の本社並びに静岡営業所に対してガス事業法に基づき監督官庁たる通産省及び資源エネルギー庁による立入調査が実施された。右調査は、被告会社の保安管理態勢(保安管理組織の整備及び保安教育の実施、ガス漏えい通報の受付及び処理等)が関係法令や保安規程に従って正しく整備・運営されていたかどうか、ガス導管の材料、工作物等が法令に定められた技術基準に適合していたかどうかを検査するものであった。そして、検査の結果は「ガス事業法に基づく保安規程などに違反の事実はなかった」との結論であった。

(2) 保安の基準の見直し

本件事故後、地下街におけるガス保安対策の見直しが行われ、その中では、ガス漏れ警報設備の設置、緊急ガス遮断装置の設置、緊急時の保安態勢の強化の必要が指摘され、これに基づいて関係法令の改正が行われた。

三  第二次爆発発生に関する被告会社の過失の有無

以上の事実に基づいて、第一次爆発により破損したガス導管から漏出した都市ガスにより発生した第二次爆発をいかにして回避することができたかを検討する。

1  ガス漏えい事故における二次災害回避の手段

(一) 漏出した都市ガスによる二次災害(爆発事故)は、空気との混合により爆発限界内にあるガスに何らかの着火源が存在して発生するものである(公知事実)から、爆発事故防止のための方策としては、漏出した都市ガスが爆発限界に達する前に漏出を食い止め、あるいは、換気したり、空気と混合する前に漏出箇所で人為的に燃焼させるなどの方法により爆発限界に達するのを防止することが考えられ、また、一旦爆発限界に達してしまった場合には、着火源の除去や換気による右状態の解消といった方策が考えられる(甲五「消防活動基準」。同号証によれば、都市ガスの漏えい事故が発生し、その爆発の危険がある場合、電路の遮断はガス遮断に優先する旨が定められている。)。

しかし、既に爆発限界に達してしまった場合には、着火源の除去や換気という対策を講じても、その効果が現れる以前に、例えば静電気や落下物などの当事者の支配下にない偶然の要素により着火・爆発することまで防ぐことはできないから、これをもって、確実な結果回避の手段ということはできない(右甲五もこれを前提としていると窺われる)。

また、人為的燃焼は、建造物や住宅内においては延焼の危険があることから現実的ではなく、換気についても、本件のようにダクトスペースや天井裏空間等、開閉部のない場所に漏えいガスが滞留し、これを排除することが困難な(空調設備の運転は、着火源となるために適切ではない。)場合には効果がなく、結局、爆発限界濃度に達する前に漏えい箇所からのガス漏出を停止することこそが、爆発自体を回避する最も有効な手段というべきである。

(二) 右のとおり、爆発限界濃度に達する前にガスの漏出を停止することが最も根本的な二次災害防止策といえるが、そのためには、ガス漏れの有無の確認はもちろん、当該ガス漏えい箇所に対応する供給管及びガス遮断弁の特定のために、ガスの漏えい箇所を把握することが必須不可欠である。すなわち、むやみに広範囲にわたるガス供給を停止するとすれば、これを知らないガス受給者がガス中毒や別のガス漏れ事故など不測の災害を惹起する虞れがあるのであって、これを防ぐには、まずガス漏れの有無及び箇所を調査して特定し、その後、これに対応する供給管のガス遮断弁の閉止等の作業等を行うのが鉄則であり、ガス導管の破断やガス漏えい箇所が一見して明らかな場合や、既に差し迫った危険が生じていて、漏えい箇所の調査、確認を待つことができない急迫の事情が存する場合の外は、漏えい箇所の確認、特定をしないままにむやみに広範囲にわたってガスの供給を停止することは避けなければならないのである。

(三) そして、右のように漏えい箇所の確認、特定と配管状況の把握に基づいて、供給管のガス遮断弁を閉止するなどしてガスの供給を停止させるという作業は、漏えい箇所と配管状況、閉止装置との対応関係が明らかで、且つ、閉止操作が容易であるような場合には、現場に先着した消防関係者が行うことも予定されていると解されるものの(甲五の消防活動基準において、一定の要件で消防隊員がガスの閉止措置をすることを予定している。)、原則的には配管状況を熟知しているガス供給者の責務であるというべきである。

(四) 以上によれば、第二次爆発の発生を未然に防止するために被告会社が行うべき回避措置は、漏出する都市ガスが爆発限界濃度に達する以前に、ガス漏えい箇所を調査、特定して、対応する供給管のガス遮断弁を閉止するなどして、ガスの漏出を停止することに集約することができる。

2  そこで、次に被告会社が右のようなガス漏出停止による第二次爆発防止のための措置を講ずるに際して問題となる原告らの主張の諸点について検討する。

(一) 閉止バルブ等供給設備の保守管理について

原告らは、第一ビル前の歩道下に埋設されていた一三本の供給管のガス遮断弁は、バルブボックスが歩道の舗石下に埋没し、かつ、錆ついていて、閉止作業をすることができる状態にはなかった旨主張する。

しかし、第一ビル前の歩道下に埋設されていた一三本の供給管のガス遮断弁は、バルブボックスが歩道の舗石下に埋設され(争いはない)、かつ、錆びついていて、ハンマーで叩くなどしなければ開かない状態であったが、バルブのハンドルの回転自体は可能であり、その所在についても、被告会社は、「バルブ台帳」によりガス遮断弁の位置を把握しており、前記二2(四)のとおり本件第二次爆発後の対応においても、先ず第一ビル前歩道下のバルブ遮断作業に取りかかり、現に第一ビル地階へのガスの供給を遮断するガス遮断弁は被告会社従業員により閉止されたことからすれば、被告会社においてこれを操作することに困難はなかったものというべきであり、閉止操作ができない状態であったとする原告らの主張は採用できない。

なお、原告らは、ガス遮断弁を一般人でも容易に操作可能な状態にしておくべきであったとも主張するが、1(二)で述べたように不測の災害発生の虞れがあることを考慮すると、たやすくこれに左袒することはできない。

(二) ガス検知作業に当たっての装備等について

原告らは、現場に出動する緊急保安要員には最高性能の検査機器を携帯させるべきであり、具体的には可燃性ガス検知器のほか、水素炎検出器(FID)、サーミスター検知器等ガスの種類、濃度を迅速に確認することのできる機材が必要であるのに、本件で現場に出動した村上主任は、種類識別のできないXP―三〇一検知器しか携行していなかったため、ガスの種類を識別するために静岡営業所に水素炎検出器(FID)、サーミスター検知器の取り寄せを依頼するなどして時間を空費している間に、第二次爆発に至ったとして、この点が回避措置をとる上での障害となっていた旨主張する。

しかしながら、可燃性ガス検知器XP―三〇一がガスの種類は判別し得ず、また、メタンガスを検知対象とするものが別途仕様となっていることは前記のとおりであるが、一般に、都市ガスの漏えいの有無を検知するのは臭いとガス検知器によっていること、FIDのうち、検出装置GL―一〇二型は、空気中の超微量の炭化水素を検出でき、したがって臭いのない程度のガス漏れをも検知できることから、手押式ガス漏えい検査車(TF四二型)として、ボーリング作業なしで直接路面より、埋設導管からのガス漏れを検査するのに使用されているが、逆に一〇〇〇〇PPM(一パーセント)以上の濃度のガスについては、測定できないこと、サーミスター(STG―A型)は、他の検知器ではスケールオーバーし測定できない高濃度のガスをも検知でき、したがって濃度分布を把握することができることから、埋設導管の漏えい修理にあたり的確にその漏えい源を察知するために使用されるが、その表示が一パーセントきざみであるため、かえって爆発下限界までの濃度を知るには精度に欠けること、他方、可燃性ガス検知器XP―三〇一は、爆発下限界を一〇〇パーセントとして表示されることから、ガス漏れ検査にあたり、その危険度を一目で判断できるところに特徴があることが認められ、このため、配管、器具のガス漏れ検査用としてのみならず、消防等においても、右XP―三〇一検知器が危険区域の判定に使用されているものであり、村上主任の携行した同検知器は、通常のガス漏れ出動の場合、右性能等から最も適しているものということができる。

本件においては、前記二1(五)認定のような量の都市ガスが漏出していたにも関わらず、結局、ガス漏出の事実及び箇所の発見に至らないまま、第二次爆発に至ったのであるが、その原因は、ガス導管の破損箇所が「機械室」の天井であり、比重の軽い都市ガスは一階及び地階上部に流入・滞留していたことにより(前記二1(二))、ある程度の可燃性ガスを検出しながら、検索活動に当たっているいずれの関係者も都市ガス臭を感じるには至らなかったこと(前記二2(三))が大きいというべきであり、ガス検知器の性能が現場の状況に適応していなかったとまでは認められない。

なお、原告らは、右と関連して、本件事故当日被告会社が供給していた都市ガスの臭度は相対的に低かったことを問題点として指摘するが、法定の臭度は超えていたもので、ガス漏えいを覚知するには十分な臭度が付されていたと認められるのであり、また、地上部分では第二次爆発以前から前記西村や八本のようにガス臭を感じていたものがあり、また、第二次爆発後には、相当のガス臭がしていたことからして、漏えいを感知するのが困難な程度まで臭度が低かったことは認められない。

(三) ガス漏えい通報に対する態勢と第一次爆発後の対応の適否

早急にガス漏出停止措置がとられることが第二次爆発回避のために不可欠であるところ、比重の軽い都市ガスの、しかも地下街ないしビル空間における挙動等を考慮すれば、現場における検知活動及びこれに基づく閉止作業の迅速化が要請されるところ、本件では、前記二2のとおり、被告会社は第一次爆発後のガス漏れ通報に対し、導管工事見回りのため単独でパトロール業務に従事していた村上主任を現場に向かわせたものの、それ以上の対応策を講ぜず、また、村上主任は、現場到着後第二次爆発発生までの約一五分の間、第一ビル地階の第一次爆発の現場周辺のみの検知活動を行い、実際には既に大量に漏出していた都市ガスの存在に気づかないうちに、第二次爆発に遭遇したものである。原告らはこの点を捉えて、緊急保安要員を待機させておき、短時間に事故現場に出動させられるような態勢を整備する義務、出動した右要員が適切な措置をとる義務に違反している旨主張しているので、検討する。

(1) 村上主任は、本件第一次爆発現場に赴き、爆発があったと考えられた地階「ちゃっきり鮨」及びその周辺を中心にガス漏えい箇所の検索を行っているのであるが、漏えいした都市ガスは、比重が軽いため上方に滞留し、前記二の1(二)のとおり、「機械室」のダクトスペースを通じて多くは一階天井裏部分に流れ込んだと推測されており、地階の人の高さの空間では、「機械室」内において爆発下限界の二〇パーセント以下の可燃性ガスの検出をしたに止まり、漏えい箇所の発見はおろか、現場の大規模なガス爆発の危険性さえも認識し得ないまま、第二次爆発に至ったものである。

前記二の2(二)(1)(2)のとおり、西村幸彦をはじめ、地上にいた者の中には、強い都市ガス臭を感じた者がいる一方、地階で検知活動をしていた村上主任も、消防士も、都市ガス臭に気づかず、検知した可燃性ガスについても、都市ガスかメタンガスか不明と判断していた。

これによれば、ガス漏えい箇所の検索について、爆発現場から順次範囲を広げるということ自体には合理性があるとしても、都市ガスの挙動を予測して、一階部分等、比重の軽いガスが広がっていくと予測される上部にも検索の手を広げるなどしていれば、あるいは早期に大爆発の危険を予知することができた可能性はあるのであり、わずか一名の係員では、そのような広範かつ迅速な検知活動を行うには限界があったことを、本件における村上主任の検索活動は現しているものということができる。

(2) のみならず、前記のとおり、村上主任は、「ガス爆発防止に関する申合せ」があるにもかかわらず、現場の消防指揮者と連絡を取ることなく、単独行動をとったため、消防の指揮系統からは第二次爆発に至るまで存在を認識されなかったのであるが、このため、漏えい箇所の検索について、消防関係者と連携して有機的・広範囲に検知活動を行ったり、既に消防で行った検知結果を入手して、さらに都市ガスの挙動を見込んだ合理的な検知活動を行う余地もあったし、これにより危険性が明らかになれば、ガス・電路の遮断等について協議する機会もあったのに、このような機会を失い、結局のところ、末端の消防職員と同一の箇所を検知活動して、同一の検知結果を確認し合うに止まっていたものである(他方、消防関係者は、現場で被告会社の派遣した係員との接触を求めていたのであり、その交信内容からは、被告会社係員の所在が掴めないことによるいらだちさえ感じ取ることができる。)。

この点について、被告会社は、右申合せが、静岡市内のマンション、アパート等において、ガス自殺に起因するガス爆発事故が発生したことを契機として、「①密閉された室内で、②現に多量のガス漏れがあり、③従って爆発の虞れがある」場合の事故防止対策に関して、関係機関の協力を申し合わせたものであるとしているが、申合せ作成の経過が被告会社主張のようなものであったとしても、前記のとおり消防では、本件現場において被告会社の派遣する係員との接触及び協議を強く希望していたもので、このことは関係者間に被告会社の主張するような認識がなかったことを裏付けている上、被告会社においても、申合せ成立の直後は、ガス漏れ通報に際し二ないし三名の係員を必ず派遣していたのに、次第に人数が減り、一人だけを派遣するようになったというのであるが、限られた人員でガスの検知活動を行うのであれば一層のこと、右のように他機関と連携しての有機的な検知活動が要請されるというべきであるから、この点に関する被告会社の主張は失当である。

(3) 他方、本件ガス爆発事故当時、東京ガスでは、一八の営業所に各一〇名の緊急保安要員を二四時間体制で待機させる態勢が整っており、緊急出動時にも、できる限り三名、最低二名の緊急保安要員が組んで従事していたものであることが認められる。

(4) また、ガス漏えい通報に対応する緊急保安要員については、本件事故後にガス事業大都市対策調査会地下街対策専門委員会が行った保安対策の見直しにおいて、ガス漏えい通報に対する出動区分につき、事故が発生する虞れがある場合には緊急出動とし、この場合には、緊急車両で二名以上の職員が現場に急行して緊急措置をとることが必要である旨及び地下街では微量のガス漏えいの通報でも万全を期すため緊急出動とすべき旨が指摘され、保安規程のモデル条項もこれに沿って改訂されている。

(5) そして、本件事故後の昭和五五年一〇月一七日夕方、静岡駅前の同市御幸町所在の平和生命ビルで発生したガス漏れの際には、午後六時八分ころ、一一九番通報があり、直ちに消防、警察が出動した外、被告会社からも、原告ら主張の「一〇人の緊急保安要員」を大きく上回る一五人の職員が出動してガス検知を行い、同六時二五分(通報から一七分後)に漏えい箇所を発見してガス導管を遮断して都市ガスの供給を止めたことが認められ、この事例において、被告会社職員が到着した時刻及び用いた機材は明らかではないが、右人員を擁してもなお漏えい箇所の検索には相当の時間がかかることが認められる。

(6) 以上によれば、前記二2の本件第一次爆発後の被告会社の対応及びそれを支える態勢は、本件のような市街地におけるガス漏れ災害に即応するものとしては、はなはだ不十分なものであったことは否定することができず、これが前記二次災害の回避措置を取ることを困難ならしめていたことは明らかである。

(7) 被告会社は、ガス漏れ通報ではなく、ガス爆発通報であれば、それ相応の人員を派遣することはできたというのであるが、前記認定のとおり、被告会社としては、午前九時三五分ころには、前記アデランス静岡店店長の八本から、ガス爆発の通報を受けながら、この通報に重きを置くことなく、消防からの「ガス漏れ、第一出動」の通報を受けて、村上主任を現場に向かわせたことをもって足りるとしたものであるが、右通報に係る「ガス漏れ」ないし「ガス爆発」が、静岡市街目抜きの商店街で、しかも地下街で発生していることを考慮し、消防・警察の出動状況と対比するとき、いかにも事態を楽観視しすぎていたものとのそしりは免れない。

(8) そして、前記東京ガスの採用している態勢に鑑みれば、ガス事業者としては、一人の緊急保安要員の派遣では限界があることが予見可能であったといえるのであり、当時の法令の基準に適合し、保安規程に反するものではなかったとしても、これをもって企業責任を尽くした万全の態勢並びに対応と評することはできないことは明らかである。

(9) 以上によれば、被告会社のガス漏れ事故に対する態勢、本件第一次爆発後の被告会社の対応は、前記一2のガス事業者に一般的に課される二次災害防止のための注意義務の水準からは、最善を尽くしたものとは認め難いというべきである。

3  結果回避可能性の検討

しかしながら、原告らが主張する第二次爆発回避のための具体的な注意義務に違反したこと(過失)により第二次爆発によって生じた損害の賠償責任を問われるためには、その前提要件として、被告会社が原告らの主張する二次災害の避止義務を履行したことにより、本件第二次爆発が回避され得たこと、すなわち結果の回避可能性があることが必要であり、もし、回避措置をとったとしても結果が回避され得ない蓋然性がある場合には、結局、被告会社の二次災害の避止義務の不履行と、本件第二次爆発との間には事実的側面における因果関係が存在しないことになる。

(一) 爆発限界内の混合気の形成過程

(1) 前記二1(三)ないし(五)で検討した都市ガスの漏出量(毎分約四・七立方メートル)を前提に、第一ビル地階又は一階の天井裏空間がいつから爆発限界濃度に達していたかを検討するに、同(三)(1)の静岡市消防本部の前提とする地階及び一階天井裏空間五六〇立方メートルに対しては、その六パーセントに当たる三三・六立方メートルの都市ガスが漏出し終える約七分後(ただし、均一に混合したと仮定する。)に、また、同(2)の消防庁消防研究所の前提とする一階天井裏空間二〇〇立方メートル(ただし、流入量は八割とする。)とした場合には、その六パーセントに当たる一二立方メートルの一・二五倍である一五立方メートルの都市ガスが漏出し終える約三分後には、これらの範囲で爆発を起こすのに必要なガスが当該空間内に存したことになる。

(2) 他方、乙七八号証・参考資料7添付の文献「ガス爆発予防技術」七〇頁以下によれば、漏えい又は発生した可燃性気体は、閉囲空間内で周囲の気体と混合し、可燃性混合気を形成すること、その形成の様子は、空間の容積、換気の位置及び率、可燃性気体の種類及び発生状況などによって異なるが、ガス爆発が問題となる規模の閉囲空間内の可燃性気体の濃度は、一般に不均一であると考えられ、可燃性気体が漏えい又は発生する場所付近では高く、そこから離れた場所では低くなることが認められる。

これによれば、右(1)の経過時間時に当該空間の全体がすべて爆発限界内にあったと即断することはできないが、むしろ、第一次爆発の直後から、「機械室」天井部及びダクトスペースを通じた一階直上部分を中心に、毎分四・七立方メートルにのぼる大量の都市ガスが流出するのに伴い、漏出ガスの拡散方向の前面においては直ちに爆発下限以上の可燃性混合気が形成され、時間の経過と共に次第にその範囲を広げていったものと解される。

(二) 第一次爆発の発生時刻

第一次爆発の正確な発生時刻については、原告らは、午前九時二六分ころ(訴状)とし、被告会社は午前九時二〇分ころから二四分ころ(最終準備書面)としている。

そこで、検討するに、前記二2(二)(1)のとおり、いち早く第一次爆発の発生を消防本部に一一九番通報した西村幸彦は、当法廷において、第一次爆発のものと思われる爆発音を聞いた時刻を午前九時二三、四分ころであると証言していること、同じく被告会社静岡営業所に電話通報したアデランス静岡店店長八本敬二も、毎日午前九時一五分に行うのが恒例となっている本部との電話連絡(前日の売上及び残金の報告で、通例二分ないし三分程度で終わるもの)の直後であるとの根拠を示して、発生時刻は九時二〇分ごろと思うと証言していることに鑑みると、第一次爆発は同日午前九時二〇分ごろから遅くとも九時二三、四分ごろまでに発生したものと認められる。

(三) 前記のとおり被告会社に本件第一次爆発の第一通報が到達したのは午前九時三一分であり(前記二2(二)(2))、消防の先着隊は通報受理から三分後の午前九時三三分に現場到着したが、この時点で既に第一次爆発から一〇分程度は経過しており、ガス漏出量は最大四七立方メートルに達していた可能性がある。

これは、本件第二次爆発発生までになお二〇分程度の時間を要したことに照らして、既に同程度の被害を及ぼしうるガス漏出量になっていたとまではいえないとしても、十分に爆発限界に達しうるガス量であり、社会通念上、相当規模のガス爆発を起こすに十分なものと思料され、かつ、この時点で直ちに都市ガスの供給を停止しても、既に漏出した右量のガスが爆発する危険性自体はこれによって除去されるものではないことも明らかである。

(四) そうすると、仮に、原告らが主張する、ガス漏れ事故に対して二次災害を防止するため必要十分な態勢として、一〇名程度の緊急保安要員を常時待機させる態勢を日頃から整え、一旦通報があればこれに基づいて必要な緊急保安要員を短時間のうちに現場に到着させ、これらの者をして直ちに可燃性ガス検知器により、ガスの漏出の有無、濃度等を確認させて、ガス漏えい箇所を発見させるとともに、それが困難な場合には、直ちにガス遮断弁を操作して都市ガスの供給を停止し、併せて消防、警察と連絡協力を密にして、着火源の除去、ビル関係者及び通行人の避難誘導、ガス使用禁止措置を求めるという注意義務を措定した上で、被告会社において、本件第一次爆発を同日午前九時三一分に覚知してから、三分以内に緊急自動車で静岡営業所から一〇名程度の緊急保安要員を派遣し、これらの者が分掌してガスの漏えい箇所を検索するという状態を想定したとしても、右時点でも既に相当規模の爆発を招来するに足りる量の都市ガスが漏出しているのであるから、回避措置としては、むしろ着火源を一掃するための電路の遮断や、爆発した場合の被害の拡大防止のための措置こそ求められるべきであって、検索活動はそのような措置に移行すべき危険性を認識するための情報収集としての意味を持ち、ガスの供給停止も、もはや爆発回避のためというよりは、爆発が生じた場合の損害拡大防止という二次的意味の側面が強いものと解される。そして、このように着火源の一掃をはかっても、被告会社及びこれと協力関係にある消防、警察、電力会社等の関係機関により支配可能な着火源には限りがあることを考慮すると、既に爆発限界内の環境にある以上、第二次爆発自体は、回避し得なかった蓋然性が高いと認められる。

(五) すなわち、本件爆発事故においては、第一次爆発によって内径五〇ミリメートル及び三二ミリメートルという相当に太いガス導管が損傷を受けたことにより、それ自体直ちに大規模な二次災害への帰結を意味するような大量のガス漏出を招いていたのであり、これによれば、第二次爆発は第一次爆発後の因果の流れとしてほぼ決定づけられていたとみることもできる。

4  結論

してみると、被告会社の日常の態勢及び本件第一次爆発に対する対応には、前記2(三)のように、ガス事業者としてガス漏えい事故などに際して二次災害回避のために課せられている注意義務の懈怠と目すべき点があることは否定できないとしても、仮に被告会社が右注意義務を尽くしていても、なお、本件第二次爆発を回避し得なかった蓋然性が相当程度認められる以上は、右注意義務懈怠と目すべき事実と本件第二次爆発の発生との間には事実的意味における因果関係は証明されていないものといわざるを得ないのであって、右注意義務違反を内容とする過失に基づく不法行為責任(請求原因第四の三)に関する原告らの主張は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないことに帰する。

四  その他の第二次爆発に関する被告会社の責任

1  以上によれば、原告らの被告会社静岡営業所の保安統括者竹山所長の過失に基づく民法七一五条一項の主張並びに被告会社とのガス供給契約に基づく債務不履行責任の主張についても、そこで過失の根拠とする注意義務の内容ないしはその不履行は、被告会社の民法七〇九条の責任についての主張と同様であるから、右に判断したところと同じく理由がない。

2  また、供給管のガス遮断弁の保守管理の瑕疵を根拠とする民法七一七条の土地工作物責任の主張については、前記三の2(一)のとおり、被告会社がこれを操作するについては、通常の安全性を備えていなかったものとまでは未だ認めるに足りないから、理由がない。また、仮に原告らの主張にかかる瑕疵の存在を前提としても、本件では第二次爆発発生以前にもそもそもガス漏えい箇所すら特定されておらず、何人かが第二次爆発回避のために右ガス遮断弁を操作してガスの供給を遮断しようとしたという事情も認められないのであるから、その瑕疵と第二次爆発の発生とはなんら因果関係は存しないものというべきである。したがって、この観点からしても右主張は理由がない。

五  補足

なお、仮に第二次爆発自体は回避し得なかったとしても、その爆発の規模及び火災の規模・延焼時間の長期化など、損害の拡大との関係では、早期に都市ガスの漏えい箇所の検索及び供給管の閉止措置がとられ、あるいは第二次爆発発生の危険性を想定して被害拡大防止のための措置が講じられていれば、その損害を小さくすることはできたと考える余地がある。

しかしながら、前述したように、本件訴訟の経過において原告らは、もっぱら第二次爆発が回避可能であったことを前提に、これを未然に防止し得なかったことについての被告会社の責任を問題として、被告会社の具体的注意義務の内容やその不履行についての主張立証をなしてきたものであり、したがって、これに対応して被告会社の訴訟活動もほぼその点に限って展開されており、右に検討してきたように、被告会社が原告らの主張する注意義務を尽くしていたとしても、第二次爆発を回避し得なかったとした場合の問題点、すなわち、そのような場合でもあるいは被害の拡大防止に当たるべき責務を担うと考えられる警察、消防、そして第一ビル所有者としての原告ら関係者、関係機関を含めた中での被告会社の取るべき措置と注意義務の内容、責任の有無、程度(右関係者・関係機関相互の責任関係)、そして、早期に都市ガスの供給停止措置やその他の被害拡大防止のための措置が講じられていた場合に予想される第二次爆発の規模やこれによる損害の程度、その後発生するであろう火災の規模やその損害の程度等については、本件では何らの主張も立証もなされていないのであって、それにもかかわらず右のような観点からの判断を加えることは弁論主義に反し、もとより当裁判所のなし得るところではない。

第五  以上の次第であり、本件原告らの請求はいずれも理由がないものとして棄却することとし、訴訟費用については、民訴法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉原耕平 裁判官 西島幸夫 裁判官 前田巌)

<以下省略>

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